7適正なしでも魔法が好き、そして初めての友達
「て、適性がないってどういうこと??」
「……はははは。そんなの、僕が知りたいよ」
エリーが驚くのも無理はない。普通は誰もが1つ以上の適正をもっている。
7歳の時に簡易適正検査キッドでどの属性にも適正の反応が出なかった時、両親はありとあらゆる方法で僕の適性を探した。そんなはずはない、何かの間違いだって……。
国立医薬病院で精密検査を受けたり、権威のある魔法学の専門家を訪ねたりしてみたが、結果は覆らなかった。
僕は相当なショックを受けた。手に入る限り全ての魔法学書を読み漁ってみたが、僕のような事例は皆無であり、どうしようもなかった。
「グレイの目って……紫色だね」
「そう、僕の目は紫色なんだ。どの属性にも当てはまらない」
魔法学における一般論として、魔法の属性適正は瞳の色に相関があると言われている。
例えば、赤色なら火属性、青色なら水属性、黄色なら雷属性、緑色なら風属性、茶色なら土属性、白色なら光属性、黒色なら闇属性、そして灰色なら無属性という具合だ。
「じゃあ、お父さんやお母さんの属性は何なの?」
「父上も母上も水属性だよ。普通、適正は両親のどちらかのものが遺伝するんだけど……」
「なぜかグレイの目は紫色で、水属性の適正が現れなかった……ということね」
「……うん」
僕は哀れだろうか?いいやそんなことはない。
なぜなら、適正なんてなくても、ある程度の魔法なら使えるようになると信じているからだ。現に初級魔法ならどの属性のものでも使える。
それに、引きこもりの僕には高位魔法なんて不必要だからね。父も母も僕に適正がないことに関係なく僕を愛してくれているし、日常生活で何の不自由もしていない。
「通信教育だから時間の束縛が少ない分、余った時間は魔法鍛錬に費やせる。それに、最悪魔法が上達しなくても、魔法関係以外の仕事はたくさんある」
「そうだね。諦めずに努力しているグレイは凄いと思う」
「引きこもりだけどね……」
エリーの賞賛に僕が苦笑交じりに返事すると、エリーの顔に笑みが浮かぶ。
エリーは引きこもりで学校にも行かない僕を全く軽蔑しない。
やはり王族というだけあって寛大な心を持っているのだろう。
「そういえば、どうして魔法が好きなの?適正がないなんて明らかに不利でしょ」
エリーの単刀直入な質問に、僕はあっけらかんとして答える。
「そんなの決まってるじゃん!魔法は動かなくてもできるからね。汗をかかないくて済むし面倒でもない!!」
「動機が不純すぎるような……。グレイらしいといえばグレイらしいね」
「ははははは、まるでずっと僕を見てきたみたいな言い方だね!僕たち今日出会ったばっかりだよ?」
「忘れてた!!……うふふふ」
室内に軽やかな二人の笑い声が響いた。
出会って初日にも関わらず、二人の間には既に旧知の仲のような雰囲気が漂っていた。
春の陽光は橙色へと姿を変え始め、いつのまにか賛美歌を囀っていた小鳥たちも姿を消してしまっていた。カラスの無愛想な鳴き声が、時が既に夕刻に差し掛かっていることを告げている。
「もうこんな時間か……」
「こんなに楽しかったのは久しぶりだわ!今日は脱走してきてよかった!!!」
「僕も楽しかったよ。だけど、脱走はよくない。国王様やお妃様も心配しているよ」
そう言い終わるか終わらないかぐらいに、ドタバタと品のない足音が聞こえ始めた。たぶん、いや、絶対にアリアだろうな。
「エリー様!お洋服が乾いたようです!!……二ヒヒヒヒヒ」
アリアが勢いよく部屋のドアを開けた。アリアは部屋に入ってくるなり、用件を告げると不気味ににやけ始める。
アリアの視界に映るのは、僕がベッドに横になり、エリーが縁に腰掛けているという構図だ。偶然にも西日が僕たちを包み、あらぬ雰囲気を醸し出してしまっている。
おっと、変な妄想を働かされてはたまったもんじゃない。僕はすぐさま弁明する。
「アリア、僕には初めて友達ができたみたいだよ。決してやましいことは何もないからね」
「あら、やましいことだなんて、私そんなことを言った覚えはありません」
「本当に何もないからっ!!!」
「女の子と二人っきりで、しかもベッドの上……。想像が膨らみますね」
アリアの嫌がらせに、エリーは橙色の西日に照らされていてもはっきりわかるくらいに紅潮している。
アリアめ……。まだ10歳だぞ!配慮が足りないっ!!!
人間性に難のあるアリアがまたやってくれたようだ。後でみっちり説教しておこう。
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エリーは僕のスウェットから着替えて、王城からのお迎えと一緒に帰って行った。お迎えはアリアが呼んでくれていたみたいだ。
アリアに加えて母とセドリ―も一緒にお見送りをした。
母は早めに買い物から帰ってきてしまっていた。事情はアリアが説明してくれていたみたいで、母は第二王女様の来訪に驚いていたそうだが案外すぐに状況を飲み込んでくれたらしい。
僕の心配はどうやら杞憂だったようだ。
エリーが「また来ます」と言った時に母が露骨に頬を綻ばせていたが、引きこもりの一人息子に友達ができたことが余程嬉しかったのだろう。
父も交えた晩ご飯ではきっとその話題で持ちきりだろうなぁ。
エリーという友達ができたことは嬉しいが、晩ご飯のことを考え始めると、少し憂鬱になるグレイであった。