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高倉奈帆は、先週末交通事故で亡くなっていた。
図書館からの帰り道、自転車で横断歩道を渡る際、横からきた信号無視の車にはねられ、病院に運ばれたものの、そのまま息を引き取った。
僕はどうしてもそのことが信じられなくて、認めたくなかった。
そしてそんな気持ちを引きずったまま、彼女と再び会えるわけもないのに、約束した日に図書館に出かけた。
しかし、信じられないことに、そこには彼女が待っていたのだ。
あの日、ウエムラシュウヘイの本が入った手提げバッグが道端に落ちていたのを拾った僕は、彼女の代わりに本を読み、返しにいこうと思った。
読みたいと言っていた本を読まずに死んでしまった彼女の心残りを、せめて僕が叶えようと思ったのだ。
それがもしかしたら、彼女に通じたのかもしれない。
僕は本を返すために、再び図書館を訪れていた。
先日会った彼女のことを思いだし、胸がぎゅっと締め付けられた。
あれは幽霊だったのか、それとも僕が生み出した幻影だったのか。
でも、確かにここに立っていたきみは本物だったのだと思う。
僕は返す本のタイトルを見返し、不思議な思いにかられていた。
『キセキの時間』
明日のきみはもういないのだと、あの夕陽のなかで感じていた。
だけど、僕がきみに恋をした事実は変わることはない。
――大好きでした。
夕陽のなかで託した想いは、きっときみに届いたに違いない。きみが言った最期の言葉はそういう意味だったと僕は思う。
――ありがとう、さよなら。
空を見上げると、秋風にたなびく雲が長い尾をひいていた。
それを見ながら、僕はこうつぶやいていた。
「ありがとう。……さよなら」
〈終〉