奥様はたわわ
The Infinite Worldをいつも読んでくださっている方へ。
普段の文章よりかなり下ネタに走った気がしています。
下品系下ネタが苦手な方は読まない事をお勧めします。
「え、あ、えっ?」
唐突ですが、今わたくしの目の前には旦那様がおられます。お会いしたのは何年ぶりでしょうか?
旦那様はなぜかお顔を真っ赤にさせて、私を上から下までじろじろじろじろと眺めまわし、顔を赤くさせながらも舐めるように見つめるのは止めないという好色親父の香り漂う作業に没頭されておられます。
「そんなに卑猥な視線を送られてはわたくし恥ずかしいですわ」
「ひッ、卑猥だとッ!?」
「卑猥ですと言葉がよろしくなかったかしら。では視か――」
「なお悪いわ!!淑女が何ということを言うのだッ!!」
出来るだけ穏やかに旦那様に話しかけたのですが、なぜか旦那様はなおのこと真っ赤になってしまわれました。今や湯気が吹き上がらんばかりの旦那様でしたが、無理やりに深呼吸を繰り返し、ややあって落ち着きを取り戻されました。
「――ごほん。失礼した。で、あなたはどちら様なのかな」
「あなたの妻です」
「嘘だッッ!!」
喉も張り裂けんばかりに叫んで、旦那様は部屋を飛び出して行かれました。それはすごい勢いでした。具体的には、扉の蝶番が外れるくらいですね。執事のロバートソンが呆れ顔で旦那様の去った方を見やり、わたくしへ向き直って深々とお辞儀しました。
「奥様、旦那様が大変失礼いたしました。扉は修繕の手配をしておきます。本日は午後お出かけになるのでしたね」
「ええ、大丈夫よ。入ってもらって頂戴。だけど妻の顔がわからないなんて、さすが旦那様だわ」
わたくしは感心して頷きました。さすが政略結婚だけありますわ。思い返せば――あら、何年前だったかしら――?
「三年前です、奥様。正確には二年十一か月と二十三日でございますが」
あら正確にありがとう。そう、それほど前、私たちが結婚したその日から、旦那様は一貫してわたくしを飾り物の妻として扱ってくださっているのです。もちろん白い結婚ですわ。印象深い初夜のやり取りを思い出して、わたくしは知らず微笑みました。ロバートソン、あなた、覚えていて?わたくしがわたくしとして生きられるようになった素敵な日の事を――。
――――――
私は元々、伯爵家の長女として生まれつきました。長女とは言え上には兄二人、下には弟四人がおりますから三番目の子供ですわね。ずいぶん子沢山ですって?ええ、そうですわね。元々我が家は代々騎士を輩出してまいりましたの。
ところが一番上の兄様は武より文に向いており、二番目の兄様は武より楽に才がありましたの。そこへ三番目の女児でしょう?お父様はそれはそれは気落ちなさいまして、そこからはヤケクソ気味に子作りに励まれたのですわ。お母様はさぞかし御苦労なさったろうと思いますのよ。
そうして弟たちが生まれたのですが――もうお分かりですわね――四番目は薬師に、五番目は物書きに、六番目は商売人に、七番目は、これはわたくしも残念なのですけど、ひもになりました。まあ、末の弟はひも脱却のために日々扱かれておりますわ、もう少しやる気を出せば立派に騎士になれそうですけれどもね。姉の欲目かしら。
まあ、生まれた子供たちが軒並み騎士になれそうにないことが解ったお父様でしたが、そこはやはり七人も子供を作った方ですから。諦めが悪かったのですわ。明らかに向いてない子供たちをまあ扱いて扱いて扱きあげました。そして、一番ものになりそうだったのが――これも父には残念だったようですけれど――わたくしだったのですわ。まあ、目くそと鼻くそくらいの差でしたけれどね、あら、はしたなかったかしら。ごめんなさいね。
かくしてわたくしは、特に興味のなかった騎士になるための修行を物心つく前から行ってまいりました。せめて結婚するまでは、騎士団に在籍することを最低目標に据えられまして、おかげさまでお裁縫は今でも苦手ですわ。ご存じでしょう?繕い物は出来ますけれど、刺繍がどうにも駄目ですの。
