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ビックマムのハッチまで戻ると、ハッチの向こう側にドテ医師の姿が見えた。
『検疫が済むまで入るな!ちと待っとれ!』
血相を変えて怒鳴るドテ医師の態度に、私達はそれぞれ顔を見合わせた。
バシュウ~ッとハッチ内で検疫システムが作動し、薬液シャワーがスーツを濡らす。
『Dr.?どうかしたのか?』
ハッチから中に入って問い質すと、老医師はシワの寄った顔をしかめながら検疫手順は守れと云う。
私達は毎回守っているのだが?ベータはアンドロイドだから手順を省略する訳も無い。
「……嬢ちゃん、ちょっと付き合え」
『ライザ、作業を任せる…Dr.?』
ヘルメットを脱いで脇に抱えると、ドテ医師に促され医務室までついて行く。
医務室には船長とベータも揃っていた。
「どうした?何か問題でも…」
「あるかもしれん…ほれ」
ドテ医師にデータを見せられるが、私に解るはずもない。
「Dr.、何なんだ?」
「生物じゃよ、生物細胞じゃ」
ドテ医師はどっかりと椅子に座り、私にも座るよう促す。
「嬢ちゃんが持って帰った霜のサンプルな?分析したところ生物細胞が幾つも混じっておった。単細胞じゃが、地球産では無い。概知の惑星産でも無い」
「…生きているのか?」
「仮死状態ではあった、凍っておった時はな。解凍すると周囲の水を吸って活性化しおった…しばらく動いとったが、食い物が無いのが解ったんじゃろう、また水を吐き出してカラカラに干からびおった」
水を……?
「じゃあ、あの霜は全部?」
「室温が下がって凍死せん為に吐き出したんじゃろう。そうして仮死状態のまま過ごす。儂らの冷凍カプセルみたいなもんじゃな」
「周囲の状態が良くなれば活性化して餌を探す、か。いったい何を餌…に……」
餌になったのは…
「気付いたか?コヤツら、細胞の組成にカルシウムは存在しとらん。よおも食ったり1万人分じゃ、船が水浸しにもなるわい」
「…あの骨に肉の細胞が無かったのは」
「うむ……しかし検疫システムには勝てんようじゃ、出入りする際は必ず検疫手順を踏む。解ったの?」
「…他には?」
「コヤツらは共食いはせん。そればかりか皆動きが揃っておる…群体かの?」
────────
「俺からもいいか?」
沈黙を破って船長が口を開いた。
「俺は…出来る事ならこれ以上あの船に関わりたく無い。今やってるサルベージも切り上げたいくらいだ…航宙日誌な、向こうの船長は自殺したらしい、このページから読んでくれ」
それはエクリプス号の船長が綴った日誌の後半、一週間ほどの枚数だった。
謎の奇病が起こり、定期検診の為に起きていた乗客…移民達が死んでいく。
200年前でも既に旧式だった医療システムでは対処不可能だったらしい。
罹患者は半ば溶けた様になって多臓器不全、もしくはショックで死亡した。
その内、死亡者がいなくなり罹患者もいなくなった…表面上。
代わりに冷凍カプセルがどんどん『空室』になった。
エクリプスAIは航法専用で、医療システムとリンクしていなかった為に事態の把握が遅れた。
『病気は、ただ溶かすのを止めて、乗っ取りを行う様になったらしい。恐らく脳を操作されている者がいる』
エクリプス号の船長はそう考えた。
脳を操作されている者が冷凍カプセルを開け、中で眠っていた者を『病気』の餌にした。
蓋の開いたカプセルのベッドには白骨が並んでいるらしい。日誌にはそう書かれている。
『乗員の誰が乗っ取られているのか?私以外の全員かもしれない。解らない。乗客はもはや救い様が無い、私が手を出されていないのは奴等が航宙を理解出来ないから…』
日誌の最後には船の最上位者権限でAIに処置を施し、自分はエアロックから『外』へ出ると書かれていた。
「…Dr.の云うコイツらが航宙技術を理解出来るかは解らんが、少なくともエクリプスの船長は上手くやったらしい。エクリプスAIはここで自分の『身体』を隔離していたんだからな」
もしエクリプス号の船長が乗っ取られていたならAIに施した処置を解除しているだろう。
なるほど『都合により』か。
「取り合えずビックマムAIには船内除染を命じてある。だが誰も発症はしないと断言出来ないんだ…サルベージを早めに切り上げられないか?すぐにでもドッキングを解除するんだが」
パーマー監督官はこの話をまだ知らない。早急に話を通さなければ、隊員達に危険が及ぶ。
私はヘルメットを持つとハッチへと急いだ。もう皆はエクリプスに戻っているはずだ。
「パール、何なら作業を中止しても構わん。まず皆をエクリプスから引き揚げさせろ」
『了解です、船長』
ヘルメットライトでは心許ない。ベースに置いてあるライトを一つ持って格納庫へ走る。
途中で台車を押す皆に合流した。
『お帰りなさい分隊長殿…どうしました?』
『ライザ、監督官は?』
ライザに訊くまでもなく、監督官がこちらへ向かってきた。
『パール主任?血相変えてどうしたんだい?』
『監督官、実は』
その時だった。
『ぅ?うわ!?何これ!?』
突然スピーカー越しに悲鳴が響く。
この声は…
…ピンク!?
私達は台車の列をかわして後ろへ、ピンクの許へ走った。
『ひっ!…ぎゃあああ!』
その間にもピンクの悲鳴がスピーカーから流れてくる。
暗闇の支配する中、持ってきたライトの強い光がピンクを照らした。
「ぎぃいいゃああ!ち、ちきしょおおおお!!」
ピンクはヘルメットを外し、身体中に絡み付いた『何か』を振り払おうともがいていた。
……既に身体のあちこちが溶けて骨が見えている。
与圧スーツごと溶かされていく。
『ピンク!おいピンク!お前ェ』
咄嗟に近寄ろうとしたボニーを、無事な腕を使ってピンクは押し戻した。
強く押されて転げ戻るボニー。
ピンクが顔を上げ私を見る。
無理矢理に笑顔らしきものを浮かべたピンクは、自分の胸元に手を伸ばし、私に頷いた。
『待避!対ショック体勢!』
私の怒鳴り声にライザ達全員が台車の陰に入り、防御姿勢をとる。
爆発音!!
『な…何で爆発…?』
狼狽えるパーマー監督官を引き起こしながら、私は皆に怒鳴った。
『急げ!ハッチまで後退!周囲警戒を厳にせよ!』
『よぉし!急げ急げ急げ急げぇ!もたもたすんなぁ!ピンクの二の舞になるぞ!』
ライザ曹長に急かされ隊員達が動き出す。
『お、おい台車』
『監督官諦めろ!アンタに死なれると困るんだよ!メリー、ミリア!対象護衛だ!』
『了解!担いじまえメリー!』
周囲にライトを当てながら転げる様にベース区画を抜け、連絡チューブを走り二重ハッチに入る。
『船長!検疫手順!』
『おう!……一人足りないんじゃ…?』
『話は後で!』
薬液シャワーが勢いよく噴き出した。




