セシリア 令嬢と対決する
きらびやかな夜会。
2度ほどユーリス様とダンスを踊った後、疲れたので庭で休むことにした。
ユーリス様が、満面の笑みで私の腰に手を回したまま隣に座っている。
この手。アイシス様のお屋敷からずっとこのままなんですけど・・・。お手洗いに行くときももしかして、こうやってついてくるつもりなのかしら?と疑問に思う。
「ユーリス公爵様。私、少しお腹がすきました」
無作法だけど、このために今日来たようなもんだからね!譲れないから!!
「わかった。ちょっと行って取ってくるから、ここで待っててね。だけどその間、他の男と話をしてはいけないよ」
流れるようなしぐさで、私の手を取り、頬に口寄せながら耳元でささやく。
ユーリス様ってば、溺愛はデフォルトだったけど、こういった女の子扱いは今夜が初めてなので、お腹の辺りがむずがゆくなる。
ユーリス様が視界から消えたと同時に、私は令嬢達に囲まれた。
あ・・・これ。例のあれだ。私のユーリス様に近づくなんて何様なの!!っいって、上履き隠されたり、トイレで上から水かけられたりする、あれだ。
色とりどりの豪華な衣装に身を包んだ令嬢達は、皆いっせいに眉根を寄せて、嫌な目つきで桜を見つめる。
その中でも一番フリルのついたドレスを着ている、リーダーらしき令嬢が一番に、口を開いた。
「あなた、名を名乗りなさい。私がルノレール侯爵家のものと知っているのかしら?」
私は立ち上がって、優雅に一礼をして自分の名を名乗った。
「失礼いたしました。私は セシリア・デラ・ルベージュともうします。そちらはルノレール侯爵家のミデルバ様でいらっしゃいますね。お会いできて光栄です」
ミデルバ様は、礼儀に反して、自分の名を名乗りもせずにそのまま乱暴な口調で、扇を口元に当てながら言う。
「あなたユーリス公爵様と、どういったご関係なの?」
えーっとこういうときの対処は、アイリス様と事前に話し合っていたよね。
「私、ユーリス公爵様の恋人です」といって、無邪気な体を装って微笑む。
すると令嬢達から悲鳴があがる。これ意外と、楽しいかも。癖になりそう。
「あなた社交界では見たことがないけど、ルベージュ子爵の関係ですってね。あんな潰れかけの子爵家とユーリス公爵様とでは、全然つり合ってないの分かってらっしゃるの?」
その時ユーリス様がちょうどお皿に一杯のお菓子と飲み物を持って、戻ってこられたのが目に入る。私が囲まれているのに気がついて、一度その歩みを止めてまた歩き出そうとしたが、何かを考えたようで、またその場に佇む。
分かってる。これが私の今日のお役目だよね。
うーーこの台詞、結構恥ずかしいんだけどな。
「私、ユーリス様を愛しているのです。そしてユーリス様も同じです。私がもう少し大人になったら、結婚すると約束してクダサイマシタ・・・」
あまりの恥ずかしさに、目を伏せながら一気に言い切った。最後のほうはちょっと棒読みになったけど、勘弁して欲しい。
でもこれでこの令嬢達が、ユーリス様を諦めてくれれば、私が舞踏会のパートナーにされることもなくなるだろう。ここが正念場である。
なんとか勇気を振り絞って顔を上げると、なんともいえない恍惚とした表情をしたユーリス様が一番に目に入って、次に鬼のような顔をしたミデルバ様・・・。
それと、ミデルバ様の手のひら・・・え?手のひら?
もしかして、この泥棒猫ってな感じでぶたれるわけ?これって簡単に避けられそうだけど、避けていいのかな・・あーー迷ってるうちにもう時間切れ・・・・・。
思い切り目を瞑って、次の衝撃に備えたけど、一向にその衝撃は来ない。
ん?
顔を上げれば、目の前にユーリス様が立ちはだかって、ミデルバ様のその手を止めていた。左手には一杯に盛られたお菓子の皿と、飲み物のグラス。
すごい曲芸。片手でお皿とグラスを器用に持っている。
「ミデルバ様。私の愛しい方にこれ以上の狼藉は、許しませんよ。私の連れであるセシリアを侮辱することは、私を侮辱するのと同じです。ルノレール侯爵家に正式に抗議させていただきます」
ミデルバ様の顔が、さあっと一瞬で青ざめてまるで人形のように固まった。
口調はとても優しいのだが、その発言内容と、体から発せられるものすごい殺気が全然隠しきれてない。
このままじゃ令嬢達、泣いちゃうよ。ほら後ろのあの娘なんか涙目で震えてる。
「ユーリス様。もう結構です。私は全然気にしてませんから、それにユーリス様が私にはもったいないお方だということは、本当ですし・・・」
と助け舟をだす。するとユーリス様が私を振り返り、満面の笑みでおっしゃった。
「セシリア。君のほうが私にはもったいないくらいの素敵な人だ。私にとっての女性は一生君以外に考えられない。はやく君を私のものにしたくてたまらない」
ユーリスが公式の場に出てくるのは、きわめて珍しいが、それまでどうしてもはずせないパーティーの場に今まで数回出たことがある。
その度にまとわりつく令嬢に対して、冷たくてそっけない態度を取って、影で氷の騎士だといわれていたことは有名な話だ。
そのユーリスの態度が一転し、あまつさえ女性に甘い言葉をかけることなんて、誰も予測していなかった。
なので周囲にいる貴族や夫人達が、あっけにとられて呆然としているのも無理からぬことだろう。
その凍った空気を動かしたのは、クラウス騎士団総長だった。