毒舌少女 羽風 凛 2
「や、やっと昼休み......か」
生徒指導室で何とか誤解は解けたものの、変な言い訳をしてしまったおかげで一時間以上軟禁された。
あーもう。あの女......先生に、それもあんな筋肉ダルマに言うことはないじゃないか......。
結局開放された後も『目を合わせたら危ない』というレッテルがクラスの中で張られていて、友達を作ることは愚か目を合わせてくれる人さえ現れなかった。
これも全てあの毒舌の所為だ。許すまじ。
昼休みになって昼食を取ろうとしても、教室の中は居心地が悪すぎたので逃げてきた。だってしょうがないだろう。俺の周り半径3メートルには見えない壁があるかの様に誰も近づいてこないのだから.....。
とにかく落ち着いて座れる場所を探さなきゃな......あそこ曲がった場所はどうだ?
あの角を曲がると恐らく体育館裏だ。日も当たらず、体育館の十メートル以上ある壁と学校の周囲を囲む柵に挟まれている。
つまり、普通の人間ならば近寄りたくないジメジメした閉鎖的な空間が有るのだ。
(だから他の生徒には遭遇しないはず......。)
絶好の一人飯ゾーンだ。
「さーて。寂しく一人飯でも食いますか.........って毒舌っ!?」
「あら。奇遇ね。変態さん」
「誰がド変態だ!」
「『ド』は自分で付けたわよね.....」
なんとそこには羽風が居た。
今にも捨てられそうなベンチに座って、その上に番頭を広げていた。
なんてこった。せっかくの一人飯が罵詈雑言で塩っぱくなってしまう!
「お前も一人なのか?」
「お前.....も? 私とあなたを一緒にしないで頂戴変態さん」
「......え? ってことは他にも人が?」
「.....いないわよ」
「じゃあ。俺と一緒のボッチなわけだ」
「......いえ、私はあなたと違ってこれがあるわ」
と言って無表情で携帯を取り出す羽風。携帯がどうした?
「それが?」
「あなたと違って。電話帳には三人の人間の名前が乗せられていて、いつでも彼らとつながることが出来る。つまり、携帯によっていつでも人と繋がることが出来る私は一人じゃないのよ」
「何じゃそれ.....。哲学か??」
「..............」
俺が、意味がわからないという顔をすると、彼女も黙りこんしまった。自分自身何をいっているのか解らないという様子だ。
ふ、不憫過ぎる......。そしてまた登録人数三人というなんとも言えない人数が.....。
あまりの不憫さに思わず何か可哀想なものを見る目になってしまった。
「何その気持ちの悪い目は。 まるで変態.....いえ、もはや変態ね」
「.......うん。そうだね.......」
「..............本当にその目、やめて頂けないかしら」
「うおっ! あぶねぇぇ! なんでそんなに無表情で目潰し出来るんだよ!?」
「あなたが悪いのよ」
「意味分からなさ過ぎる.....」
相変わらず無表情で語りかけてくる羽風だったが、目つぶしには明らかな殺意が篭っていた。
全く恐ろしい女だ。
「あのさ」
襲われそうになった目を覆いながら言った。
「何?」
「ここで昼飯たべたら駄目か?」
「......変態と一緒に.....?」
とは言いつつ彼女はその隣に置いていた弁当づつみや弁当箱を膝の上に移動させて俺が座るスペースを開けてくれた。
正直『変態。消えろ』とか言われるかと思っていたので以外だった。
「ありがと」
「あら。鏡越しに女子高生を睨みつけることしか出来ない小物な変態でも礼くらいは言えるのね」
「お、俺のイメージって......」
「冗談よ」
軽く微笑む羽風。
S的な意味合いでの微笑みが強かったので、『おぉ、笑った』などの感動にさいなまれることはない。
別に本物の笑みなんて見たいとは思わないんだけどな。うん。
「それで? お前はいっつもここで飯食ってんのか?」
「そうよ」
「一人で?」
「性格には四人で------いや、撤回するわ。一人よ。」
俺がまた生暖かい目で羽風を見ると、引き気味の顔で彼女は意見を一転させた。
「へー。なんで教室で食わないんだ?」
「居心地が悪いからよ。 私、愛想が良くないことは自覚してるし、それに友達......いないのよ」
「あ、じゃあ。やっぱり俺と一緒だな」
「一緒にしないで! 私には電話帳に-------」
「......あのさ、ちなみに俺の電話帳登録者人数なんだけど.....」
俺は自分の携帯を羽風に見せた。そこには家族から引っ越す前の地域の友達。それに加えて新しく引っ越した隣人達の電話番号が登録され......ざっと見て三人の数十倍ある事は確かだ。
「う、嘘......私は、交友関係が変態以下.....?」
うん。それ、素で言ってるよな?
