2
────────
ペロリと…臀部に刺激があった。
「ほっほ!パール嬢ちゃんは今日も健康じゃの」
物思いに耽るあまり、接近に気が付かなかった。
兵士としての感覚が鈍ったか?
もはや兵士では無いのだから、喜ばしい事ではあるが…
「…おはよう、Dr.ドテ。硬いツナギの上から撫でて楽しいのか?」
「つまらん娘っ子じゃのぅ、ピンクやボニーは愛想よくキャアキャア云うてくれるというに」
まぁ、あの二人はそうだな。人のあしらい方が上手いから。
白い髭を撫でる背の低い老医師と話しながらデッキに向かう。
ドテと云う名前は本名では無さそうで、最初に会った時『薮の下は土手』などと訳の解らない事を口にしていた。
「それで、Dr.?全員起こされたが、定期診断では無いんだな」
「違うぞい、儂も訳が解らん…無駄に起こされると体調不良に繋がるんじゃが」
やはり定期診断では無かったか。
一ヶ月に一度、冷凍睡眠を終了させてドテ医師が乗組員の体調を調べてくれている。
それに併せて私達も船内の整備や船外活動を行っている。
…定期診断では無いとするなら、何だ?
デッキには船長とアルファ、それにパーマー監督官が来ていた。
「おはようございますパール主任、Dr.ドテ」
「おはようアルファ、遅くなりました船長」
「なに、我々も今着いたところでな…アルファ?」
船長がアルファに促す。
アルファは私達全員が『眠って』いる間、船を管理している。
戦場で戦っていたアンドロイドと違い、目鼻がついていて見た目は人間に見える。戦闘用はまともな顔がついていない。
「お聴き下さい、皆さん。外部センサーが船籍不明船からの通信を拾いました。難破船の様です」
アルファがデッキ内に通信を流した。
『…接触・乗船を…………こちらは……プス号…本船は……………接触・乗船を………こちらは…』
船のAIからのものだろう、相当に古いのか、それとも通信システムが痛んでいるのか、途切れ途切れにしか聴き取れない。
「…以降、繰り返しです。発信源は移動しており、現時点での距離は亜光速三日の位置にあります」
「遠いな?それが?」
「現在は遠いと言えます。しかしながら我社の定期航路、つまりこの位置に進行しています。航路を塞ぐ形で停止する可能性があります」
「それは困るな、航路を使うのははこの船だけじゃあ無い。いちいち迂回するとなると費用がかさみますよ」
パーマー監督官が渋い顔をする。
彼は本社からの出向だ。
航宙一往復毎に別の監督官が乗り込む規則で、それ以後同じ監督官と顔を合わす機会は無い。
要は新人研修、デスクワークの前に現場を見せる為のもの。
一往復だけなら二年歳がずれるだけ、現実に起きて働くのは一ヶ月程度だ。研修と云うより貧乏クジかもしれない。
私達はこの船が職場兼我が家になっている。一往復毎に二年本社の者とは歳がずれていく。監督官はお客様の様なもの。
さて、パーマー監督官の今の言葉は少々理解し難い。
確かに塵も積もれば山となる。
迂回に掛かる燃費は微々たるものだが、この航路は本社の所有する十隻の船が就航している。
代わる代わる迂回するとなると、本社にとっては将来的には手痛い出費だろう。
…しかし、この船に何をしろと?
次に近付く船が考えてもいい話だ。その方が経費的に良い。
パーマー監督官の台詞はなにも愛社精神によるものでは無い様だ。
「…だがな、パーマー?我々に調査しろとでも?亜光速で往復六日、調査に一日で一週間だぞ、取り戻せる遅れじゃ無い」
「しかし船長、難破船ですよ?どれだけの物資が手に入るか…」
船長も私と同意見。
無駄な調査で時間を食う必要は無い。
要するにパーマー監督官としては、不明船が難破船であれば、サルベージしたいのだ。
愛社精神は建前。
サルベージの権利は発見者が有する。
この場合サルベージで物資を手に入れられたなら、半分は会社のものになり、もう半分は船員のものだ。
かなりの額になるだろう。
ちなみに私達クローンはアンドロイド同様備品扱いであるので、恩恵は無い。
権利は船長、監督官、ドテ医師の三人だけである。
…まぁ、船長とドテ医師なら、何らかの形で私達にも還元してくれるとは思うが。
二人にとっても、この船が我が家であるのには変わりがないのだから。
昔の事故でサイボーグ化している船長も、現役を引退して船医となった老医師も私達より航宙歴は長い。
半分世捨て人の様なもの、惑星に降りて散財する機会も無ければ遺産を残す相手も居ない。
そんな訳で二人はサルベージに乗り気では無いのだ。
「お待ちください船長、国際法に緊急時の救助義務規程があります。遭難者・遭難船を発見した場合、救助する義務があります」
アンドロイドが面倒な事を言い出した。
確かに人道的にはそうだ…そうらしい。
それが義務になるのも頷ける…クローンに人道的措置は施されないが。
「アルファ、アルファ…緊急時かこれは?」
「難破船であっても、生存者が居る可能性があります。この場合緊急時と解釈されます」
…可能性と言われれば、確かに。
もっとも、ほぼゼロではないだろうか?
「発信出来ているという事は動力がまだ稼働中です。当然、冷凍睡眠カプセルも稼働中の可能性があります。規程に違反した場合…」
「解った!解ったからみなまで言うな!…まったく」
船長以下、ドテ医師も私も一斉に溜め息をついた。
結局のところ、我々はなんなのか解らない船を探さなければならない。
居るのかも解らない生存者の為に。
…そういう事だ。
注:サルベージ
(沈没船などの)引き上げ作業。
学術調査であれば船ごと海から引き上げるが、作中の場合、利用可能な物資を引き上げ、所有権を主張する事。
┃ΦωΦ)要は宝探し。




