襲撃者たち
「それってどういう……」
ラビの言葉の真意を俺が確かめようとしたその時だった。
突然部屋が蹴破られ、三人の男たちが乱入してくる。乱暴な足音がけたたましく響き渡る。
三十歳を過ぎているだろう、取り立てて特徴のない平凡な男たちだったが、俺はそいつらに見覚えがあった。ソウエンで寧々と話していた、近頃店を出入りしている男たちである。
そう認識するや否や、俺は突き飛ばされていた。部屋の壁に背中を強か打ち付け、呻き声が漏れる。
三人の男たちは真直ぐにラビの元へ向かった。
「え、え、なになに誰誰ちょっと、ええええ」
微妙に緊張感を欠いた声を上げて騒ぎ立てるラビを取り囲むと、襲撃者の一人が口早に言う。
「椅子から剥がして連れて帰るぞ」
二人がラビの両腕を抱えて動きを封じ、残る一人がナイフを取り出した。ラビの身体を戒めるロープを切る。俺はその光景を視界に映しながらも、背中を打った衝撃に未だ激しく咳き込み、動くことができない。
ラビは腕を押さえられてはいたが、手をばたばたと動かして暴れ、襲撃者の一人の胸元を叩いた。するとその拍子に男のシャツの胸ポケットから小さな何かが飛び出す。
床に落ちたそれは俺の足元に転がってくる。銀色のピンバッジだった。蛇の紋章が刻まれている。コクハツの研究施設の門に設えられたレリーフと同じもの──それはコクハツのシンボルだった。
襲撃者はラビを椅子から立ち上がらせると、両腕を背中の位置で固定する。新たな別のロープを取り出して、慣れた手つきでラビの手首に巻きつけ始めた。邪魔になった椅子が蹴り飛ばされ、俺の方へと飛んでくる。
俺はようやく動けるようになった身体でそれを寸前のところで受け止めて、
「おい! ロープ、消せよ!」
なんとかそれだけ叫んだ。
「わ、わかった!」
ラビは慌てて祈るように目を閉じる。だが、一向にロープが消失する気配はない。
「消えて消えて! お願い!」
しかしラビの願いも虚しく、今にも彼女は縛り上げられようとしていた。
「できないよ、力が安定しない!」
安定しない? さっきまであんなに簡単にソーセージやらビニール包装やら消してたくせにこんな時に限って──!
「……ああもう!」
俺は飛んできた椅子を振りかぶって、襲撃者たちの方へ突っ込んだ。
「ラビ、しゃがめ!」
しかし襲撃者の一人が椅子を受け止める。しゃがんだラビの頭上で攻防戦が繰り広げられるが、別の襲撃者によって俺は腹を殴りつけられ、蹴り飛ばされた。
その弾みで俺は背後にあった冷蔵庫に首から上を打ち付ける。強烈な痛みに視界が歪んだ。口の中に血の味が広がる。衝撃の余韻に眩暈し、立ち上がることができない。
三対一というのはさすがに分が悪すぎる。そもそも俺は暴力沙汰には慣れていない。学校に通っていた頃はそれなりに喧嘩もしたが、そんなのは今にして思えば子どもの遊びのようなものだ。
光明路のそこかしこで夜な夜な繰り広げられるやくざ者の縄張り争いにだって、いつも路地裏のこのバーに隠れて知らぬ振りをしてやり過ごしてきたのだ。
ラビは手首を掴み上げられ、今度こそ後ろ手にロープを縛られる。襲撃者の一人が俺の前に立った。さっきピンバッジを落とした男だった。頭部だけを冷蔵庫の側面に支えられた状態で横たわる俺を見下ろしている。
「大人しくしていればいいものを」
苛立たしげに言って、男はズボンのポケットに手を入れる。取り出したのはちょうど手のひらに収まるサイズの、直方体の白いハコのようなものだった。
「首を突っ込んだのが運の尽きだったな」
するとハコは白い光に包まれ、その輪郭が変化する。時間にしてわずか二、三秒だろう、放たれた光が集束すると、襲撃者の手には拳銃が握られていた。重厚感のあるフォルムが黒光りしている。
──何が起こってるんだ? にわかには信じがたい光景だった。そして今、自分が置かれた状況が何を意味するのかも咄嗟に理解できない。
ハコが拳銃へと形を変えたのだ。そしてその銃口は俺の額を射ている。
男は何の躊躇いもなく引き金を引いた。しゅっという空を切るような微かな音とともに弾丸が撃ち放たれていた。
俺は引き金が引かれた瞬間に、反射的に身を竦めていた。矢継ぎ早に起こる想定外の事態に俺の頭はパンク寸前だったが、それでも本能的に危機を察知していたのだ。
弾丸は俺の頭上を掠める弾丸。空を切り裂いたそれは光の塊だった。
刹那、俺は首から上の支えを失くしてバランスを崩す。頭がそのまま後方へと倒れ、そして視界に入ったのは背後に位置していた冷蔵庫。それが淡い白光を放って霧散した。被弾して跡形もなく消失したのだ。