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ドキメキの靴箱  作者: 秋沢文穂
トキメキVer.
4/4

後編

 そんなある日。私の名誉を挽回する千載一遇のチャンスが訪れた。学校からの帰り道、香苗から明日は食堂が緊急メンテナンスのため使えないことを聞いた。クラス担任はホームルームでまったく言わなかった。同じクラスの女子数人にLINEで連絡をしておいたが、肝心の東海林君の連絡先は知らない。いつもつるんでいる遠藤君を通そうかとも思ったが、それだと好きなのがばれてしまう。

 食堂で食べるお金を学校へ持ってきているが、購買部は争奪戦が激しくそうそうに諦めてしまったみたいだし……。だからといって、手作りのお弁当を渡すほど親しくはない。オーソドックスに彼の靴箱に入れてみてはどうだろうか。いくらなんでも手作りにお弁当は痛そうだし……。

 それならコンビニ弁当のほうがまだマシだろう。ううん、お弁当よりもおにぎりのほうがいいかもしれない。

 結局、香苗に断っていつもより朝早く家を出てコンビニに寄ってみたが、おにぎりコーナーは閑散としていた。唯一陳列されていたのは、税込み一九八円ほどのプレミアムおにぎりだけ。

 背に腹はかえられない。ええい、これも東海林君の為。賞味期限をチェックし、清水の舞台から飛び降りるつもりでプレミアムおにぎり三個をレジに持っていった。

 おにぎりをコンビニの袋ごと靴箱に入れると、満足した。あとは東海林君が発見してくれるのを待つだけだ。

 教室に入ってきた東海林君は平然としていて、コンビニの袋を持っていなかった。これといったメッセージを入れなかったから、ゴミ箱にでも捨てられたのだろうか。

 冷や冷やしていると担任が入ってきて、ホームルームが始まった。クラスのみんなに学食が使えないことを話し、すぐに謝罪をする。女子は涼しげな顔をしていたが、男子に至っては非難ごうごうである。食べ物の恨みは恐ろしいとは聞くが、目の当たりで見たのは初めてだった。

 隣の席に座っている東海林君は、相変わらず涼しげな顔をしている。非難側に回らなかったところをみると、おにぎりを受け取ってくれたに違いない。

 もはや規律という言葉がなくなり、集中砲火を受けている担任を尻目に、思い切って東海林君にお昼はどうするのかと尋ねてみた。

 すると、靴箱に入っていたおにぎりを食べると答えたが、淡々とした口調、感動のない表情で残念だ。柄にもなく感情的になり、

「そう、その人に感謝しなさいよ」と思わず口走ってしまった。

 まだ、「そう」はがっかり感がでていたけれど、その後は感情的になり言葉尻が乱暴だった。これでは私がツンツンした嫌な女にしか見えない。

 案の定、東海林君が冷凍マグロのようにカチンコチンに固まってしまった。

「わあああああ~、東海林君。変なことを言ってごめんね」

 急いで謝ったけれど、東海林君の反応はまったくなかった。



 その後、私は得意科目の英語を中間テスト用にまとめノートを制作したり、お父さんが使っていない折りたたみ傘を靴箱にこっそりしのばせたりして、地道に恩返しをしている。

 ほぼ日課となりつつある誰もいない教室で東海林君の席に座り、机に入っていた生徒手帳を盗み見たら誕生日が休み明けの月曜日であることが判明をした。

 せっかくの誕生日だから市販のものでなく、手作りの品でお祝いをしてあげたい。それが乙女というものだ。

 けれどもインドアな趣味のわりには、手芸やお菓子作りといった家庭的なものに手を出したことがなかった。

 中学までは元気キャラの香苗のほうがお菓子作りを趣味としていて、日曜日に私のうちへ来てカップケーキを一緒に作ってもらった。

 香苗のほうがきれいに焼き上がり、私のはぺちゃんこでへんなふうになってしまった。焼けていく過程が面白くて、ついオーブンを開けてしまったのがいけなかったらしい。香苗が作ってくれたのと交換するように頼んだら、意味がないとそげなく断られた。仕方なくアイシングをしたり、ラッピングを工夫したりしたら見栄えがよくなり、月曜日の朝にいつものように東海林君の靴箱に入れた。

 ところがこともあろうか遠藤君にあげ、その場で食べられてしまった。東海林君の為に一生懸命作ったはずなのに、まったく関係のない人にあげるなんて許せない。

 ホームルームが始まる前に、つい「あんた、どうして他人にあげちゃうのよ!」と乱暴な口の利き方をしてしまった。当然、東海林君の顔は引きつり、「一体、何のこと?」と震える声で聞き返されてしまう。

 あ、私は東海林君に好きだということも、それ以前に受験の日に助けてもらったことも話していない。彼からしたら、何のことだかわかるはずがない。

「いやああああ~! 忘れて! お願い!」

 ああ、もうおしまいだ。これで東海林君に嫌われた。決定的だ。

 いやいや待てよ。そもそも告白をする必要はないんだ。私は鶴となり、東海林君のために織物を織って、黙って差し出せばいいのだ。鶴は助けてくれたおじいさんのために、コツコツと自分の羽を抜いて織っていたではないか。