お父様の涙ぐましい努力が実り、私は十歳の時に晴れて見習い騎士になりました。とは言えやることが変わるわけではなく、少年たちと共に修行し続けて成長しましたの。あら、まあ。貞操の危機が無かったかですって?特にそう言ったことにはなりませんでしたわ。みな同じ苦しみを耐えた仲間でしたもの、そこに性別は関係ありませんでしたのよ。まあ、わたくしだけ通いでしたからそれも関係あったかもしれませんわね。
十四で正式に騎士団に配属され、わたくしは近衛騎士の末席を頂くことになりました。騎士の鎧を頂けたときには喜びもひとしおでしたわ――だって、これであとは結婚するだけでしたもの。お父様の悲願も達成いたしましたし、残る日々はわたくしの為の人生ですわ。ですのでわたくし、一生懸命職務に励みましたわ。頑張るわたくしをどなたか見初めて下さるように祈りながらね。
ですが、神様は中々わたくしに微笑んでくださいませんでしたの。ですので、私が結婚できたのはいよいよ行き遅れになって久しい、二十五歳になってからでしたわ。十七を過ぎて縁談が一つも舞い込まなかったせいか、お父様、自分のせいで娘が嫁に行けないのではないかと若干の焦りを感じていらっしゃったようでした。あちらこちらにお声をかけてらっしゃる姿をお見かけしましたもの。
え、何処で見たのかって、決まってるじゃありませんか。夜会でですわ。お父様ったら王家主催の夜会でまで売り込んでらっしゃるんですもの、娘としては恥ずかしかったですわ。せめてわたくしから遠いところでやってもらいたかったです。わかっていただけます?自分が警備しているすぐそこで父親が見合い話を展開し、おまけにお断りされている姿を見る気持ちが。ああ、思い出すだけで何だか徒労感が湧いてきましたわ。
お父様の報われない活動は、そうですわねえ、四年ほど続いたんでしたかしら。いよいよ声をかけるお相手も見つからなくなってきて、お父様ったらピリピリされてましたわね。わたくしは、お父様よりずっと諦めの早い性質でしたから、もうこの時には近衛から第三王女付きの特務隊へ異動願いを出しておりましたの。嫁げぬならば仕方ない、騎士として一生涯を生きていこうと思いましたから。
だってそうでしょう、二十一歳のわたくしに、淑女として生きた時間がどれ程あります?来る日も来る日も剣を握り盾を構え、徒手空拳でなお一対多から勝利を掴む――そんな淑女がおりまして?どんな楽園とて、知らぬままならそれほど苦も無く諦められるのですよ。今はもう諦められませんけれどね。
そうして特務隊へ移り、さらに数年が過ぎました。あら、奇しくも、また四年ですわね。お父様もとうとう諦めがついたのか、結婚と言う言葉を口に出さなくなった後でした。旦那様から、縁談が申し込まれたのは。旦那様からのご縁なのかって?ええそうですわ。何しろ政略結婚ですもの。
旦那様はわたくしと結婚して、伯爵家との縁を得られましたわ。以前から十分に実力のあるお方でしたけれども、何しろ男爵家の二男でしたから少しばかり血筋の力が騎士団長の座には足らなくて。ですから今は副団長まで出世なさってますわ、え?団長職は無理かどうか?そうですわねえ、父がまだ頑張るようですから、まだしばらくは昇進できそうにありませんわね、少なくとも。
あら、ずいぶん脱線してしまいましたわね。初夜の思い出の話でしたのに。本筋に戻りましょうね。そう、それでわたくしたちは結婚したわけですわ。わたくしも無事に特務隊を寿退職できて、これでようやっと剣と盾ともお別れできたのです。結婚式の際、誓いのキスがヴェール越しでしたので、生まれて初めて化粧した顔をご覧になって貰えなかったのは少し残念でしたけれどね。侍女たちが本当に頑張ってくれたのですよ。本当に綺麗だったの、まるでわたくしじゃないような仕上がりでした。
その後のお披露目を兼ねた祝宴は一緒におりませんでしたから、やっぱりわたくしの顔は旦那様の視界に入っておりませんわ。どうしてですって?ああ、あなたは裏方だったかしら。旦那様は出世したくて結婚したのですから、一生懸命社交なさってましたわ。わたくしは第三王女殿下にご列席いただけましたので、終始お相手しておりました。これでも気に入って頂けていたんですのよ、愛称もお呼びして頂けてましたの。「ステフ」ってね。懐かしいわ。
