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カランカラン、と鐘の音が店内に鳴り響いた。店のなかに入ると、すぐにコーヒーのいい香りが僕の鼻孔をくすぐった。
木材を基調とした店内は、木の温もりに満ちたナチュラルな空間となっており、懐かしさとモダンさが同居したような、それでいて落ち着く雰囲気の店だった。店内にはそこそこ客が入っており、この辺りの地元客に愛されていることがうかがえる。
禁煙席のテーブルに案内された僕たちは、さっそくメニューを広げ、注文の品を考え始めた。
「えっと、なににしようかな? 坂下くんは決めた?」
「僕は普通にコーヒーにしようかなと」
「ホット? アイス?」
「アイスで。高倉さんは?」
「んーとね。んーとね。悩むけど、ロイヤルミルクティー!」
「ロイヤルミルクティー」
「飲んだことない? おいしいよ」
実は小心者の僕は、ロイヤルという文字に気後れしてしまい、いまだかつてそれを飲んだことがなかった。自分のような卑小な人間がロイヤルミルクティーなんて高貴な飲み物を飲んでいることが知り合いに見られたらと思うだけで、恐ろしくて死にたくなる。
「ホット?」
「うん。女の子は体を冷やさないほうがいいんだよ。それに、こういう喫茶店で出てくるカップとかって可愛いじゃない? だから」
「そうなんだ?」
カップのデザインなど今まで考えたこともなかった僕は、その考えに驚いた。やはり男の僕とは目の付け所が違う。
そして、本当に自分は今女の子と一緒に過ごしているのだということを実感した。
とりあえず呼び出しボタンを押して、店員さんに注文の品を伝えた。
「お待たせしました。アイスコーヒーと、ホットのロイヤルミルクティーになります」
とウエイトレスがテーブルに注文の飲み物を置いていく。それから半分に切ったトーストと、サラダ、ゆで卵が乗った皿を一皿置いていった。
「え? これ頼んでませんけど?」
僕が驚いて言うと、
「モーニングタイムのサービスになります」
笑顔でそう言ってウエイトレスは去っていった。
「ここ、モーニング午前11時までやってるんだ。すごいね」
彼女がメニューに書いてあるモーニングタイムを見ていた。僕も見てみると、確かにモーニングは11時までやっているらしい。
「午前11時って、もうほぼランチ時じゃないか。すごいな。この店のサービス精神」
「この辺じゃ普通なんじゃない? 知ってる? モーニングってこの辺の喫茶店しかやってないんだって。東京とかでコーヒー頼んでも本当にコーヒーしか来ないって知って、私衝撃受けたもんね」
「そ、そうなんだ」
「コーヒー一杯で朝食まで食べられちゃうってすごくない?」
「うん。それはすごいと思う。この喫茶店がはやってるのも、そういう経営者の努力が実ってるからなんだろうね」
「そうそう。ありがたいよね。ホント」
とそこで、はたと僕はあることに気づいた。
「あれ? でもモーニング、一皿しか来てないよね。ウエイトレスさん忘れちゃったのかな?」
僕がまたボタンを押そうとするのを、彼女は慌てて止めた。
「あ、いいのいいの。ちょうど私ダイエット中だから。だからこれは坂下くんが食べてね」
「そう。じゃあ遠慮なくいただくね」
僕は少しだけ奇妙に思いながらも、モーニングの皿に手を伸ばした。