第五話
「ふぁ...はふぅ」
朝。昨日早くに寝た俺は,朝早くに自然と目が覚めた。あくびをしつつ、自分を見る。
昨日は風呂にも入れてなかったし、恰好だって死んだ時のまま。
服はしょうがないにしても、とりあえず風呂に入りたい。
一階に降り、一旦リビングへ。それから浴室に向かうと、シャワー音が聞こえた。
誰か入ってようだ。テレビでも見てるか。
リモコンを手に取り、ピッと。流れてくるのは、ショッピング番組ばかり。
甲高い声でどっかの社長が商品を紹介している。
何を思うでもなくぼーっと電子辞書の紹介を観ていると、ガラガラっと音を立てて浴室の扉があいた。
「ふぅー、さっぱり。ふへへ、昨日残してたプリン、冷えてるかなぁ」
......。
「プリンプリン、ぷりん~、...って、ない!!なんでよ!せっかくとっといたのに~!」
とりあえず目はそらした。彼女の恰好はあまりにもラフというかなんというか、シャツ一枚にホットパンツという、アレでナニな恰好だったのだ。
「さてはベルね!もう~!」
いやエロい。マジで。つかすっぴん初めて見たけど普通にかわいいな。眉毛もないっていうより薄いって感じだし。
「まいっか。この前アイス一口もらったし、それでチャラにしとこっと」
いやなんねーだろ。
「でもやっぱ、プリンは食べたいし...。でも今から買いにいくのもなあ...」
「なあ」
もうこれ以上彼女の独り言を聞き続けるのも悪い気がして、俺はたまらず声をかけた。
するとシリウスはビクッと肩を震わせ、ぎぎぎっという効果音とともにこちらに振り向いた。
「そ、ソラ!?お、おはよう...」
「お、おう。よお」
そこで今の自分の恰好を思い出したのか、体をかき抱き聞いてくる。
「い、いいいい、いつからそこに...?」
「えと、お前が冷蔵庫相手に一喜一憂し始めたとこから...」
「全部だ!!!もう、見てたなら声かけてよ~...」
うぅ~っと、涙目でこちらを睨みつつ、近寄ってくる。
そのまま俺の横に座り、いっしょにテレビを見始めた。
シャンプーの香りとほのかに漂う湯気、少し赤い頬に、ドギマギする。
が、俺は紳士だ。そんなので慌てる童貞でもない。
「わ、わりゅかった」
「へ?」
「悪かったって言ったんだよ!」
まあ意識しちゃうよね高校生だもん。
「っつか、話しかける隙がなかったんだよ。いつもこの時間に起きてるのか?」
するとまたケロっと明るい顔をしてこちらに笑顔を向けてくる。
「うん。私は天使だから、あまり寝なくてもいいの。だから、いつも二時間くらい寝てテレビ観て過ごすんだよー」
「そっか。天使ってのも、亜人の一種なのか?」
「ううん。天使っていうのは、務めを果たして、この仕事に就く人のために用意された種族で、アルフもベルもセシルも、君だってそうなんだから」
「あれ、そうなのか?でも俺はさっきまでぐっすりだったし、みんなもまだ寝てると思うぞ?」
「あくまで寝る必要はないってことだからね。いっぱい寝るほうがいいっていう人はいるし、私だって疲れたときはぐっすり眠るわよ」
「なるほど。うーん、気付いたら俺、天使になってたのかあ。もしかして、さっきやったアレのおかげ?」
「あ、そうそう。あのおっきいやつね」
「そうだったんか...。あれめちゃめちゃこわかったんだからな?」
ちなみに何のこと言っているのかの説明は後ほど。
「あはは、ごめんごめん。今度からはちゃんと説明するからさ」
「ったく...。あ、そうそう、今からどっかいくのか?」
「うーん、コンビニ行こうか迷ってるとこ。どうして?」
「ああ、買ってきてほしいものがあってさ」
「コンビニに売ってるものなら、ついでに買って来れるわよ。何がほしいの?」
「パンツ」
「へ?」
「だから、パンツだって。ボクサーな。あ、あとシャツもほしいな。どっちも黒ね。」
シリウスはなぜだか口をぽかんとあけている。
「サイズはどっちもLで。いや~助かったわ。風呂入りたかったんだけどよ、着替えも何も持ってないから困って...ってどうした?」
話している途中でだんだんと顔が赤くなり、今は困ったような顔をしている。
「べ、べつに?なんでもないけど?まあ、私だって男物のパンツくらい買えるし、なあんにも気にすることなんてないもんっ」
「そっか、じゃあ頼む」
俺は不用心にもテーブルの上に置きっぱなしにしてあったシリウスの財布を手渡してやる。
「くっ...」
シリウスが上にちょっとしたものを着るのを待ち、俺は玄関まで一緒についていき、見送りながら言った。
「じゃあよろしくな?」
「わかったわよっ!」
バタンッ!!!
そう言い捨て、シリウスは行ってしまった。
なんだったんだ?
と、背後から視線を感じる。
俺は何か恐ろしいものがこちらをじぃっと見つめている気がして、恐る恐る振り返った。
すると、正面の階段のうえから、幽霊...いや怪物...いや、こちらをじと目で見つめるセシルちゃんの姿が。いやまあこの世界に幽霊なんているはずないけど。
「じぃーーーーーーーーっ」
「あ、あの、セシルちゃん?」
「せくはらです!ソラさんっ!」
「なにが!?」
しかしその問いに対する答えは返ってこず、セシルちゃんは自分の部屋に戻ってしまった。
一人残された俺は、とりあえずリビングに戻り、某社長の甲高い声を聴きながらシリウスの帰りを待った。