個性豊かな隣人達 3
燕さん、響子さんに薫。この三人以外にも後一人住人がいるようだったが、俺と燕さんで挨拶に行った時は留守だったようで、後日挨拶に伺うことを燕さんには伝え、その日の挨拶回りはひとまず終了だ。
薫への挨拶を終えた俺は二階の自分の部屋に戻るために階段を上がり、その廊下を歩いていた。もう外はすっかり暗くなっていた。
しかし後一人だけ挨拶ができなかったのは残念だ。燕さんによると、その子は女子高校生らしい。薫と俺の高校は違ったものの、一人暮らしをしている高校生は、本来高校に近い家を選ぶはずで、俺もその一人だ。
このアパートに最も近い高校は俺の通う予定である風影高校。つまり彼女と俺が通う高校は同じ可能性が高いわけなのである。
なので早く挨拶をしておきたい。
「まぁ。居ないなら仕方ないか......」
そう呟いて自分の部屋の扉に鍵を差し込む。それを回そうとしたが......
「あれっ? 回らない」
おかしい。部屋をを出るときはちゃんと回せたんだけどな......。右にも左にも回らなくなっている。
「何で......?」
ドアノブを何回か回してみるが開かなかった。
鍵が壊れてんのか?
そう思い鍵穴を覗きこんで見る。すると------
「私の部屋の前で何をしているのかしら?」
何とも凛とした。落ち着いた声が、左から聞こえた。
自分以外この階に人は居ないものだと思っていたので、驚いて勢い良く声の方向に振り向く。
「そこで何をしてるの。......と訪ねているのだけれど」
「何って。鍵を開けてんだけど......」
そこには自分と同じような年頃の女の子が居た。
絹のように真っ直ぐ美しい黒髪を腰の上まで伸ばし、整えられた前髪の下からは、少し鋭いが大きく綺麗な目が覗いている。肌は月光にも劣らず白い。
何というか。全体的に『クール』とか、『凛とした』という言葉がしっくりとくるだろう。
女性らしい華奢な体の胸は少しボリュームに欠けるものの、だがそれは彼女の落ち着いた雰囲気によく合っている。多分、世に言う美少女なのだろう。燕さんや響子さんはそれぞれ可愛かったり綺麗だったりしたのだが、彼女にはまた別の美しさが在った。
その女の子が、俺を見て怪訝な表情を浮かべている。
「つまり......」
「つ、つまり......?」
「変態ね」
「あ! ちょ!待って! 走って逃げないで!!」
「何? 人の部屋の鍵を強引に開けようとする人間なんて、ストーカーの類にしか見えないわ」
人の部屋!?
慌ててさっきまで開けようとしていた扉を見る。そこには------
「2-2!? 部屋間違えてた!!」
「とりあえず。通報するわね」
「ち、違うんだ!! 部屋を間違えただけで、決して他人の部屋を開けようとしてたわけじゃないんだ!!」
「......部屋を間違えた? あなたのような人。見たことがないわよ」
「今日引っ越してきたんだ!」
頼むから110を入力した携帯を右手に、左手で通話ボタンを押そうとするのはやめてくれっ!
「引っ越してきた? なるほど。それでこのアパートに女子高生の隣人の事を聞いて興味が湧き、ついやってしまった。......と?」
「違うわ!」
「......まぁ。その鍵を見る限り引っ越してきたっていうのは本当なのかしらね。 部屋を間違えたってのは怪しい所だけれど」
一切表情変えることなく俺の手の中の鍵を一瞥すると、警戒することは止めたらしく携帯を学生カバンに戻した。
あ、よく見るとこの子が来ている制服は風影のだな。風影生か?
「あ、その制服。もしかして風影高校の?」
「......それが何か」
「俺も明日の始業式から風影高校に通うつもりなんだ」
「............へぇ」
「な、なんでそこまで嫌そうにする......」
「いえ。変態と同じ学校なんて、とんだ災難だと思っただけよ」
「心外な! 誤解だっつーの!」
「......それで? 何処の部屋に引っ越してきたのかしら」
その問に、俺は2-2の隣の2-3の部屋を指さす。
「隣の2-3だ」
「......変態と、隣合わせ......ね」
「......本当に変態のイメージが周りに浸透する前に変態呼ばわりをやめてくれ」
「冗談よ」
彼女はニコッと微笑む。口だけで、目は全く笑ってないが......
本気で変態と思ってるんじゃないよな?
「まぁ。隣に誰か入ってくることは近藤さんから聞いていたけれど、こんな変態なんてね......」
「聞こえないようにしているつもりかもしれないけどな......丸聞こえだ」
「え、嘘でしょ」
棒読みとは......なんて抑揚のない驚き方だ。
「はぁ。まぁそういうわけだから。一ノ瀬祐季だ。これからよろしく」
変態呼ばわりをやめさせることはひとまず諦め、軽く頭を下げる。ついでに薫に渡しそびれた粗品を手渡す。細くて白い彼女の手がそれを包んだ。
「あら。ありがとう」
「つまらない物ですが......」
手渡されたものを手にすると、何かに気が付いたかのように彼女は「あ。」と呟いた。
「そういえば、まだ名前言ってなかったわよね」
「あー。確かに。でももう知ってるけどな。 凛だっけな」
確か燕さんがそう言っていた気がする。
「......さすが、既に個人情報は下調べ済みなんて......」
『さすが』の後に続く名詞が気になるけど、もう何も言わない。
「ついでに、『さすが』の後に続く名詞は変態よ」
「わかってるよ!!」
まだ引っ張るか!
「私は羽風 凛こちらからもよろしくお願いするわ」
「あぁ」
全く。普通に話せば美少女なのに、どうして毒舌なんだ......。
「それと、隣の部屋だからって、執拗に私の部屋には来ないで」
「あぁ」
「それと、隣の部屋だからって変な気は起こさないで」
「あぁ」
「それと、私の部屋の合鍵を作ろうとはしないで」
「あぁ」
「それと------」
「いや。もう変態ネタはいいから」
「いえ。これはそんなこと関係なしに言っているのよ」
「なにっ!」
それはつまり、俺は素でそんな事しそうな人間に見えるということなのか!?
「......前、あなたの部屋に住んでいた男がそういう奴だったからよ」
「......ま、まじか」
なんだ。じゃあ俺の見た目が変態っぽいわけでは......って、前住んでた奴は変態だったってことか。じゃあ男に対してそんな目をするのは当たり前か。
通りで俺にもここまで念押しする訳だ。
「とにかく。あなたも変態の可能性は否めないの。だから、さっき言ったことは絶対にしないで」
「......そもそもする気はねーよ」
「そう。ならいいけれど......何か大事な時以外に部屋の前に立っていたら警察を呼ぶわ」
「そ、そこまで厳しくすんの......?」
「当たり前よ」
俺に向かってそれだけボコボコに言っておいて、凛はさっさと自分の部屋へと入ってしまった。
「......はぁ」
とりあえずこれでアパートの人とは全員と顔を合わせる事ができた。今日一日で出来るとは思っていなかったが、明日はもう風影の始業式である。かなり助かった。
そう思い、自分自身も部屋に戻った。