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ラビのいう名の全裸女

 ──僕の恋人を監視して欲しいんだ。


 って何の冗談だ。


 監視って、他人の恋人の? しかも頭のネジがぶっとんだこの女の? 素っ裸で緊縛されてるこいつの?


 恐る恐る視線だけ彼方からその傍らにスライドさせると、女は相変わらずの人懐こい笑顔で俺を見つめている。


「いやいやいや……待て待て待て」


 胸中の言葉が思わず口をついて出た。こんなのは有り得ない。人道的に問題があるのは明らかだし、それに自分の女を他の男に監視させるなんて正気の沙汰じゃない。


 例えばもし俺がこの女に手を出したりなんかしたらどうするつもりなのだろう。だから俺が実際それを口実として、彼方にこの監視を考え直すように提案したとして、それはこの上なく理に適っているはずだった。


「ていうか俺が手出したらどうす──」

「なに言ってるの」


 ところが彼方は俺の訴えを容赦なく遮ると、思いがけないカウンター攻撃を繰り出してくるのである。


「結己くんできないんでしょう? 無理なんでしょう? 僕、知ってるよ。お店の女の子に聞いたことがあるんだ」


 俺は一発KO、真正面から打撃を食らってもはや蚊の鳴くような声さえ出せなかった。


 彼方が平然と指摘してきたのは俺の性的不能である。これは非の打ち所のない事実であり、俺は羞恥のあまり言葉を失う。過食癖に加え性的不能までも彼方はお見通しだったというわけである。


 私室にこもりきりの彼方だが、そういえば一年ほど前のある時期に、どういう風の吹き回しか店を出入りするのが続いたことを思い出す。一週間にも満たないわずかな期間でまたすぐに元のひきこもりに戻ってしまったのだが。あの頃、店の女から聞いたのだろうか。


「僕は三日間ここを留守にするから、その間に彼女が逃げないよう見張っていて」


 彼方は部屋の隅に置かれた鞄を取りに行きながら続ける。ごく当たり前の事実を告げるかのような口振りだった。


 それからまたこちらに戻ってくると俺の肩にぽんと手を置いて、そして告げる。


「結己くんだからお願いしたんだ」


 相変わらず焦点の定まりきらない目をして、それでも俺に視線を寄越してくる。


 俺だからお願いしたというのは、これまでの話の流れからすれば、性的不能の俺では手の出しようがないからという意味なのだろうが──俺は彼方の目の中にそれ以上の何かを見る。


 とはいえそれが何なのかはわからないし、ただの自意識過剰だと言われれば否定できないのだが。俺は彼方と接する時、決まって居心地の悪さを覚えるが、彼方の目の中に見る何かがその大きな要因であるのは確かだった。


「それじゃあね。僕はこれから神様の計画を台無しにしに行ってきます」


 彼方は最後にそんなわけのわからないことを口走ると、そのまま部屋を出て行ってしまった。


 呼び止めることができなかった。性的不能を指摘されてからというもの、完全に彼方のペースだったのである。


 俺は思わず盛大なため息を吐いて、その途端に、


「結己くーーーーーーーーーーーーん」


 俺の鼓膜を右から左へと突き抜けたのはなんとも能天気な女の声だった。


「ねえねえあなた、結己くんっていうんでしょ」


 戸惑うばかりの俺とは対照的に、彼女は全く動じていないようである。これから見知らぬ男に監視されるというのに。


 俺の意気消沈っぷりを彼女ははじめこそ不思議そうに見つめて黒目がちな双眸をぱちくりさせていたのだが、またすぐ絵に描いたようなきらめくばかりの笑顔を浮かべる。


「はじめまして、私はラビっていうの。三日間よろしくね」


 彼女、ラビはぺこりと頭を垂れて挨拶した。


(……どうしてこうなった)


 俺は六歳まで母親の顔色を窺いながらその慰め役を演じてきたし、さっきまでは娼婦たちの世話役を担ってきた。そして今、新たに背負わされた役割はこの全裸の女の監視役というわけだ。どっと疲労感が押し寄せた。


 こうして俺は三日間、ラビと過ごすことになる。彼方が戻るのは明後日、つまりそれは期日当日なのだった。

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