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航宙日誌:217



1330時積載完了。

1400時発進。


惑星ミトラ宙域を予定通り無事に離脱する。現在2015時。


乗組員は全員体調不良の徴候無く、冷凍睡眠の準備中。私もアルファとベータに引き継ぎ次第、カプセルに入る予定。


次回起床は一ヶ月後、定期診断を受ける時だ。また乗組員達のぼやきを聞く事になるだろう。



─────船長アーノルド・F





────────


…冷凍睡眠なんて大嫌いだ。




私は目が醒めるとすぐに呻いた。


裸の身体に貼り付けたパッチプラグを引き剥がすと、両足を床に下ろして頭を抱える。


何が辛いかといえばこの頭痛、冷凍睡眠から起きるとすぐに目の奥がキーンとくる。


大昔は『ソフトクリーム頭痛』とか云ったらしい。



…何がソフトだ。



何度冷凍睡眠を経験したが、こればかりは慣れない。


頭を振って辺りを見る。隊員──いや、乗員達が起き出してくるのが見えた。


乗員達はこの頭痛が無いらしい、皆ストレッチを始めている…全裸で。


全員女性──取り合えず性別で云えば──だが、軍隊あがりの連中だ。ストレッチと云うより筋トレにしか見えない。


色気?そんなものはオリジナルに任せる。



生存性を重視した結果、我々は『女性型』なだけである。


…後は視聴率的に『女性型』だとウケる。らしい。



「おはようございます、分隊長殿」



ライザが熱いコーヒーを持って来てくれた。



「おはようライザ…もう分隊長じゃ無いぞ?主任だ、主任」


「失礼しました『分隊長殿』」



ライザのおどけた物言いに、呆れて溜め息を付きながらコーヒーを貰う。



……温まる。



私が冷凍睡眠明けに頭痛がする事を知っていて、ライザはいつもコーヒーを煎れてくれる。


ありがたい副長だ。



「やれやれ、もう一ヶ月経ったのか…まぁ昨日寝た様なものだが」


「いえ、分隊長殿、まだ一ヶ月経ってはおりません」



ライザはあくまでも私を主任と呼びたく無いらしい。



ライザが指差すのは、壁に据えられたパネル。


カレンダーと時計を兼ねている。地球標準のもの。


…地球など行った事は無いが、そうらしい。



「…何かあったのか?」



定期診断より一週間ほど早く起こされている。


何かあったのか?その割りに警報の類いは無い。



「妙ですね、大したことの無い用事なら全員起こす必要は無いと思いますが」


「アルファとベータが居るんだから、カプセルの誤作動なんて事も無さそうだしな…まぁすぐ呼ばれるだろう」



全員起こす必要があるが、警報を出すまでも無い用事?


カプセル脇のロッカーから出した作業用ツナギに身体を押し込め、重力ブーツの靴紐を結んでいるとアナウンスが聴こえて来た。



『パール作業主任、パール作業主任、デッキまでお越し下さい』



「…お呼びですね」


「ライザ、後は頼む」


「了解、分隊長殿…ほらぁ!いつまで素っ裸でぶらぶらしとるかぁ!」


「『ぶらぶら』は付いておりません曹長殿!」


「キャア!」

「キャハハッ!」



ライザの怒鳴り声を後にして『寝室』を出る。


無機質な通路には配管類が天井を流れており、床は金網状のパネルで覆われている。


歩けば重力ブーツがガシャガシャと音を立てる。


工事現場か下水坑にも似た風情だ。



貨物船ビックマム。



それが私達の現在の職場。


定期輸送を亜光速で片道約一年掛けて往復するこの船に、私達は二往復半目の航海…航宙の途中である。



四年とちょっとか…



さほど実感はわかない。


就業期間としては確かにそうだが、ほとんど冷凍睡眠だ。時間に直せば二月程度。


宇宙暮らしと惑星暮らしでは感覚に開きが出てくる頃だろうか?


宇宙船の仕事を長く勤めれば勤めるほど、外界との時間の差が出てくる。


当然、宇宙での生活は他の全てと引き替えと云っていい…オリジナルにとっては。


お陰で私達の様なクローンで元兵士には、競争率の低いありがたい職場と云えるだろう。



私達は企業間紛争の傭兵として造られた。


いくつかの傭兵組織があり、どこかの企業同士で面倒があった場合、限定戦争を行っている。


その為に用意された惑星で、私達は雇い主も知らずに戦ってきた。


メディアが私達の戦いを有料ネット配信していて、どうやら人気があるらしい。


戦場はクローンとアンドロイドと巨大ロボットのごった煮。


オリジナル──人間の存在しない戦場だった。



…いや、居た事は居たな。『将軍』と称する事務員が。



私達分隊は四年半前──体感的には二ヶ月半前──唐突に『解雇』された。


自由意思で兵隊をやっていた訳でも無いので、解雇と云うのは語弊があるが。


理由はごく単純、『新型』が納入された。押し出しで旧式の私達は処分である。


我等が『将軍』は……人格者、そう人格者と云って良い人物だったのだろう。私達に選択肢を二つ用意してくれたのだから。



一つ目は『再利用処分』…普通これだけだ。


要は内臓など使える物を移植用に、残りは新しい兵士達の食事用に有効活用する。


…美味しいシチューの具になる訳である。


私達もよく食べていたので文句は言えない。



もう一つは『除隊処分』


私達の所有権を傭兵組織が放棄し、後は勝手に生きろ。


…と云う訳である。



『将軍』閣下は手回しの良い人で、再就職先も斡旋してくれた。


癒着だの裏取引だのが恐らく存在してはいただろう、しかしながら私達にしてみれば悪い話では無かった。


なにしろ、少ないながらにもクレジットが頂ける。


真っ当な食事も頂ける。


加えて云えば分隊六名セットで雇ってくれた。これは大きい。


分隊がバラバラになるのであれば、『再利用』でも良かったのだ。


これは全員そう思ったらしい。後で訊いた事だが。



そういう訳で、私達はビックマム号の乗組員──貨物の積み降ろしと雑用係──となった。



…今頃は『新型』も旧式になっただろう。彼女達はどちらを選んだのやら。






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