08バーサス
夏休みが終わりましたね。
もう夏も終わりますね。
あれ?……あれ?
08
「しゅっぱーつ」
翌日。
僕たちは一晩お世話になったこの旅館を出て、次の街へと向かった。
どうやらこの国、外から見た大きさより数倍大きいらしく、東京ドームで例えられるほど僕は東京ドームについて詳しくはないが、日本で例えるとそれなりに大きな県くらいのサイズはありそうだった。
いよいよ異世界の深部へと足を進めるので、ここらでこの王国の風景について言及しようと思う。
基本は日本と同じであり、独特な雰囲気を除けば川もあれば森もあり、普通に文化的な建築物も多い、ここは日本だよと言われてもああはいそうですねと言えるような場所である。
しかし、国の端っこは柵が張り巡らされており、一応ここまではこの国という明確な線引きがある。聞くところによればこの世界には当然ほかの国もあり、そこも柵で囲まれているらしい。ちなみに、最初に僕たちが降り立った原っぱはどの国のものでもなく、出入りは基本自由。夜になると危険な獣が出るので好き好んで外出しようとする人はいないらしいが。
あと決定的に僕の国と違うところは、人口密度が低いということ。だから基本は平原や山、川である。そこにぽつんぽつんと集落のように家が連なったところ―すなわち町があり、国の真ん中には大きな城が陣取っている。だからもし町を出たところで何かに襲われてしまったら、町と町の距離が遠いので助けを呼ぶこともできないので自分で何とかするしかないみたいである。
「そらさん、次の町に着くまでの道中に襲撃されたら自分で何とかするしかないですよ。」
「え?君が何とかしてくれるんじゃないの?」
こういう次第である。
そしてこの国最大の謎である『上塗り<オーバーライド>』についてだが、これはここの住人たちにとっては全然未知のものではないらしい。
もともとこの王国は、平原の真ん中にあった岩……この国では『神岩』と呼んでいるらしい……を拠点として作られた。
どう突き止めたかは知らないが、この神岩には、半径五十キロメートル圏内にある人物の妄想を具現化する作用があり……いやもうこれ十分未知のものなのだが……その能力の及ぶ範囲を柵で囲い、この国にしたそうだ。
今では城の最上階、王の生活しているところに神岩は置かれている。なお、この神岩の効果圏は半径五十キロメートルの円ではなく、球なので最上階に移動させても何ら問題はない。
「そらさん」
「なにかな?」
「元の世界に帰る方法、ほとんど実現不可能ではありますが、見つけられましたよ。」
「え、本当に? どんな作戦?」
「念のために確認しておきますけど、どうしてこの国は身分によってそこまで使える能力に差があるんでした?」
「えーと、身分に応じた神岩のカケラを渡されるから、だったっけ?」
「そうです、神岩の効果は五十キロ圏内のどこにいても等しく働きますが、カケラを所持していたら話は別になってくる、って言っていましたよね。」
「あの女将さんいい人だったね。」
「まずは、住国証明書って言っていましたっけ?」
「うん。保険証みたいなものだね」
「在国証明書はこの国で生まれた瞬間誰もがもらうカードでした。そのカードにほんの少し神岩のカケラが刷り込まれているから、神岩の基本効果にしかあやかることのできない僕たち旅人よりも子供の方が強い。そして、十八歳になったらもう少し多い神岩を刷り込まれた成人証明書がもらえる、と。そのおかげで大人は子供よりもつよい。」
「君はまだ十六だっけ? 私はもうこの国では成人なんだね」
「え、そらさん何歳なんですか?」
「二十八」
「元の国でも成人じゃねえか!」
この女三十路手前にして恥ずかしげもなく麦わら帽子にワンピースを……
「ちょっと、いくらなんでも私が二十八歳っていうのを信じるのは失礼じゃない!? 二十八歳に見える!?」
「…………………………」
「黙らないでよ!」
「……十九歳ですか?」
「正解! ……で、確かそのあと農民をやるなら国にそう申請して証明書をもらい……ってな感じでもらう証明書に少しずつサイズの違う神岩が入っていて……だっけ」
「そうですね、で、です。ここで一つ思い当たることがあってですね」
「それが元の世界に帰る方法なんだね?」
「ここの王様は世界を滅ぼすことさえできる、って女将さんが言っていましたよね」
「うん、彼にできないことは何一つないって感じだった。」