 もし東海林君に好きな女の子がいるなら、私が橋渡しをすればいい。ちょっと、辛いけれど……。

 これから私は、東海林君の日陰となって、高校三年間を送ろうと決意した。


 期末テストまで一週間。朝早く登校をし、東海林君のために英語の要点をまとめたノートを作成していた。いわゆるジクウノートだ。

 ジクウとは、遠藤君がつけたあだ名のことだ。いつの間にか私も胸の内で馴れ馴れしくジクウ君と呼んでいた。もちろん面と向かって言えないけれど……。

 ジクウノートが完成し、彼が登校をしてくる前に靴箱に入れようとしたその瞬間。

 中三のときに同じクラスだった間宮まみや君が、私の前に現れた。

「笹本さん、おはよう」

 警戒しながら、おはようと返すと、間宮君はもじもじし出す。嫌な予感。

「何かご用?」

「あのさ、土井さんって付き合っている人がいるの?」

 そらきた。最近、こういった問い合わせが多い。私は香苗のインフォメーションセンターではない。

「いないと思うけど。もし、本当に好きなら自分で聞いてみれば? 香苗もそれを望んでいるよ」

 お決まりのセリフをいうと、そうだね、と頷く。

 最近、香苗を好きな男子が急増していて、私を介して仲を取り持ってもらおうとしている。確かに香苗はきれいになったけれど、私は自分の恋に精いっぱいで他人の面倒を見ている余裕などない。

 それに香苗のことを好きな男の子が十人いるとしたら、一人の味方につくと残り九人を敵に回してしまう可能性がある。そういうわけで、公平に断っているのだ。

 じつは香苗にも了承をしてもらっている。きちんと自分の気持ちを直接伝えないヤツは男じゃねえと豪語していた。

 間宮君に、ごめんね、と謝罪をすると、わかったよ、とあきらめて去って行った。


 これで邪魔者がいなくなった。東海林君の靴箱の扉を開け、上履きをなでる。

 ――東海林君が英語のテストで赤点を取りませんように。

 いつも口では言えないことをこの上履きに語りかけている。一連の儀式を終え、ノートを靴箱に入れようとしたその時。上履きの持ち主が足をもつれさせながら出現をする。

「な、な、な、なんであんたがいるのよ!」

「笹本さんこそ、僕の上履きに何をしてたんだ!」

 やばい! 見られていた? 

 逃げ出そうとすると、東海林君が手首をつかまれ、人気ひとけのない旧校舎と新校舎の渡り廊下に連れて行かれた。

 二人きりになれて嬉しいけれど、東海林君はものすごく怒っている。普段感情を見せない分、よけいに怖く感じてしまう。

 軽く深呼吸をしてから、受験の恩返しをしたかったことを素直に話したが、不機嫌が

見る見るうちに増殖されていく。挙げ句の果てには、「僕なんかの為に、そんなことをしなくていい」とまで言われてしまった。

 いつも淡々とした東海林君の口調が荒い。私は本当に嫌われてしまったんだと実感する。気持ちに蹴りをつけるために、正直に話してしまおう。

「あんたが好きだから、あんたの為にがんばったのに!」

 自分も東海林君につられて、荒い口調になっている。でも目からは涙があふれているのがわかる。目の前に立っている東海林君は茫然としていて……。

「勘弁してくれ!」と絶叫をした。

 そんなに私のことが嫌いなのだろうか。私はものすごーく大好きなのに。

 ここまで好きにさせた責任を取れと迫ってしまい、すぐに後悔をする。

 私はこんなに大胆なキャラではなかったはずなのに。東海林君が私を狂わせてしまったのだろうか。

 恐る恐る上目づかいに見つめると、東海林君の腰が引けていた。

 私一体、何の為にがんばってきたのだろう。

 恋に狂ってしまった愚かな自分を苦笑するしかなかった。


トキメキVer.

ドキメキの靴箱(了)

 最後までお付き合いをくださりありがとうございました。

 久しぶりに高校生が主役、ラブコメを書きました。

 つい先日まで、裏のほうで恋愛ものの連載をしておりましたが、それとは違う視点の仕上がりになりました。

 当初は男の子視点のみで終わらせようとしましたが、後書きを書いた時点で女の子視点も書きたい欲望が生まれてしまいました。

 じゃあ、いっそうのこと書いてしまえ! といこうとでいつものように勢いで執筆をいたしました。

 高校生をかなり遠ざかっておりますが、今回は苦痛ではありませんでした。

 脳内にDKとJKを飼い慣らしていることになりますかね?


 本当は「第二十三期テーマ短編 為」に出そうとしたのですが、規定文字数が1万字以内ということですので諦めました。今回に限り削ったり、ばらしたり、したくなかったものですから。出されたお題「為」を考えて執筆をいたしました。

 もし両親が口癖のように「あなたの為」と言ったら、ヤングな皆様はうざく感じますよね?

 その逆に彼氏や彼女、自分に思いを寄せてくれている人が、「あなたの為」としつこく言ったならストーカーじみて聞こえるのではないでしょうか。

 後者を念頭に置いてみたのですが、ルチカはヤンデレでなのかしら?

 ちなみに東海林君は完全に絶食男子です。彼はひめかみ様とその演じているキャラしか眼中にありませんから。

 また個人的にあげたテーマは、紳士諸君には萌えを、淑女の皆様にはときめきを、です。

 萌えは薄めでしたかね?

 それから作中に出てくる『うちの妹が音痴すぎる件』なんて、ラノベは存在しませんから探さないで下さいね。

 実際、あったら面白そうですが、私は書きませんよ。(キッパリ)

 もし書きたいという奇特な方がいらっしゃいましたら、ご一報ください。

 謹んで拝読させていただきます。(というか他人任せかよ! 蹴り)


 さてさて、またしばらく潜伏をいたします。

 梅雨が明けてからというもの、かなり暑くなってきました。

 だからといって冷房がんがん、冷たいものを摂り過ぎてお腹を壊さぬようお過ごし下さい。

 それでは長々と失礼をいたしました。


2015.7.26(日)

秋沢文穂拝

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