プロローグ
二話か三話で完結すると思われる短編です。
「夏」をテーマにして書きました。
―告げられない想いが
過去になる前に―
01
セミの鳴く声が耳元で響く。
強い日差しが僕の肌を突き刺す。
乾いたアスファルトに水を撒く人とすれ違う。
少し先の景色が揺れる。
大学生となった僕を迎えてくれた桜の木はとうにその花びらを手離し、そのかわりに僕を歓迎してくれるのはセミの鳴き声とクーラーの効いた快適な部屋だった。
この季節になると毎年、半年前の凍えるような感情は忘却の彼方へと霧散し、一年前の日差しと汗の記憶が舞い戻ってくる。
しかし僕には、受験勉強という、去年の辛い夏の思い出よりも鮮明に思い出す記憶があった。
この世で正確なモノは現在だけ。出来事が思い出として口で語られるようになった瞬間、それは事実とは少し異なってしまう。どれだけ鮮明に正確に物事を思い返しても、完璧に思い起こすのは不可能であり、事実は改竄されてしまう。意識してようとしていまいと、正確な事象に人間がかかわってしまうと、それは嘘になってしまう。この世で正確なモノは、ちょうど今現在だけなのだ。
誰かがそう言った。
その通りだ、と僕は思う。僕が高校一年生の夏に体験した衝撃的な物語も、きっと僕は正確に語ることはできないだろう。
仕方のないことだと思う。
でも。
事実は改竄されてしまっても。
この想いだけは嘘ではない。
彼女に対するこの気持ちだけは、今も昔も変わらなく正確だ。
三年前、僕は彼女に何も言えなかったけれど、その時の想いが過去になってしまう前に、無機質な枠で囲まれてしまう前に、もう一度彼女に会いたい。
そう思って、今年もここにたどり着いた。
町の中心から少し離れたところにある、小高い丘。
僕と彼女が初めて出会った場所に。
ありがとうございました。
始まります。