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足を踏み入れた場所は洞窟だった。奥に続く道があり、光る苔が道を照らしていた。
「背後は……あるな」
後ろを振り返るとそこには黒い穴が空いている。ここから帰れるようだ。
「この辺は学校の迷宮と同じだな」
学校にも迷宮があるが、そこは魔物との戦闘経験を積むための訓練所と、探索技能を高める迷路とに別れている。しかしここは両方をやらなければならないわけだが……。
「よく考えるとこれって卒業試験の内容じゃね?」
3年の末にある迷宮試験。最下層5階にいるボスを倒して卒業証書を手に入れる。それで晴れて卒業となるのだ。もちろんボスを倒せなかったりそこまで辿り着けなかった者は留年である。
「まあ、研修生自体ほぼ卒業確定だからな。それよりも……」
僕はスマホを取りだし、画面上にあるアプリを起動する。
『迷宮探索用アプリ、《探検しちゃうよ♥》を起動』
何時聞いてもふざけてるとしか思えない。
何でもこれを創った人は恋人に振られたショックで自作アプリを生涯の恋人と決め、それを情熱の溢れるまま創ったらしい。
『……おはよう。ダーリン』
甘ったるい声で話しかけてくるスマホ画面いっぱいの美女。
「……装備を出してくれ」
その声を無視するようにスマホに話しかけると、美女がポロポロと大粒の涙を流し始めた。
『私のこと……嫌いになったの?』
両手で顔を覆い、シクシクと泣き始めた。正直ウザい。
「そんなことはないよ。それよりそーー」
『本当?』
画面の中から臼青色の目がこっちを見ている。それに笑顔を見せて、
「本当だよ」
『そう? なら、何時も通り、この世界で一番可愛いラランちゃんて言って』
何時も言わねえだろ! そう言いたいのを我慢して、
「コノセカイデ、イチバンカワイイ、ラランチャン。装備を出してください」
『はーい。ダーリン♥』
僕の見えない精神ゲージが削られていく……。他の人の話ではここまでの事はないって話なのだが……。
「やっぱり名前つけたのが間違いか……」
『なんか言った?』
「いや、何でもない」
このスマホは学校からの支給品で、アプリもその時に入っていた。そこで起動したこいつに名前を付けたのがいけなかった。他の人のアプリでは使用者の言葉に反応して答えるだけだが、
『え~? 本当は何言いたいの? 愛してるって? きゃっ!』
画面の中で頬を赤らめるラランを見ると完全に普通のアプリとは斜め上にいっている。交換はできないので諦めた。
「ララン、装備を頼む」
『はーい』
すると空間からつなぎの上に重なるようにして装備が現れる。防塵防弾のジャケット。肘まである手の甲と腕の外側に合金を付けた手袋。腰には武器がはまったベルト。膝まである安全ブーツ。全部迷宮使用だ。
これは迷宮内の魔素を固めているとも、スマホ内にあるといわれる賢者の石が迷宮内で取れた素材を加工して作ったものを転送しているとも言われている。
「……ララン、ちょっといいか?」
『なーに?』
「この背中に書かれているの何だ?」
僕の背中には《アイ♥ララン》と入っていた。
「できれば消してほしいんだが……」
『え? 私のことキライになったの?』
「嫌いとかじゃなくて……」
『ヒドイ、ヒドイよ。ここまでダーリンの事思っているのに……ダーリンの為に刺繍したのに……』
刺繍じゃないよな。それより消してくれないかな? ……消してくれそうにないね。どうにかしないと……。
「ララン、背中じゃなくて胸の内側に刺繍入れてくれないかな? その方が……君の事が近くに感じられる」
『はい! 直ぐします!』
これで恥ずかしい思いをせずにすむな。
しかし僕はこの時気がつかなかった。背中の文字が《ララン命》に変わっているのを。後日、土下座して消して貰うことになる。
ーー外部から見ていた人の会話。
「タラシだな」
「機械を口説くなんて……」
視線が冷たくなっていた。