「だからそれを言い訳にしちゃうとお前は俺以下を肯定することになるんだぞー?」
「か、数じゃないわ。そういうのは相手との親密感も重要なの。 どうせ全員に人間に忘れられているんでしょう?」
--------プルルルルルルル
「あ、友達からメールだ」
「........................その携帯折ってもいいかしら?」
「あはは。全く冗談キツイなぁ」
俺から携帯を奪おうとするのはやめたまえよ。
「......そうね。私はいつも一人ここで昼食をとっているわ」
「......分かってるよ」
「何? 馬鹿にでもしに来たの?」
「違う違う。俺も教室の居心地が悪かったからここに逃げてきたんだよ。 誰かさんの所為で友達も当分出来そうに無いしな....」
「誰のことかしらね?」
「...........」
分かって言っていることを願ってやまない。
相変わらず彼女の表情から考えていることを理解するのは難しいが.....。
「まぁいいわ。邪魔しない程度にだったら話し相手になるわよ」
「......そうか。じゃあそうしてくれ」
それは助かる。何せ俺には当分友達が出来そうに無いのはかなり真剣な問題なのだから。
「あ、そういえばお前とアドレス交換してなかったな。 するか?」
「え!?」
なんだ。今日一番の驚き方じゃないか。そんなに可笑しいか?
「そ、それって。友達......ってことよね?」
「......? いや、既に友達だろうが」
「......そ、そうね」
あ、もしかして。変態と友達なんていやだーとか考えた? そろそろ泣くぞ、俺。
「じゃあ、はい。これ携帯よ」
羽風はケータイを俺に手渡した。
......ってことは彼女としては友達になることは許容してくれたのか。良かった。
そして俺は手早くアドレスを交換した。
「ほいケータイ」
「.........................ふぅん」
ケータイを受け取った羽風は、少し嬉しそうに微笑んだ。
あ、これ本物の方の笑みだ。
彼女の笑い方は、無表情のクールさと相異なって可愛かった。なんだか少し幼く見える笑い方で、俺は軽く見とれてしまった。
なんだ。可愛いじゃないか...........だ、駄目だ駄目だ! また変態と呼ばれてしまう!
「......何を悶絶しているのかしら?」
「......何でもない。......それにしてもケータイのアドレスだけでえらく嬉しそうにするじゃないか」
「............え、ええ。............」
「......?」
「ねえ」
「ん?」
「メール。しても......?」
「え? 勿論いいけど?」
「ほ、本当!?」
羽風はそう言うと、ベンチから飛び上がらんばかりに喜んだ。その様子は先ほどのように彼女の雰囲気とは打って変わって可愛い。
「じゃあ。どうすればいいのか教えてはくれないかしら.....?」
「ん?もしかして、メールしたこと無いのか?」
俺の問にコクンと頷く羽風。成る程、通りで喜ぶわけだ。
そう思いつつ俺は彼女に簡潔な説明をする。
ケータイの機種は全く違うし、ひと世代前の物を使っていたがメールの使い方くらいは俺でもすぐに分かる。
どうやら羽風は機会に弱いらしい。頭が良さそうな彼女にしては可愛らしい部分を見つけて俺は独りでに嬉しくなった。
「はい。文の入力終わったわよ」
「.....んで。ここのボタンを押したら........」
「あ、送信できたようね」
「おう。来た来た。ほらな」
自分のケータイに羽風のメールが届いたことを知らせる画面を見せる。
「......メールって。凄いわね」
「あぁ。便利だろ?」
キーンコーンカーンコーン-------
羽風がメールの使い方を覚えたところで丁度チャイムが鳴った。 あぁ。もうこんな時間か......。
「ありがとう。これからも何回かメールすると思うけれど、ちゃんと返事はしなさい」
「分かってるよ」
「じゃあまた教室でね。...........変態くん」
素っ気ない俺の返事を聞いて羽風はニッコリと笑い、その体育館裏から抜け出した。
一緒に教室に戻ったら何を言われるか分かったものではないので、勿論二人は別々で帰るということは言わなくても分かる。
「いい加減その呼び方止めろよな......」
羽風が見えなくなった所で俺もベンチから腰を上げる。
「あ、そういえば羽風の奴。メール何て書いたんだろう」
ふと彼女が俺に送ってきたメールを思い出した。
確か、何文字か打つ練習をして俺に送ってきたはずだ。
どれどれ、誤字脱字でも無いか見てみるか......
俺はケータイを起動させ、それを表示する。
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To 一ノ瀬 祐季
From 羽風 凛
これからよろしく。一ノ瀬君。
羽風
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「一ノ瀬くん..........か........」
くっ! ちょっとアメを貰っただけでは何とも思わないぞ! 俺は!
「................まぁ、でも案外話してて楽しい奴だな。あいつ」
そう呟きつつ俺は一人体育館裏で軽く笑った。