3びしょ濡れ少女の正体
「……うう。びしょ濡れになっちゃった」
「大丈夫?怪我は無い??」
「申し訳ありません!!まさかグレイ様以外に人がいるとは思いもせず……」
「ちょっとアリア!こんなところで中級魔法を放つなんて危ないじゃないか!!」
『水の滝』は水属性の中級魔法だ。僕は魔法障壁で防げたが、この少女はそうじゃない。幸い、木の下にいたことで直撃は免れたようだ。怪我はなく、無事みたいだ。
「面目ないです」
「とにかく、大事にならなくてよかった。アリア、急いでタオルを持ってきて」
「は、はい!」
アリアは一目散に邸宅に戻る。
僕は腰をかがめてできるだけ優しく微笑む。急に中級魔法に襲われたんだ。怖がっているかも知れない。
「うちの召使いがごめんね。君、立てるかい?」
僕が手を差し伸べると、少女はゆっくりと僕の手をつかんで立ちあがった。
まじまじと少女を見てみると、か、可愛い……。同年代の女の子を見たのは初めてで免疫がないのは確かだが、明らかに整った顔立ちをした少女に暫し見とれる。
ブロンドのナチュラルなショートボブ。どこか知的さを感じるモスグリーンの双眸。優雅なダブルスカートで肩の開いた純白のガウン、落ち着いたワインレッド色の金のトリムの付いたベスト、そしてウェストの細さを際立たせる革ベルト。
あちこち泥まみれであるのだが、それを意に介さないあどけなさと貴族的な風格の折衷感がにじみ出ている。将来とてつもない美人になるに違いない。
「……エリー」
「え?」
唐突な美少女の発言に咄嗟に反応できなかったのもあるが、同年代の女子への免疫力不足がコミュニケーション能力の拙さを助長する。そのせいで彼女の意図を酌み取るのに少々時間がかかってしまう。
「……えーっと、君の名前?」
「……そう」
どうやら美少女の名前はエリーというらしい。
エリーは少し震えていた。アリアの中級魔法に突然襲われて怖がっているのもあるだろうが、今は春といってもまだ冬が過ぎ去ったばかりで少し気温が低い。寒いのだろう。
アリアの治癒魔法で高まった免疫力が未だ持続していることを信じて意を決する。まぁ、女子への免疫力とは別物だろうけど……。
「び、びしょ濡れで寒いよね!僕は火属性魔法の適性がないから大きな火の球は出せないしその形状を安定させるのも苦手なんだけど、少し暖まる位のものならできると思う。やってみるよ」
僕はそう言って慎重に魔力を練る。父やセドリーに教わりつつ地道に練習してきた成果が出せればいいけど……。初対面で美少女のエリーに見つめられてるし緊張するな。
「出でよ『火球』」
「あ、凄い!」
直径30センチ程の火の球が現れた。そのまま形状維持に神経を集中させる。
エリーは感心しているようなので少し誇らしい。
「アリアが戻るまでこれで暖まっているといいよ」
「ありがとう!!」
エリーは嬉しそうに僕が作り出した火の球に手を伸ばした。とびきりの笑顔に少し動揺する。
間違ってもエリーの方に火の球を飛ばしてしまはないように細心の注意を払いながら、僕は気になっていたことをエリーに尋ねる。
「そういえば、エリーはなんで木の下から出てきたの?」
「えっと、あの、その……。ごめんなさい」
勝手に敷地に入っていることに対して僕が怒っていると思ったのか、エリーは申し訳なさそうに俯いた。
笑顔から一転して表情は忽ち暗くなる。
「いや、別に責めているわけじゃないんだ!その、単に気になっただけだから」
僕がそう言うとエリーの表情はパッと明るくなった。
エリーは表情が豊かで面白いな。それに、同年代の女の子と話すのは初めてだから新鮮で楽しい。
「脱走してきたの!!」
「……え?!」
エリーが元気を取り戻したことに安心したのも束の間、突然の爆弾発言に僕は固まってしまう。
「脱走って……。それはどこから?」
「えっとねー。それは……」
「キャー!!」
エリーが僕の疑問に答える前に、大きめのタオルを持って戻ってきたアリアの悲鳴が二人の会話を遮る。
僕がアリアの方に振り向くと、アリアはわなわなと震えながらエリーを指さしてこう言った。
「エ、エリザベート第二王女様……」
「だ、第二王女?!」
エリーは王族だった。