異世界へ02~03
すいません短編の予定が長くなってまいりました。
02
「暑い……」
一学期の終業式が終わり、いよいよ高校初の夏休みに入った僕は、花火大会や夏祭りを色々と想像しながらもしかし一人で歩いていた。
目的地は町のはずれの山にある小高い丘。
僕は星を見るのが好きだったので、夏休み中一度は天体観測がしたいと思い、学校の鞄は家において、昼食も食べず制服のままで場所を探しに出かけたのだ。
それにしても暑い。
僕はいろいろ雑貨を詰めてきた鞄の中からハンドタオルを取り出し、汗を拭いた。
そして森に入る。
歩くこと一時間弱、噂に聞いていた丘は思ったよりも遠く、自転車で来ればよかったと後悔し始め、しかしどうやって自転車で山を登るのだと思い始めたあたりで山が開けた。
僕の住む町は中心部でも都会に比べたらずいぶん田舎なわけだけれど、ここはもう物語の中でしか見たことがないような緑色の世界だった。
今まで知らなかったのが恥ずかしくなるくらい綺麗な場所だった。
「ここなら、空気もきれいだし山の上だからきっと街灯も届かないし、天体観測にはもってこいの場所、かな。」
一人そうつぶやき、散策がてら少し歩いた。
「うわ、ここ危険だなあ……」
その広場の端はとても急で、崖のようだった。
「ここから落ちたら、一気に山の下まで行けるな」
ついでに天国にも行けそうだけど、と付け加えるのも忘れない。
「……しかしこの丘、いい場所だなあ。天体観測関係なく、ここに遊びに来てもいいかも」
「それは違うよ、少年。」
突然後ろから声をかけられた。
「え?あ、ああ。はい、どうも。」
何がどうもなんだよ、僕。と思いつつ振り返り声の主を見る。
「……っ」
はじめに目に入ったのは、麦わら帽子だった。
そして白いワンピースとそれに対照的な黒い髪。
振り返った僕の視線の先には。
少女のような恰好がなぜにあっているのかわからないほど大人びた風貌をしているが、そのイメージを再び破壊するほど少女のような天真爛漫な笑みを浮かべた女性が、いた。
これが僕と彼女の初対面だった。
しかし僕らの物語は出会ってからすぐに動き出すことになる。
「何が違うんですか? 」
彼女に目を奪われ一瞬自分がどんなふうに声をかけられたのか忘れてしまいそうになったけれど、何とか思い出した。
「ここは丘じゃないよ。」
……は?
「丘じゃ、ない、ですか。」
そこですか。
「確かに僕は丘とか山とか違いが全く分からないんで適当に呼んでいましたすいません。」
どうして謝る、僕よ。
「ああ、丘と山には明確な区別がないからわからなくて大丈夫だよ。でも一応丘は山より傾斜が緩い場所、って言う風に定義されているからねー。山を登って開けたこの場所は、やっぱり丘じゃなくて山なんだと思うよ。」
「へえ、それは初耳でした。でもそれならここは、この丘と聞いてイメージできそうなこの場所はなんて呼べばいいんでしょうか?」
「知らないよ。」
ん?
「私は別に土地の呼び方博士でもなんでもないからねー。だから正直ここが山でも丘でも海でもなんだっていいんだよ。」
じゃあなぜわざわざ『ここは丘じゃないよ』と言ってきたんだ……
あ。
まさか…まさか!僕に興味があって?
「実は少年、君のこと見かけた時から……」
なんて展開になったりして!
待てよ、この暑い夏にまるでアニメのヒロインのような恰好の女性に声をかけられて…これって。
「少年ー、聞いてる?ねえ。」
「はっ、あ、ああ。すいません、聞いていますよ。」
「ならいいけど…うん、少年がここを丘と呼ぶのなら私もそう呼ぶことにしよう。ここは、丘です。」
「結局そうなったんですね……」
危ない、危ない。また一人妄想の世界に浸るところだった。
最近はなくなったけれど、中学の時はよく妄想の世界に浸っていたなあ、と僕は思い返す。
そのたびに後輩によく叱られたっけ、「先輩、また入ってますよ。」って。
そういえば最近後輩に会っていないな、夏休み中さそって遊びに行くか、と僕が決意を固めたところで彼女の方を見ると、どうやらもう僕に興味がなくなったらしく、麦わら帽子を手で押さえ、準備体操をしていた。
……準備体操?