「じゃあ、王様が所有している大きさの神岩のカケラを戴くことができたとしたら、元の世界に帰るという妄想を現実にすることもできるんじゃないですか、と思ったわけですよ。」
「なるほど! それは名案だね、ってあれ?さっきほとんど実現不可能って言っていなかった? でも話を聞く限りそんなに難しいことではないように思えるけど」
それが難しいのだ。
いったいどう難しいのか説明するのは簡単なのでサクッと説明する。
「ここは人口密度が少ないとはいえ、それなりに人口もあります。例えば人が一人死んだらその人の持つ身分証明書…すなわち神岩のカケラをすべて回収して再利用するとしても、中にはカードを紛失したりする人間もいるでしょう」
「まあいるよね」
「自明の理ではありますけど、結局神岩は、減ることはあっても増えることはありえないんです」
「納得納得」
「ここで質問です。そらさんが王様として、見ず知らずの旅人のために、わざわざ神岩を消費させますか?」
「あー……しないね」
「ですよね……」
「あ、じゃあ名案があるよ!」
暗くなった雰囲気を一瞬で挽回するそらさん。どうやら名案を思い付いたようだがそれは果たして本当に名案なのか。
「王様をぶっ殺して、強奪すればいいんだよ!」
「無理に決まってるじゃないですか!!!!」
無理に決まってるじゃないですか。
「えー、君の頭脳でなんとか……」
「いや僕はそこまで便利じゃないです。」
「じゃあ結局地道に探すしかないのかー」
露骨に落ち込む彼女。僕もこんなこと言わなければよかった。
少し前から僕たちは森に差し掛かっており、少しくらい山道をしゃべりながら歩いていた。ここ数日のうちに雨が降ったのか、ところどころ水たまりがあるのでそれをよけながら進んで行っていたのだが。
ちょうど会話が途切れた瞬間、背後からザリ、と物音が聞こえてきた。
……つけられている、のか?
「そらさん、少しだけ歩くスピードあげましょう」
そらさんの手を引っ張り、僕はずかずかと歩いていく。
こんな山の中にいるってことは何者だ? 僕たちと同じ旅人や、山で遊ぶ子供、最悪山賊とやらでもまだ大丈夫だ。
がさがさ、と今度ははっきりとした足音が聞こえた。
「動物……だとありがたいよね」
今度はそらさんも気づいたようで、そういう希望的観測をふと口からこぼした。
「そらさん、どのあたりから物音聞こえたか正確にわかりますか?」
「七時の方向。」
「は?」
「七時の方向だって。」
はて、七時の方向とはどっちだ。確かによく小説などを呼んでいると、「十二時の方向から敵が来ます」と聞くけれど。
「自分の正面を零時とおくの!」
……左後ろか。
僕には一度しか使えない技が一つだけある。
「そらさん、一度しか使えない、尾行をかわす技というか秘策があるんですけど、今ですか?」
「今だね」
了承を得た僕は、昨日飲み干したペットボトルを鞄からだし、イメージを練る。
初めは現象系。僕の胸あたりの空気から、二酸化炭素だけをペットボトルの中に充満させ、ふたを閉める。この程度だと可視光線は手のひらサイズ以上に大きくならないということはわかっていた。
次に、ここが問題なのだけれど、ペットボトルの中の圧力を、下げる。
下げて下げて下げる。機械でしかできないような高圧をかけて、二酸化炭素をドライアイスへと変化させる。
さすがにこれには可視光線も僕の体を包み込んでしまったので怪しまれるかと思ったが、
「ちょっと、隙あらば私の服を脱がそうとするのやめてよー」
というそらさんの不本意ではあるがナイスフォローのおかげで背後の人間は何もしかけてこなかった。
もしかすると背後の人間もそらさんの脱げたところを見たかったのかもしれない。僕も見たい。
『高圧』を現象系で生み出すのではなく、創造系で『昇華』をさせればよかったのでは、とも思ったが、それだと青い光大きくなって背後の人間に見えてしまった時の言い訳が思いつかないのでやめておいた。
さて、ドライアイスインペットボトルが完成した。
背後から声が聞こえる。
「なあ、やっぱりもう攻撃しよう。やつら、王様をぶっ殺すとか言っていたのだぞ。」
「いや待て、まだ聞き間違いの可能性がある。」
あー、引っかかっていたのはそこか。
王様をぶっ殺すつもりなんてこちらにはみじんもないのだけれど。
「ねえ、あの感じだと話し合えば何とかなるんじゃない?」
「あ、確かにその線も……」
「やっぱり攻撃しよう、俺は奴らが怪しく見えて仕方がない。」
「おお、さっきはああは言ったが勘違いするなよ。俺もあいつらを殺したいのはやまやまなのだよ。」
…………え?
