肉食女子 ユイカ
「もうやだー。お祈りなんてしたくない。またパーティーに行きたいわ。あなた達の辛気臭い顔にはもう飽き飽きなの!」
ユイカは祭壇を一瞥し、床に座り込んで抗議をはじめた。
周りには聖衣に身を包んで、神妙な顔をした神官達が困った風にユイカを見つめている。
ここは第一神殿の奥にある、聖女のための祈りの部屋だ。繊細な細工の柱が何メートルもある天井に向かって何本もそびえ立っている。そのところどころに天使の彫像が彫られていて、荘厳な中にも優美さをかもし出している。
その祈祷の部屋の真ん中で、ゆいかはその可愛い頬を怒りで膨らませていた。
「まったく毎日毎日お祈りか魔力の訓練で、折角聖女になったのに全然面白くもない。エルドレッド王子も最初はよく会いに来てくれてたのに、最近はさっぱり。あなた達聖女を怒らせてもいいわけぇ?」
「聖女様、とは言いましてもこれは正式に定められました祈祷の儀でありまして、途中での中断はできません」
神官の中でも年長らしき人が、ユイカを諌める。
「そんなこと、知ったこっちゃ無いわ。セイアレスを呼んできて、できないならもう部屋で休むわ」
そう言い放って立ち上がり祈祷の間を出て行こうとする。その様を10名ほどの神官は呆然と見つめて立ちすくむだけだった。
彼らには聖女様を止めるだけの権利も資格も無いからだ。互いに顔を見て、目で会話をする。
彼らの気持ちは皆同じだ。この聖女様には、ほとほと手を焼いている。
神官達が最初に期待した聖女像とは、あまりに違うゆいかの態度に、皆一様に表には出さないが苛立ちを感じていた。聖女特有の未知なる能力というものとやらの片鱗さえ見せないユイカに、聖女ではないのではないかという神官さえでてきた。
その上、生活態度は享楽的で神に仕えるものとしての、資質すら疑わしい。
「祈祷を中断させて申し訳ないですが、聖女様はいらっしゃいますか?緊急のお話があるのですが?」
そこにセイアレス大神官が、聖なる古代文字ルーインが書かれた重厚な扉を開けて、祈祷室に入ってきた。
ユイカの顔に満面の笑みが浮かぶ。
「セイアレス!!良かった来てくれたのね。私もちょうどあなたと話がしたいと思っていたの。私が召喚されたときに、持ってきた鞄を返してちょうだい。その中に入ってたお菓子が欲しいの。あれ向こうの世界で有名な店のチョコレートなのよ」
ユイカはセイアレスに腕を絡ませて、上目遣いに見上げながら甘い声で囁くようにいう。セイレアスは心の中ではそのゆいかの態度に苛立ちながらも、それを顔には一切出さず優しく落ち着いた声で、子供に言い聞かせるように答える。
「聖女様が異世界からお持ちしたものは、お渡しすることができない決まりなのです」
「だったら私、もうお祈りなんてしないわよ。魔力の勉強だって全然面白くもなんともないわ。それでもいいの?」
セイアレスがユイカの両手を、包み込むように握り締め、その目を見つめる。
「聖女様。分かりました。お菓子くらいなら私も善処しましょう。ただ一つお聞きしたいことがあるのですが、今夜の8刻には何をなさっておいででしたか?」
「うーんそうねぇ。私ちょうど晩御飯を食べ終わって、自室で神官とお話してたと思うわ」
セイアレスが確認を取るように神官達のほうを見ると、何名かの神官がばつが悪そうに無言のまま頷いた。神官とお話が聞いて呆れる。ユイカはお気に入りの神官を常に傍に侍らしているのだ。
しかしこれでセイアレスは確信した。今回のイワノフ町の奇跡は聖女の仕業ではない。
いつも冷静な彼の顔が、一瞬ゆがむ。
では一体誰なのだ。国王陛下の崩御が、間近に迫っているというのに・・・。
ユイカには聖女の力を発現してもらい、エルドレッド王子の妃として迎えて王子を国王にする。
なのにやっとの思いで聖女を召喚してみれば、その聖女は使い物にならない。なんてことだ、私は聖女の召喚に失敗したのだろうか。
セイアレスはユイカに軽くお辞儀をすると、祈祷室を後にした。
神官に命じて、ユイカの私物をいれた箱を持ってこさせる。蓋を開けて中に入っている鞄を探る。中にはハンカチに香水、化粧道具が入っている。
目当てのものを見つけ、鞄から取り出そうとした時、一枚の小さい紙が一緒に出てきた。それは名刺だった。
ユイカはデートの帰りに異世界に召喚された。その相手は彼氏といえるようなものではなく、友達からカモとして紹介された社会人の男性だった。その日は夕食をご馳走になって、有名店のチョコレートをお土産に貰ってから帰った。その男性に貰った名刺が鞄に入っていたのだ。
セイアレスは何の気なしにその紙片を拾い上げる。そこに書かれている文字はユイカの国の文字なのだろうか。
はて、どこかで見たような模様だ。
セイアレスはその模様にすぐに思い当たった。
私の記憶に間違いなければ、あそこにあったはずだ。そしてその物は聖女の力と関係がある。