初夜の話でしたわね、いやだわ、悪い癖なのよ。すぐに別のことに気がいってしまって。いよいよ初夜を迎え、私は着替えて寝室で待機しておりました。なにぶん初めての事ですから、いささか以上に緊張しておりましたわ。そして、どれほど経ったのか、いよいよ扉がノックされましたの。
どうぞと申し上げましたら、旦那様が入室なさいました。わたくし、その時俯いておりましたの――いくら二十五歳の耳年増の行き遅れとは言え、実戦……ではないわね、実践したことはないのですもの。男の方がお部屋にいらっしゃるなんて恥ずかしくって。いくらこれまで男ばかりの騎士団で働いていたとしても、これはまた別なのだと自分で感心しましたわ。
旦那様はお部屋の入り口で、わたくしを上から下まで眺めておられたようでした。俯いているのになぜわかるのか?修行の成果でしょうか、わたくし気配とか視線を察知するのは得意な方ですの。何度かこの技能で襲撃も未然に防いだことが有りますのよ。まあそれはどうでもいい事ですわ。旦那様はわたくしの検分を終えられて、鼻で笑われました。
「評判通り頑健な体をお持ちのようだ。はっきり伝えておくが、私はあなたが欲しくて結婚したのではない。あなたの後ろの伯爵家との縁が欲しくて結婚したのだ。ゆえに、あなたに期待するのは私の地位を脅かさぬよう慎ましやかに生きる事だ。羽目を外さないのならば何をしていても私は関知しない。愛人だろうがドレスだろうが宝石だろうが、常識の範囲内で遊んでいてくれて構わない。私も好きにする」
何度聞いても心無い言葉ですって?そんなこと有りませんわよ。むしろはっきり許容範囲を決めて下さったんですもの、有り難いお話でしたわ。常識的に過ごす分には、わたくしには何一つ損が有りませんの。常識はずれな事なんてわたくし、興味ありませんもの――同時に愛人が十人もいるとか、気持ちよくなれる薬に耽るとか、未認可の愛玩奴隷とか――面倒だと思いません?
ですからわたくしもお返事いたしました。「はっ!婚姻継続に関する条件、確かに承りました!今後、妻として慎ましく努めますのでよろしくお願いいたします!」とね。ううん、思い返すと恥ずかしいわ。このころはわたくし長い軍生活で、軍人の口調しか知りませんでしたの。今の話し言葉を身に着けるまで随分練習したものです。あなたにも沢山付き合ってもらったわね。
旦那様は満足げに頷かれて、「ではおやすみ」と言い残してお部屋から出て行かれましたわ。わたくしも、正直肩の荷が下りたような気がしましたわ。だって、旦那様のこと、正直全然好みでなかったものですから。ほら、旦那様って物凄く立派な身体つきでしょう?噂では、全身に力を込めると衣服がはじけ飛ぶそうですわ。いやだ、ボタンじゃありませんわよ、布の部分ですわ。ボタン位ならわたくしだってできますわよ。
わたくし、ずっとむくつけき男たちの中で生きてきたせいか、線の細い華奢な方が好きなんですの。わたくし自身も決して華奢ではありませんし、憧れが有るのかもしれませんわね。愛人はそういう系統で揃えるのかって、いやね。わたくし愛人はおりません、ご存じでしょう?それに面倒じゃないですこと?わたくしはね、やりたいことが沢山あって忙しいんです。興味が出たら作るかもしれませんけど、今はどうでもいいですわ。
旦那様から好きに過ごしていい許可を得たわたくしが最初にしたのは、ドレスづくりでしたわ。これまでドレスなんてものは持っておりませんでしたから。ええ勿論、嫁入りの際に沢山持たされましたけどね。わたくしの騎士制服の寸法で作られておりましたからとっても窮屈で。これはまあ、直前まで勤務せざるを得なかったわたくしの事情によるものですから仕方ない事ですけれど。処分してもらったあれらには、そういう経緯があったのですわ。
そうして、そのドレスが届いて、袖を通した時のあの晴れやかな気持ちと言ったら!どこにも苦しいところのない、着心地が良いとはこのことだと心底理解できましたわ。もうそれだけで幸せでしたけど、でもわたくしには夢がありましたからね。そう、ごくごく普通の淑女として生きるという大きな夢が。