いったい何の準備をしているんだ、と僕は不審に思った。
その時。
「じゃあね、少年。また出会えたら土地の名称談義に花を咲かせよう!」
と言って、彼女は走り出し。
「え?あ、はい。よろしくです。」
と答えた僕の右側を抜け。
そのまま落ちたら天国に行けそうな崖に向かって飛び込んで……
03
危ない!とそう思った時には体が反応していた。
振り向いて追いかける。
―彼女のワンピースの裾を
―彼女が地面を蹴り
―掴んだ―
―そのまま―落ちて―落ちて―落ちて―
「せめて、僕が下敷きに」
そう思い彼女を強く抱きしめ、なんとか下に行こうする。
……やけに落下する時間が長い
ああ、これが走馬灯と呼ばれるものなのかな。それにしてもこの人、いい匂いがするなあ。
僕は人生最後の数秒間で、とてもどうでもいいことを考えていた。
「あれ、思ったよりも衝撃が少なかったなあ、って、お、少年が下敷きになってくれたんだ。」
少女…と呼ぶには幼くない彼女が呟いた。
「しかし私一人で来るはずだったのに、巻き込んじゃったかー……ってあれ?ちょっと待って。私はいいとして、この子、家の人にどう説明するんだろう、いつもとの世界に帰れるかわからないのに。」
「……まあ、いいか。」
という言葉を僕はぼんやりと聞いていた。
僕の家は片親で、母は一週間ほど友人と旅行に出かけているので家の心配はほとんどないけれど、彼女今なんて言った?
元の世界にいつ帰れるかわからない?
思考しているうちに徐々に意識がはっきりとしていた。
それと同時に背中に奇妙な感覚を覚える。
……腕?僕は今背中に腕が回されている?すなわち…抱きしめられて? え?
「あ、少年、目覚めたの。」
そう言う彼女の顔は、とても近かった。
「!!!!!!」
あわてて離れる。
「ありがとうね、おかげさまでケガをせずに済みました。」
「え、ああ、はい……って、あなた!何考えているんですか、あんな崖から飛び降り……って、そうだよ!ここはどこなんですか?どう見ても崖下とは思えないんですけど……」
周りをさっと見渡す。
背後に切り立った崖があることと、うだるような暑さだけは先ほどと同じだけれど、なんというか……雰囲気、空気が僕の知っている世界と違う。
「うーん、そうだね。簡単に言うと、ここは異世界だよ。あ、私のことはそらって呼んで。」
「わかりました、そらさん……って、ええ!? い……」
異世界?
「私はちょっとした家庭の事情でさ、こういう異世界によく縁があるの。」
どんな家庭の事情ですかそれ、という当然なツッコミをかろうじて飲み込む。
「だからたまにこうして、異世界への扉が開いているのがわかったらそこに飛び込んでいるのよ。」
「ああ、納得はしていませんが理解はしました。」
「いまはそれでいいよ。っと、もう体大丈夫? 動ける?」
どうやらそらさんは彼女なりに僕を心配しているようだった。
「ああ、はい。動けます。」
「じゃあ、いこっか。」
「どこにですか?」
「この世界の散策に、よ。」
愛すべき後輩には妄想癖のある人間と思われているが、僕は案外現実主義者であり、よってこんな言葉を口にするのは主義に反するのだけれど、僕とそらさんは二人で「この世界」の散策に出かけた。
なんだよこの世界って……
「あ、ほら、あれ町じゃない??」
そらさんが指を指した方向には、確かに町があった。
「そらさん、あれを町と呼んでいいのでしょうか。」
「ん、なんでかな」
「…思いっきり城が見えるんですけど。」
「私にも見えるから安心していいよ。」
「いや、城があるのにそれは町なんですか?町ってもう少しこじんまり…」
「だから私は君と名称談義に花を咲かせる気はないって。」
あんたさっき、次会ったら咲かせようって言ってきただろう。
「さ、歩くよ。まだ少し道のりは遠そうだし。」
「……ですね。」
僕とそらさんは、出会ってから一時間もたっていないとは思えないほどよく喋っていたが、それは彼女の性格によるところが大きいだろう。
麦わら帽子にワンピースという王道的恰好をしている彼女は、その格好にそぐわない可愛らしさではない美しさを持っていたが、その顔に似つかない明るい性格をしていた。性格と恰好はぴったり合っている、と僕は思う。
「ん、主ら、旅人かのう?」
僕が横や後ろをきょろきょろしていたら前から男の人の声が聞こえた。
「あ、はい。」
当然そらさんが対応して、僕はあとからその声の主の顔を見た。
「………………」
背中を冷たい汗がなぞった。きっと今僕は謎の笑みを顔に浮かばせている。
前言撤回、声の主は男の人ではない。
二足歩行し、スーツを着た
豚だった。
ありがとうございました。
書き溜めあるのであまり次は間を開けないと思われます。