毒舌少女 羽風 凛 5
家の近くまで来た時には、既に太陽は西の地平線に沈んでいた。
いまから料理を作っていくので、食べ始めるのはもっと遅くなってしまうだろう。
なので急いで作り始めなければならない。
それは分かっている。分かっている............のだが......。
「あーー!! 肝心の調味料が無い!」
こんな時に限って何かしらのミスは起こるのである。
調味料を買い忘れていたのは致命的なのである。
今からでも買いに行かなければモツ鍋がただの内蔵煮になってしまう。
「はぁ......本当にドジね......一ノ瀬くんは」
「そんなこと言ったって忘れるもんはしょうがないだろ......」
俺は買い物袋を何回も見直す。しかし無い物は無いのだ。
「しょうがないわ。私が今からスーパーに戻って買ってくるわ」
「え? 悪いだろ、そんなの。俺が行ってくるって」
それに今からの時間。女の子一人で行かせるのは......。
「大丈夫よ。私が抜けるよりも、一ノ瀬くんが居なくなって料理が完成しないなんて事の方が問題よ」
「そ、そうじゃなくて......女の子が一人なんて、危ないだろ。もうすぐ八時だしさ」
「あら? 心配してくれるの?」
羽風は軽く笑ってこちらを見る。まぁ、『変態ごときが?』と言うような笑いだが......。さすがに自虐的過ぎるか? いや、そんな事はないだろう。
「とにかく。一ノ瀬くんは一人で料理を作ってくれればいいのよ」
「あ、おいっ!」
そう言って俺を無視しさっさと行ってしまった。
「......はぁ。大丈夫かなぁ」
口ではそう言いつつも、正直助かった。このままだったら歓迎会を始める事が出来るのが更に遅くなってしまう所だったのだ。
それを自分から買いに行くことで、遅れの発生を留めてくれたのだから、一応彼女なりの気遣いとも言えるのだろう。
相変わらず愛想がないけど......。
一人で行ってしまった羽風を軽く心配しながらも、俺はアパートまで移動する。
「-------あの......」
「へ? はい?」
アパートの入口の前を通る一方通行の道路付近で、見知らぬ男性に声を掛けられた。
見た目から察するに、四、五十代位だろうか。
顔はある程度整っている。美形、というか貫禄がある。任侠映画にでも出てきそうな面構えだ。
中々老いを感じさせない体格もしているが髪には歳相応の白髪がのっていて、どことなく薄い。
「このアパートに住んでおられる方でしょうか......?」
「? そうですが?」
俺の顔を正面から見据えてきた男の目からは、どことなく冷たさ......というのは失礼か、クールな感覚を抱いた。
「よかった。 それではここに、羽風 凛。という高校生の女の子はいらっしゃいますか?」
「............?」
なんだこの男は、いきなり他人の家を確かめるなんて......。
あ、もしかして羽風の父親だったり?
まぁでも、もしそうじゃなかったら怖いし、一応聞いておくか。
「失礼ですが......。あなたは?」
「私ですか? 私は......羽風 勤と申します」
「羽風......ということは、羽風さんのお父様で?」
「おや、やはり凛を知っているのですか。 それは良かった。 そうです。私は凛の父親です」
ぱぁ。と顔を明るく輝かせる勤さんは、俺の手を握って無理やりに握手をしてきた。成る程、お父様でしたか。
「いつも娘がお世話になっております」
「いえいえ、そんなことは......」
無い訳無いに決まっておろうが。あいつに日頃俺がどれだけ罵られていることか、きっとこの男は知らないのだろう。
「------無いですよ」
と、口では言っておく。
「あの子は大人しすぎる正確ですからな。 それでも仲良くしていただけると幸いです」
「............そ、そうですか?......そうですね」
あれが大人しいだと!? 父親の癖してあいつの潜在的なドSな性格をご存じないと申されるのか!
まぁ。羽風は基本的に親孝行な人間だという可能性も否めないが、俺の思考の中からはそんなことは消えている。
「それで? 今娘は何処に?」
「あー。少し出掛けてまして......帰ってくるのはかなり後になると思いますよ」
スーパーだってここから遠いし......。
「............そうでしたか。では、また後日伺うことにします」
「え? アパートででも娘さんの帰りを待っていればいずれ帰って来ると思いますが?」
「いえいえ。そんなご迷惑をお掛けする訳にはいきませんので......」
勤さんはいやいや、と首を左右に振った。
しかし時間がかかるとは言っても一時間も掛からないだろうし、それにわざわざ会いに来たのにそれは勿体無いではないだろうか。
「本当に大丈夫ですので......では」
「あ、はい......」
俺の制止を更に断ると、勤さんはどこかへ行ってしまった。
「うーん。確かに羽風と似てない事もない......かな?」
彼の顔つきや、感情の伺いづらい表情を見ていると、確かに羽風を思い出す。......が、どこか彼女と違うように思えるのは、羽風は勤さん以外に母親の影響も受けているからだろう。
きっと気のせいなのだ。