毒舌少女 羽風 凛 1
昨日は良く眠れなかった。引っ越す前に通っていた進学校と違って風影高校はそこまで偏差値が高くない。
なので転入生に用意される課題も少量かと思っていたのが浅はかだったのだろう。
案の定多すぎて泣きかけた。その上一問一問延々と式を羅列しなければいけないタイプかつ難問だったのだ。よって昨夜の睡眠時間は三時間。いつもは11時就寝、6時起床であるので、この短さは相当にキツい。
しかし何だかんだ考えつつも俺は遅刻することなく学校に登校することに成功している。
今は始業式の真っ最中で、新しく発表されたクラスのメンバーとともに催眠の呪文のような校長先生の話を聞いているのだが......。
( 眠い......)
校長の話が長いということは最早全国の高校の共通だということは覚悟していたものの、ここまで長いと立ったまま寝るという特技を身につけてしまいそうである。
なので、敢えて周りを見渡す。
なにか見ていても飽きない物を見つけて少しでも眠気を紛らわしたいいのだ。
(おっ!)
さすがに首を堂々と回すと怒られそうなので、目だけを動かすと、最前列なのに先生の前で堂々と鏡を取り出して付けまつ毛を直す女子生徒を発見した。
俺が注目したのは彼女が持つその手鏡。
折りたたみ式の百均にでも売っていそうなもので、カバーには彼氏らしき人物と一緒に映ったプリクラが張られている。
しかし俺の目の付けどころはそこではない。
角度が絶妙で、鏡には自分のクラスのメンバーがちょうど写っているのだ。
......ふむ。ここでクラスの人間を確認しておくのも良いかな。
なんとなく始めて見ると、見知った顔を発見した。あいつは......羽風 凛。
昨日の毒舌美少女である。
余りいい印象は抱けなかったが、話していてなかなか面白いと感じた俺はマゾなのだろうか。
なんて考える。
あいつ、俺と一緒のクラスだったのか......。
鏡を使って彼女を見ているので目が合うことは無い。なのでじっくりと観察させてもらう。
(............むむむ)
しかし始めてて見たものの、彼女はピクリとも動かない。それどころか、校長から視線すら逸らさない。
(.......................むむむ)
............面白くない。
ここまで直立不動を保てる彼女は、弁慶にも負けず劣らずの精神力の持ち主なのだろう。
(................................むむむ)
穴が空くほど彼女を見つめても動かない。本当に心臓が動いているのだろうか。
「おい......そこの転校生」
(.........................................むむむ。転校生?変な名前のやつが居たもんだな)
「お前だ! 転校生!」
「は、はい!?」
転校生俺だ!!
振り返ると、そこに立っていたのは......
(き、筋肉ダルマ!?)
ち、違う! 体育兼生徒指導の----誰だっけ!?
とにかく筋肉の塊のような二足歩行生物がそこには居た。スーツの下から惜しみなく自己主張するその筋肉は最早一種の鎧のようだ。
「なるほど......筋肉ダルマか。転校初日からいい事言うじゃないか」
げ! 口に出てた!
「お、俺。何かしましたか......?」
「いや。周りの生徒から、『女子生徒にガンくれている男子生徒が居る』と伝えられて来てみたら......まさか転校生だとはな」
「ガンくれっ......ご、誤解ですよ!」
「ほう......。しかし実際に他の生徒から苦情が出たんだ。」
ま、まさかさっきまでの俺の顔がそんなになっていたなんて!
「この高校は風紀に厳しいからな......ちょっと指導室まで来てもらおうか」
い、嫌だ! 転校初日から指導室送りなんて!そんなことになったら俺の第一印象最悪じゃないか!
まさか、あの毒舌を見てたなんて恥ずかしくて言えないし......。
「ほら、抵抗するな!」
「くっ! ......」
諦めるしか無いのかっ........。
「ち、ちなみに俺の事を先生に言ったのはだれですか......?」
「......なんだ。間違えても仕返しなんて考えるなよ?」
「そこまで醜い男じゃないです!」
俺がガンくれているように見えたのなら俺自身が悪いのだから、責めるつもりはない。
寧ろちゃんと本当の事を言った上で一応謝っておきたい。
「......羽風さんだ」
「あの女! 覚えてろ!!------いだだだだっ!」
「あっ! おい! 抵抗するなと言ったろうが!!」
あの毒舌女のことだ。恐らく俺はガンくれていなかったのに、でっち上げやがったな!!ずっと見てたのに一体どのタイミングで筋肉ダルマにチクったんだ!?
俺は羽風の方を必死で睨んだが、彼女は相変わらずの知らんぷりだった。
「あの毒舌女っ!!」
こうして全校生徒の目の前で俺は、『あの本郷先生に突っ掛かるならず者』として華麗な自己紹介を果たしたのである。