ですから、使用人の皆様はじめ、あなたにも助けてもらって、日々努力してまいりましたわ。どうかしら、わたくし普通の女性になれたかしら?あら、そう?そんなに褒められるとは思っていなかったわ、嬉しいものね。じゃあ、次は何をしようかしら?うふふ。
――――――
夕食の時間、食堂へ入ったわたくしは正直驚きましたわ。旦那様がいらっしゃるのですもの。三年間の結婚生活で初めてではないかしら。
「まあ、どうなさいましたの」
「いや……本当にあなたなのか、ステファニア」
三年ぶりに見たせいなのか、旦那様は私の顔を見ても確信が持てないようですわね。そう言えば結婚式の時もお顔は合わせてないんでしたわ、わからないのも道理ですわ。
「はい、ステファニアですわ。それで、何の御用でしたか」
席に着き、いつも通り前菜を頂きながら水を向けると、旦那様はなぜかムッとされたようでした。
「用が無ければ食事を共にしてはいけないのか?」
「いいえ?午前中にお部屋にいらっしゃったので、何かご用事があるのだと思っておりましたの。すぐにお戻りになられたので、お聞きしようと思ったのですわ」
「ああ、そうか、いや……あれは忘れてくれていい」
まさかわたくしのお部屋の扉を壊しにいらっしゃったわけではないでしょうし。だけど、今仰らないのですから大したことではないのかもしれないわね。であれば、いつも通り食事を楽しむことに専念しましょう。
「……なぜ机の上に手鏡を置いているんだ?まさか自分の顔でも見ながら食事しているのか?とんでもない悪趣味だな」
「あら、ごめんあそばせ。わたくし、普通に座っていると手元が見えませんのでこのように鏡を使って食事しておりますの」
そう、自分に合った衣類を着用し始めてから一番困ったのは食事でしたわ。何しろ食器もカトラリーも全く見えないのですから。とは言え今更窮屈な思いに戻るのなんて御免でしたから、皆であれこれ知恵を出し合って現在の形に落ち着いたのですわ。
「そ、そうか……あー、その、ステファニア?それは、今の流行なのかな」
「え?鏡ですか?流行だとは聞いた事がございませんわね。探せば何名かはいらっしゃるとは思いますけれど」
「いや鏡では無く。そのー、あの、それだよ。あなたの上半身のふくよかさだ」
「ふくよか……ああ。乳房の事ですか」
「ぐほぁっ!!がッ、ぐぅ、ぐふっ」
まあ、旦那様ったら急にワインを噴き出されたわ。どうなさったのかしら。席が離れていてよかったわ、折角のお料理にかかったら台無しですものね。あら、このポアレとっても美味しいわ。
「大丈夫ですか?ああ、それならよかったですわ。それで、乳房の事でお間違いございませんか?そうですか。けれど、乳房に流行り廃りはないのではありません?だって、生まれついての物でしょう?後から取り換えるなんて事は出来そうにありませんわ」
とても苦しそうな旦那様ですが、気にするなと手振りをなさるので気にしない事にしましたわ。それにしても旦那様もおかしなことを気になさるのねえ。もし乳房の大きさが変えられるのなら、わたくしは十数年も苦しむ必要はありませんでしたわよ。
「ごほっ、ごほん……失礼した。しかし、確か結婚式の時にはすっとんと……いやいや絶ぺ……ええと胸板しかなかったような記憶があるのだが」
旦那さまったら随分動揺してらっしゃるようですわね。二度も言い直されたのに、最後が一番残酷な感じになっていますわ。淑女に『胸板しかない』なんて囁いてしまったら、その後どれだけ美辞麗句を並べても振り向いてはもらえないでしょうね。
「騎士をするには邪魔でしたので。婚姻式の衣装も、制服から型紙を起こしたので抑え込んだ状態の体形で作られておりまして、やむなく絞りましたわ」
ええ、ですから初夜の時の夜着も、締め上げた上から着ておりましたわ。今はきちんと体形に合わせて仕立てた物を着ておりますから、開放感があふれておりますわよ。
「そうだったのか……」
旦那様はそれきり沈黙なさいましたわ。用事もなかったようですし、食事は終えましたし。わたくしは失礼いたしましょうね。
「おやすみなさいませ、旦那様。良い夢を」
――――――
私は苛々と部屋の中を歩き回っていた。原因は我が妻である。妻とは言え、形ばかりの結婚ではあるのだが。とにかく今、社交界にて妻の噂が密やかに流れているのだそうだ。
