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床といわず天井といわず、配管や壁、ドアに到るまで厚い霜が固まっている。


まるで冷凍倉庫か何かの様だ。



『付近の安全を確認!』


『よし、ハッチを防衛する形でベースとなせ』



破壊したハッチを背中に、左右に伸びた通路を安全区画として確保する。


防衛ラインを設定し、その更に奧1mごと5段に分けて動体センサーを設置した。


視界を確保する大型ライトの照明が、目で確認出来る通路全体を明るく照らす。



視界は一面の白だ。



船内全体を覆うザラついた霜が、照明を乱反射して一種幻想的な光景を見せる。


美しい、と謂うのはこういうものだろうか?



『なかなかに寒気を誘う景色ですな、分隊長殿』


『ライザはこの景色、好みでは無いか』


『単なる景色としては嫌いではありませんが、作戦中ですからな。見慣れたジャングルとはまた違ったおもむきです』



物陰の多いジャングルと違い、ここはハッキリと見通せる。


しかしキラキラと輝く霜の光が見る者をを眩惑させて視界を妨げている。


確かにジャングルとは別の不安感だ。



『周囲の霜を取りましょう。おいメリー、そこの手摺てすりの霜を削り落とせ』



メリーは腰の工具袋からハンマーを取ると軽く叩いて霜の様子を見る。



『曹長殿、えらく厚い様です』


『無理そうか?』


『どうでしょうね…よっ!』



ガツン、ガツンと数回叩きつける音がして手摺の霜がゴトッと落ちた。


メリーが屈んで霜の塊を手に取る。



『2~3cmは厚みがあります…これが船全体だと、叩いて砕くのはホネですね』


『全てを砕く必要は無いだろう。精々ドアを焼き切るのに邪魔な分だけだ』



その時、ビックマムのデッキから連絡が入った。



『パール、聞こえるか?』


『はい船長、どうしました?』


『Dr.がその霜を標本に所望だ。パッケージして帰りに持って来てくれ』


『了解、他に何か?』


『アルファから全体図を送らせる。その船のデッキに仕掛けをしてきて欲しい。その後は全員で一度帰還してくれ。以上だ』


『了解』



通話を切り、皆に声を掛ける。



『聞いての通りだ。ベータ、それからボニー、ついてこい…ライザ、ここは頼む』


『了解です分隊長殿…よしメリー、もう少し霜を削っとけ。爺さんの土産だ』



私はヘッドディスプレイに映る内部図を頼りに移動を開始した。



大型ライトの光は前方突き当たりまで続いている。


その先は曲がり角になっていて暗闇の世界がまた始まる。



『分隊長殿、私が先行します』


『まて、トラップや伏撃は無いんだ。偵察はいい。念の為、動体センサーを使う…』



動体センサーは簡単なつくりだ。反射するエコーを拾って何か動くものを検知する。


この様な暗闇の中でのインドア・アタックには最適ではあるが、生存者0のこの船では念の為以上のものでは無い。


しかしこれを使わないとボニーが先行偵察を行おうとするからな。無駄な労力は省きたい。


暗闇の中、私達三人のヘルメットライトが通路をチラチラと映し出す。


規則的に聴こえてくるピッ・ピッという動体センサーの発信音。


滑らない様に注意しながら霜を踏み締める私達の足音。


バイザーに映るディスプレイに導かれ、視界の利かない道中を無言で進んだ。



『ここですね』



ベータが霜で覆われたドアを軽く叩く。


ドアと壁の境目が判らないほどの霜。言われなければ見落としそうだ。



『ベータ、下がって』



ボニーがバールを使ってドアの霜を削り落としていく。


かなりの量だ。



『これだけの霜では溶けたら水浸しだな…そんなに湿気が多かったのか?』



私はエクリプス号に足を踏み入れてからの疑問を、初めて口にした。


エクリプスAIが大気を抜いているなら、何故こんなにも霜があるのだろう?


大気のあった頃、当然の様に気温と共に湿度管理はなされていたはず…


…この霜の量は腑に落ちなかった。宇宙船は電子機器の塊なのだから。



誰からも答が無いまま、霜を削り落としたボニーがバーナートーチに火を着けた。


ヂリヂリと扉に切れ目を入れていく。


やがてほとんど切り終えた扉を、ボニーがガンガンと蹴りつけ、轟音と共にドアが床に転がった。



『アルファ?デッキに着いた。次は?』


『……パール主……信不良…ベータ……』



駄目だなこれは。



『ベータ?やり方は解るか?』


『えぇ、少々お待ち下さい』



ベータが操船コンソールに近付き、周囲を見渡す。



『ボニー作業員、そのバールをお貸し下さい』


『ボニーでいいよ、ほら』



バールを受け取ったベータが力を調整しながらコンソールの霜を削っていく。



『全く、分隊長殿の云う通り、なんだってこんなにカチコチなんだか』


『大気を抜いた時に湿気も抜けるはずなんだが……む?』



部屋の隅、待機用の長椅子がある。


その上には人間…死体とおぼしき霜の塊が横たわっていた。



『ボニー、バーナーで少し溶かしてくれ…慎重にな』



私は死体らしきものに近寄り、あらためようとしたが、この霜が邪魔だった。


バーナーの火がゆっくりと白い霜を透明へ変えていく。



『そんなものだろう…後は手で剥がせそうだ』


『分隊長殿、私がやりますから』



火を通す事で柔らかくなった霜を、ボニーが引き剥がすと、死体の全貌があらわになっていく。



『骨ですね。長い間に白骨化したんでしょう』


『……どうかな?』



またも私の心に疑問が沸いた。


この死体…死んでからどれだけ経つ?


どう考えてもAIが大気を抜いたのは、この死体が白骨化してからだ。


ジャングルなら腐食生物スカベンジャーによって白骨化は早い。それでも完全に白骨化するには少々時間が掛かる。



宇宙船の中に腐食生物が居る訳が無い。


酸素による酸化、細菌による分解…


…それ以外の要因が無い環境だ。白骨では無くミイラ化しそうだ。


可能性として他の人間による食害も考えてみたが、この白骨は整っている。


誰かがやむ無く食害したのなら骨はバラバラになるだろう。



死んでから大気が無くなるまでどれだけ掛かった?



『パール主任、こちらの作業は完了しました』


『ありがとうベータ……この死体、包めるものは有るか?』


『持ち帰るのですか?』


『Dr.に見せたい。私にはどうも訳が解らない…調べてもらおう』



結局のところ白骨を包む布などは見付からなかった。仕方無く長椅子ごと運ぶ事になった。





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