「最近人を斬っていないからな。もしもう一度王をぶっ殺すといってくれれば、斬る大義名分ができるだろう。一度では聞き間違いの可能性があると咎められるかもしれないからな」
「なるほど!」
なるほどじゃ、ねえ!
「戦うしかないみたい」
そらさんが呆れたように言った。
ドライアイス爆弾を制作した僕は雑貨を詰めた鞄からマッチ箱を取り出し、可視光線が大きくならないように注意しながら創作系の能力を使い、マッチの表面にある赤リンを白リンに変えてから、黄リンへと作り変える。ちなみにマッチの表面にある赤リンは、正確に言えばリンの同素体かどうか怪しいらしく、紫リンと白リンを混ぜたもの云々らしい。だからまず創造系を使い、マッチの表面すべてを白リンに変化させる。この程度だと可視光線は手のひら程度で済んだ。
そして、実は白リンというものは黄リンとほぼ同義であり、白リンにはすぐに黄ばむと言う性質があるため、黄リンとも呼ばれるのだという。
これらの知識は雑貨の中にあった電子辞書の百科事典による知識であり、僕は別に科学のスペシャリストでもなんでもない。
準備は完了した。
僕はまず、表面がすべて黄リンで包まれたとても危険なマッチを七時の方向に投げた。それは放物線を描き、見事に後ろの二人組の足もとに落ちた。
「なんだこれは、今前の旅人が投げたように見えたが。」
「なんだろう。拾ってみるか。」
後ろの輩はそれを拾う。
黄リン。それは、少しの衝撃で簡単に火が付き、自然発火することの多い物質である。あまりにも危険なため、普段は水中に入れて保管されるべきものなのだが……
「うっ!」
「アツっ!」
どうやら思惑通り拾った瞬間にどこかにこすり付けてくれたようで、特殊マッチに火がついた。
背後の二人はその火に気をとられている。
僕が正面切ってペットボトル爆弾を彼らに投げたところできっと『上塗り<オーバーライド>』で消されてしまうだろう。
しかし。
…………二人が僕を見ていない今なら、僕が投げる爆弾を『上塗り<オーバーライド>』によって消すことはできない!
僕は足元にあった水たまりの水をすくいペットボトルに入れ、ふたを閉めた。
ドライアイスは昇華する。固体から気体になる際、体積は何倍にも膨れ上がるのだ。
放物線を描き二人組の目の前に落ちたペットボトルは……
……破裂し
……炸裂し
僕とそらさんは走ってその場から逃げ去った。
全力疾走で駆け抜けたため、森を出て、新たな町へとたどり着いた。
無事切り抜けられたと、僕たちは安堵し、新たな町で待ち受けるであろう不安と少しの期待を胸に、歩みを進めた。
ありがとうございました!
この方向性で行きそうです。