『副騎士団長の妻は奔放で、どんな申し出も拒まない』
申し出とは、当然だが身体を重ねる類の話である。背びれ尾ひれが付いたにしても、一度に四人の相手をしただの、百人切りだの、忘れられない身体だのととんでも無い話が出回っていると聞けば心中穏やかではいられない。嫉妬?そんなわけがあるものか。私の足を引っ張る真似だけはやめろと言っておいたのに。騎士団長への道が断たれたらどうしてくれる。何のためにあのような筋肉達磨の様な女と結婚したと思っているのだ。
やはり、本人を問いただし、行いを改めさせるのが近道だろうと判断して私は妻の部屋に押し入った。
「失礼!君は最近の社交界での酷い噂を知っているか?知らぬだろう、知っていれば私の足を引っ張る様な真似は止めたに違いないからな!君が許されるのは常識の範囲内でのお遊びであり、淫売呼ばわりされるような……いきすぎた……遊びは……」
入るや否や文句をまくしたてていた私の視界に入ったのは、とてつもない美女であった。涼しげな目元には長い睫毛が縁取られ、小ぶりだが肉感のある唇、通った鼻筋はつんと高い。しかし顔の造作よりも何よりも、私の目を吸いつけてやまないのは恐るべきたわわな胸部であった。
大きさは人の頭よりも二回り以上大きい。そこらの盥では収まらなさそうなそれが、二つ。教会の鐘のような形の白いたわわが、私に向かって突き出されている。いや、別に突き出してはいないのだが形状の関係で常に突き出されて見えるのだ。
そのたわわをとっくり眺めてしまって、顔を赤らめた美女に「卑猥な視線」とか「視か――」とか言われてしまったのは失態意外の何物でもなかった。慌てて取り繕おうとして、美女を誰何すれば、言うに事欠いて「あなたの妻です」と言う。あまりにも混乱し過ぎて、この後の記憶が無い。気が付いたら自室で突っ立っていた。
それから夕飯まで、執務をしようとするのだが、いつの間にやら浮かんでくるのはあのたわわであった。大胆に開けられた胸元から覗く、垂直に近い隆起と深すぎる谷が目に焼き付いている。椅子から立ち上がった際のたわわの躍動が思い出される。最早プルンなどと言うものではない、ばいんばいん!と言う擬音がぴったりであった。しかも服を着てそれである、露出させたらば一体どれほどのポテンシャルを秘めているのだろう。最早それは凶器なのではないのか。思考の迷宮に陥った私を止める者は誰もおらず、夕食の時間まで私はたわわを幻視しては我に帰る事を繰り返していた。
美女が私の妻であった事を確認した夕食の後、私は一人悶々と酒杯を傾けていた。相も変わらずたわわの幻が私を苦しめている。彼女がグラスを傾ける僅かな動作で振動するたわわ、フォークを口元に運ぶ際に腕に押されて撓むたわわ。騎士服の下で絞りあげて抑え込まれた可哀想なたわわ。締めたのは布か何かだろうか、それではそれを外した瞬間に零れおちるたわわが毎夜誰の目にも触れぬまま解放の時を迎えた白い丸いたわわとその先の色づいた――いかん。
「むらむらする……」
今日は午前中から予想外の事態が続いており、愛人の誰とも約束していなかった。たわわに惑わされた一日と言えよう。とはいえ、豊満だと思っていた愛人たちの身体を思い起こして見ても、今日見たたわわの足元にも及ばないだろう事を思い知っただけである。
彼女達の凹凸は、たわわの超存在感に比べると茫洋としたもので、ただの太めのご婦人達のように思えてくるから不思議である。肉厚の身体を楽しんだ記憶など遥か昔の事のようだ。いかん、考えれば考えるほど盛り上がって来た。逡巡したのは数秒である。そうだ、あれは私の妻なのだった。妻ならば私の好きにされる義務があるのだ。
そうと決まれば話は早い。勝手知ったる我が屋敷、妻の部屋へと移動する。大して広くもない屋敷の中で、目的の部屋にはすぐに到着した。扉は閉めきられていない、と言う事はまだ起きているな。舌なめずりを一つした。昼間に壊した蝶番は既に修繕されていて、押し開けても軋み一つ鳴らなかった。良い仕事だ。
あっさりと侵入を果たし、続き部屋の寝室へ足を進める。と、何か声が聞こえた気がして足を止めた。
