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定期貨物便であるビックマムには余剰スペースが無い。
サルベージをしたとして、今の貨物部のままでは積み込みが出来ないだろう。
「ミリア!そこ!もう少し詰めろ」
「無理だっての!穴開いちまうよ」
本来なら区画ごとに通路スペースを空けて移動・運搬を容易にしているのだが、今私達はそれを詰めるだけ詰めてサルベージ用の収納スペースを確保しようとしていた。
旧来からあるフォークリフトや人型のローダーに乗り込み、区画を詰めていく。
運搬作業用のローダーは戦闘用のものにくらべ、動きは鈍いが馬力がある。
作業用は正確さが必要なので、戦闘用のローダーの方が扱いは雑かもしれない。
「これ以上は無理ですな、詰め過ぎると荷出しに支障が出ます」
「まぁ仕方無いだろう。元々この船は過積載気味なんだ」
「よほどサルベージ品は吟味しませんと儲けになりませんな分隊長殿」
「それは私達の考える事じゃ無いさ。監督官が指図するだろ」
ライザと二人して笑う。
パーマー監督官がどれだけ目ざとく価値のある品を選別するか?
ガラクタを持ち帰る破目になれば、航行の遅れと併せてパーマーは本社からの評価が『たいした事』になるだろう。お手並み拝見という訳だ。
「よ~し!そんなもんだ。上がりにしろ」
「曹長殿!コイツを見て下さい!」
作業終了をライザが告げた時、ピンクが声を上げた。
何事かと全員がピンクの許に集まる。
「……火器です、積み荷の目録に無いものですよ?」
「はっ、懐かしいな。オレ達が使っていたのと同じヤツじゃんか」
「弾は無いの?」
皆が手に取って感触を確かめる。
体感で数ヶ月ぶりの銃の重みだ。
「……分隊長殿、密輸ですかね?」
「詮索はしない方がいい。皆も箱に戻せ、この事は知らぬ存ぜぬで通す。いいな?」
いったい誰が持ち込んだかは知らないが、下手に巻き込まれるのは御免だ。
知らなかったで通せばこちらに面倒はかかるまい。
「よし、皆ご苦労、食堂で休め」
皆を急き立て、貨物スペースを後にする。
「手榴弾以外に触るのは久し振りでしたな」
そう言うライザの首には小型手榴弾が一つぶら下がっている。
それは私の首にも、他の隊員──作業班全員──の首にもぶら下がっているものだ。
戦場でのどうしようも無い時に使う…謂わば御守りである。
クローンとして培養羊水から出て以来、ずっと首に下げているものだから、これが無いと逆に落ち着かない。
その内、外していられる様になるだろうか?
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航宙日誌:222
パーマー監督官指示により、エクリプス号通路及び物資格納庫の室温を摂氏50度へ一旦上昇させる。
併せて同区画以外を隔壁閉鎖。同区画へ酸素混合気を流入。
今後、同乗する監督官には与圧スーツの着用講習くらいは受けさせておいて欲しいものだ。
─────船長アーノルド・F
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ジャングルの夢をまた見ている。
鬱蒼としたジャングルの奥、銃声と砲撃音、戦闘用の装甲ローダーの駆動音が聴こえてくる。
足許の泥濘には折り重なる様に敵味方の区別無く、白骨化した死体。
泥に埋もれた眼窩が私を見上げる。
時折、彼女達は沸き出すメタンガスの泡に押されて、イヤイヤをする子供の様に首を振る。
どれだけの数が埋もれているのだろう?
落ち葉が堆積して腐葉土となる様に、彼女達はジャングルを肥やす養分となる最中だ。
無造作に私は彼女の一人を踏みつけ、前進する。
その頭蓋が砕け、彼女の顎の骨がメタンの溜め息をついた。
軍用ブーツに彼女達の髪が絡まっていく。すがり付く様に。
私は………
…寝汗で濡れた身体を起こすと、自然と溜め息が出た。
きっと私の溜め息もメタン臭いに違いない。
そんな下らない事が頭に浮かび、口許がニヤついた。
まだ設定起床時間には遠い。夜半過ぎというところ。
取り合えず汗を流そう。私は『寝床』から立ち上がり、シャワー室へ向かった。
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ハッチ前に集合し、与圧スーツを着る段になって、パーマー監督官が現れた。
「おはよう皆さん、あぁスーツは着なくて結構だよ?……アルファ、室温を摂氏20度くらいに設定してくれ」
『了解しました、パーマー監督官』
手持ちの無線でアルファとやり取りをする監督官に尋ねた。
「失礼します監督官、スーツが要らないとは?」
「ん?あぁ、エクリプスのデッキから格納庫までを隔壁閉鎖で区切ったんだ。で、空気を入れた。一晩気温を上げておいたから霜も溶けているだろう」
要は自分が探索へ加わるに当たり、出来るだけ楽をしようと考えたらしい。
「しかしスーツ無しというのは危険度が上昇します」
「病原菌は無いんだろう?心配性だな君は」
パーマー監督官はこちらの忠告を笑う。
こちらとしては同行するオリジナルに滅多な事が起こると困るのだが。
「なに、大丈夫さ。まぁ君達が着たいなら着るといい」
オリジナルが着ないというのに私達クローンがスーツを着れる訳が無い。私はライザに平服での作業となるかもしれないと話した。
「……正直、いい気分ではありませんな」
「……全くだ。取り合えず船長には報告しておく、皆には警戒レベルを上げる様に」
「了解です」
船長に無線を入れると苦虫を噛み潰した様な唸り声が聴こえてきた。
『パール、構わん、スーツ着用を指示しろ。言い方は悪いが君達は本社の備品だ、壊れる様な扱いは出来ん』
「了解しました」
ありがたい。
『あぁそれからエクリプスのデッキに航宙日誌か記録があるはずだ、取って来てくれるか?』
アルファのデータ収集が難航している為、そちらを調べたいそうだ。
私達がスーツを着込むとパーマー監督官は眉をしかめたが、文句を云う事は無かった。




