4来訪者は王族
「王城から脱走してきたってこと?」
「そう!」
全く悪びれる様子のない第二王女様。アリアは既に目を回している。
「……クチュン」
「そ、そうだ、風邪をひくといけない。まずはお風呂で温まると良いよ。話はそれからね」
第二王女様をびしょ濡れにした上に風邪をひかせたとなれば大事だ。公爵家であっても何かしらの処罰を受けるかもしれないし、場合によっては今後の行く末に支障をきたすかもしれない。
「アリア、しっかりして!」
「は、はいいいいいい!!!!」
急いでアリアに正気を取り戻させる。事態は一刻を争うのだ。
「第二王女様の服はきっととても高価だ。丁寧に扱ってね。洗濯が終わったら乾燥機にかけておいて。服が乾くまでの間は僕の服を使って貰う。下着は新品のものを用意して!」
「わ、わかりました!!」
僕とアリアは第二王女様を連れて早足で家に向かった。
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「さて、僕は家を掃除しようかな」
幸い、今日は休日であるが、母は買い物、父は学校で補講を行っているから家にはいない。王族の来訪なんて初めてだし、今は場合が場合だ。両親に知られるわけにはいかない。
第二王女様を迎えるとなると塵一つさえ妥協できない。お風呂が終わる前に全速力で掃除する。
「掃除の面倒くささを解消するために編み出した魔法がまさかこんなところで役立つとはね。『静かなる雷電(静電気)』」
生憎、僕は雷属性魔法にも適正がない。しかし、地道な鍛錬と不屈の精神で開発したした雷属性魔法がこれだ。
大規模な静電気帯を作り出し、家中の埃を絡め取っていく。そして第二王女様のお風呂が終わる頃には、占い師の水晶玉位の埃の球体ができあがっていた。
「ふぅ、こんなもんか」
埃の球体をゴミ箱に捨て、袖で汗を拭いながら一息つく。引きこもりといえど体力は必要なのだ。
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第二王女様の服の用意と洗濯を終えたアリアが客間に紅茶を用意してくれたみたいだ。
ソファに腰掛けゆっくりと紅茶を口元に運ぶ。
おっと、まだ飲まないよ。まずは見て楽しむ。そして香り。最後にやっとコップを傾け喉に流し込むのだ。
「やっぱり美味しい。アリア、お疲れ様。いつもありがとう」
「いえいえ、グレイ様がとても美味しそうに召し上がってくれるので毎回用意する甲斐があります」
緩やかに流れる時間。ほのぼのとした雰囲気。
バックミュージックとして流れる荘厳なクラシックがこの場を更に引き立てる。
演奏者はアリア。アリアはピアノが非常に得意で、召使いとしての仕事以外にも何かと達者にこなしてしまう。人間性には多少難があるかもしれないけど。
こうやって紅茶を飲む時間がとても愛おしい。いつまでもこの時間が続けばいいのに。
僕が紅茶を飲み始めてから少し時間を置いて、視界の隅で第二王女様がひょっこりとドアから顔を覗かせた。
――ぶふぉ!!!そうだった忘れてた。第二王女様が来てるんだった。
「第二王女様、お風呂からお上がりになったのですね。アリアが温かい紅茶を用意してくださいました。どうぞ部屋の中にお入りになってください」
「エリーって呼んで」
僕の催促は完全にスルーして、エリーはドアから顔だけ覗かせたままそう言った。
いやいやいや、ダメでしょ。王族に無礼を働くわけにはいかない。
「そうはいきませんよ。あなたと僕とでは立場が違います」
「じゃあ、このままここにいて風邪ひく」
「わかりました。エリー様。さぁさぁ、冷えないうちにお入りになって」
風邪をひかれたら困るんだよ!こっちの身にもなってくれ!!
「グレイは敬語禁止なの。それとエリーって呼んで!」
「えぇ……」
「ちょっと寒くなってきたな……」
「降参だよエリー。おいでよ」
「よろしい」
第二王女様改めエリーはどこか誇らしげに部屋に入ってきた。
僕を言い負かして完全にご満悦だ。
エリーは僕の藍色のスウェットを上下に着用していた。僕が愛用する服の一つだ。
貴族用の高価な服も持ってはいるが、男物を着せるわけにはいかないので貸すことが出来なかった。その点、スウェットは機能性に加えて男女双方が着用できる非常に優れた代物なのだ。身長は僕と同じくらいだから、服のサイズはぴったりだった。
因みに、僕は上下灰色のスウェットだ。引きこもり生活も長いので、しっかり体に馴染んでいる。
エリーは僕の隣に腰掛けると、僕と同様にアリアの淹れた紅茶を飲み始めた。
エリーの登場に恐縮して演奏を中止していたアリアは、気を取り直して再びピアノを弾き始める。
「この紅茶、凄く美味しい」
「でしょ!アリアが淹れたんだよ」
「アリア凄いね。魔法も上手だし、こんなにいい召使いさんがいるなんてグレイが羨ましい」
「きょ、恐縮でございます!先程は本当に申し訳ありませんでした!!」
アリアへの嫌みに聞こえなくもないが、エリーの眼差しは完全にアリアへの尊敬に染まっていたので、純粋な気持ちなのだろう。
アリアが恐る恐るエリーの表情をチラ見していたが、アリアもエリーの心情を察したようで安心して盤上に目を戻した。
「綺麗なおうちだね。どこもかしこもピカピカ」
「こまめに掃除しているからね。掃除は僕の得意技なんだ」
僕の掃除を家中の人以外に褒められたことはなかったから、社交辞令であったとしてもエリーに褒められるのはとても嬉しい。将来は掃除を生業にして生きていけるかもしれない。
エリーに悟られないように注意しつつにやけていると、エリーが唐突にそれを遮る。
「グレイの部屋に行こうよ。見てみたい」
「えっ?!」
悦に浸るのも束の間、僕は絶句した。
自室は僕以外に絶対不可侵の聖域だぞ!アリアは紅茶を淹れて貰ったり、おやつを持ってきて貰ったりする為に特別に許しているけど、他は両親でさえ入らないように言ってあるのに!!
ま、守り抜かねば。
「そ、それはまた今度にしない?今日はここで過ごそうよ」
「行くの!」
「それはご勘弁……」
「私、王族」
「……はい、わかりました」
チクショウ……。王族の権利をフルに活用してきやがる!決して論破されたわけじゃないぞ。こんなの力技じゃないか!!
断りたいけど断れない。僕は渋々了承した。
こうして、僕は初めて自室にアリア以外の人間を入れることになったのだった。