「――ま――ない方だ――」
「――さまでしょう――あ、――」
「――んなに――ここ――って――」
囁き声は、寝室から聞こえている――。妻の、寝室から、抑えられた、しかし熱の籠った、睦言が。身体の一部が燃え上がるようだった。しかし、どこかで至極冷静な自分がいることにも気付く。
――お前だって同じだろ。彼女にもそうしていいって言っただろ?お前の怒りはお門違いさ。
頭をぶん殴られたような気分だった。我知らずよろめき、一歩踏み出す。そうして気付いた。寝室の扉が、薄く開いたままだった。だから小さな会話が部屋の外まで届いたのだと頭の隅で思いながら、私は吸い寄せられるように隙間に目を当てた。
「さすがお上手ですよ、素晴らしい」
「はあっ、褒められると嬉しいものね。んふっ、もう少し頑張ろうかしらって気になる、わっ」
「奥様のひたむきに努力されるお姿が、皆に愛される一因でありましょう」
まず目に入ったのは、想像をはるかに超えた躍動するたわわであった。重力と持ち主の動きとの兼ね合いなのか、形を変えながら跳ねまわるたわわが蝋燭の揺れる光に怪しく浮かび上がっていた。そしてたわわの持ち主はあられもない姿をさらしている。表情だけが、夕食の時と何ら変わりない穏やかで美しい顔であった。
そしてその美しい女の腰に手を添え、たわわの躍動に手を貸しているのはほかならぬロバートソンであった。女の動きが鈍くなってくるとロバートソンが叱咤する。
「奥様、リズムが遅れております。そのような事では立派な淑女になれませんよ。さあ!今度は上体にひねりを加えて、さあ、一、二!二、二!三、二!」
「ああ、ロバートソン、んああ、もう無理、できないわ……ん、くぅ」
「弱音を吐かれるのならば結構!終わりにいたしましょう」
「ああ、駄目、駄目よ、お願い、ロバートソン、……後生よ、頑張るからぁ……」
「そう、そうです奥様!大変よろしい、華麗なひねりです。今度は左右交互にひねりましょう、出来ますね?」
「ふーっ!ううっ!ぅあ、っはああ、ふっんん、んはあっ」
左右交互のひねりが始まり、最早話す余裕すら失った女を励ますべく、執事は声をかけ続けている。ただでさえけしからん躍動を見せていたたわわが左右に振り回され始めた。これは現実なのだろうか?だってたわわってあんなぶるんぶるんばいんばいんぼよんぼよんするものだっけ?あの暴れるたわわの間に頭を突っ込んで連続ビンタされてみたいような気すらしてきた、おかしいな俺おかしい――
「――はっ!?」
我に帰ったのは、どれほど経った後だったのだろうか。妻がスクワットを規定回数こなせたらしく、執事が労いの言葉を掛けていたところであった。就寝の挨拶を交わしているのが聞こえて、慌てて自室へ引き上げる。寝台にもぐりこみ、頭を抱えた。
ジェファーソン三十八歳、不惑も近い年齢であるが、彼はこの夜己がいかに汚れた大人かを身にしみて理解したのであった――。
ステファニア「目指せコルセット要らずなウエストライン!」
ロバートソン「なお私はロリコンです」
ジェファーソン「たわわ=正義」
夫の主観による表現の解説
「どんな申し出も拒まない」=奥様は積極的に社交に参加しています。噂が捻じ曲がったのは、恐るべきボディと夫の愛人を務めるご婦人たちの嫉妬のせい。
「人の頭より二回り以上大きい」=ソフトバレーボール大。形状はロケット。すごい。
「睦言」=いついかなる時も優雅にある為、奥様は運動中も息を乱さず会話する練習を繰り返しています。今のところ成果は出ていません。
「扉は閉めきられていない」「扉が薄く開いたまま」=やましい事はありません、と言う証明の為。偶然ではありません。毎日開いてます。
「怪しく浮かび上がって」=特に演出などされていませんが、助平なので目が釘付けになりました。
「あられもない姿」=運動用に誂えた薄手の生地のシャツとズボンを着用した姿。よこしまフィルターを通して見るとあら不思議、様変わりします。
「たわわの躍動に手を貸す」=頑張りすぎた奥様が倒れ込まぬよう、構えています。基本触りません、主人の奥方ですから。常識ですね。しかも奥様はロリじゃないから、出来れば触りたくない。