57
読んで下さる方に感謝!
迷宮を駆け抜けて戻り、悪魔の説明をしている間に小太りの青年が少し錯乱したが些細なことだろう。そして、いつの間にか三四郎が普段の性格に戻っていた。……なんか非常に残念だ。
「後は上の方に任せたまえ」
学生には何の権限も無いのでどうでもいいと思ってそのまま帰ることになった。
後日、守建の部隊が呼ばれて内部をしらみ潰しに探したがドワーフ擬きの悪魔処か迷宮入り口も見つけ出せなかった。その時の内部調査の明細で定期的な巡回路や作業の効率化が図られて鉱石の産出量が増えたのは別の話だ。
「それで何で僕はここにいるのかな? 社長」
僕は今、リムジンに社長と月影さんと共に乗っている。座席がふかふかで落ち着かない。そんな訳でちびっこ社長に質問してみた。
「今日は系列会社の会合があるのだ。小市民であるチミに上流階級の世界を見せてやろうと思ってな」
「そんなのいいんで、帰して貰っていいですか?」
「……どうぞ」
走行中のドアを開けるな!
「今日は西崎が私用で休んでいるんで、代わりの護衛だ」
「あれ? 金の回収じゃなかったのか」
「今朝早くからでかけました」
どこへ行ったか知らないがこんな日に行かなくていいのに……。
「西崎も『なんちゃって護衛に静樹を連れてけば?』と言ってたからな」
護衛なんてやったことないから反論はできないと思いながら車に揺られてお嬢様の相手をした。
リムジンから下りて圧倒するような広さと豪華さを誇る玄関を案内人に導かれて会議室と書かれた一室の前に立つ。
「お前はここまでだ。終わるまで休憩室で待っていろ」
「休憩室?」
「私がご案内いたします」
ここまで案内してくれた人に着いてこの場を離れる。上がってきたエレベーターの近くの一室へ案内される。そのドアの前で中から感じられる野生の猛獣に似た気配に絡め取られて動けなくなった。
「失礼します」
何でもないように案内してくれた人がドアを開ける。中には10人程の男女がいた。その中に建守神社で会った人もいる。彼等は端っこの方に固まっていた。
「おい、部屋を間違えてねえか? ここは子供与り所じゃないぜ」
机に赤のパンツルックにヒールの足を乗せた姿勢でそう言ったのは赤毛のゾバージュの女だった。そうして片手に持ったウイスキーのボトルをらっぱ飲みしている。
「ぷはー」
その赤い唇から酒臭い息が漏れる。その臭いに僕は顔をしかめた。
「いえ、彼は西崎さんの代わりに来た護衛です」
「ほう……」
女の目が良く言えばいたずらっぽく、悪く言えばいたぶりがいのあるオモチャを見つけた虎のような剣呑な目で僕を見た。そして立ち上がり近づいてきた。
(デカっ!)
思わず心の中で叫んだ。手足が長く均衡の取れた体の胸の部分が眼前にあった。その上から見下ろす恐ろしい目が無ければ眼福だっただろう。
「がぃ!?」
上から押し潰されるような力で押されたと思ったら頭を握り潰されるような痛みと共に体が浮き上がっていく。
「ふーん、西崎とこのねー……」
痛みに耐えて持ち上げる腕にしがみついていると眼前に虎の目をした美しい顔があった。その唇をチロリと出た舌が舐めた。
この時に脳裏によぎったのは捕食される側の恐怖だった。
「フフフフフフ……」
「おーい、会合が終わったから帰る……」
タイミングよくドアを開けて顔を出した社長が天使に見えた。
「それじゃ」
「閉めて帰るな!」
無理矢理、女の腕から逃げ出してちびっこ社長の側に駆け寄る。
「寄るな! 下郎!」
「ええ~~!」
月影さんがちびっこ社長の前に立ち、行く手を塞いだ。それはないんじゃないの?
「虎斗乃おばーー」
「お姉さん!」
「ーーお姉ちゃん」
お子さんに殺気は向けてはいけないと思います。ちびっこ社長、震えてるけど……チビってないよな?
「天八さん、また飲んでるんですか?」
震えながらしがみつくちびっこ社長の頭を撫でながら呆れた顔で天八と呼ばれた大女を見る。
「飲まないと調子がでないのは知ってんだろ? 月影。……で、西崎は?」
「今朝、『こんな所、やってられっかーー!』と言って退職届叩きつけて出ていったぞ」
おい、ちびっこ! 嘘つくんじゃねえよ!
「お前ら! 緊急事態だ! 西崎を探せ!」
「「はっ!」」
休憩室にいた半数が一斉に立ち上がり、それぞれ行動を移す。
「今朝からの都市から出る電車の搭乗口のカメラのチェック開始」
「各主要道路のスピードカメラの映像を入手。確認急ぎます」
「スマホのGPS情報を携帯電話会社から引き出せ! 早く!」
おい! ちびっこ社長の嘘から大騒ぎになってんじゃねえか!
「社長、どうすんだよこれ……」
そこには一枚の紙切れだけが残っていた。『フハハハハ、また会おう明智くん!』いや、誰だよ明智くんて!!
そんな騒動の後、超高級ステーキを目の前に俺は困っている。
「何で西崎は来ねえんだよ~。キライなの? 大女がいけないの?」
酔って管を巻く天八虎斗乃の愚痴に半強制的に付き合わされているからだ。それも一緒に来ていた部下らしき人達がいつの間にか居なくなっていた。『また会おう明智くん!』と書いてある紙を残して……明智くんって流行ってんの!?
そうして酔った勢いか、天八さんが頼んだTボーンステーキをガリガリと噛み砕いた。奥歯で噛み砕く音が鳴り響き、ボーイさんも目を丸くして固まっている。
「うん、今日はちっと柔かったな」
文字通り『骨も残さず』食べたからの皿を見て言葉を発する事が出来ない。横に積み上がっている皿を見れば食った量にも驚くからな! 大柄だがそのモデル並の体のどこに入ってんだろうか……。そしてどこから出したのか爪楊枝をくわえておっさん化してる天八さんが席を立った。
「送っていく。家は?」
呼び止めたタクシーに乗り込み、ちびっこ社長の会社を告げる。そしてタクシーは走り出した。
「それで探索者学校行ってんだって? 懐かしいな西崎を見つけたのもその頃だったよな」
「そうなんですか?」
「あの厳つい顔だろ? 腕自慢の不良どもの的になってさ、逃げ回ってたな」
西崎さんって結構強いよね? 昔は違ったのかな?
「私の前で追いかけっこしていたから気合い入れてやって、ついでに西崎にも気合い入れてやったな」
天八さんはガチの体育会系で気合いと根性と拳でコミニケーションをとるタイプだった。それで西崎さんは鍛えられたのか……。
「それでよ、西崎が……おい、どうした?」
気がつくとタクシーが止まっていた。運転手は色々弄くっているが動かないようで焦っている。
「あー、こんな時に引っかかったのか。悪いな巻き込んじまって」
「え?」
気がつくとタクシーのライトに照らされて数人の男達がこっちを見て立ったいた。