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その後、騒がしい営業時間が終わり夜になった。
もしかしたら、ルーシーと名乗った彼女が今夜も来るかもしれないと思い、
今日は店の椅子と小さいテーブルを厨房に持ち込んだ。
幸いにも僕の準備は無駄にならず、彼女は、今日も厨房を訪ねてきた。
「ひどい顔」
「……君も全く無関係ってわけじゃないんだけどね」
ジャガイモの件で店長に殴られた箇所は、夜になっても腫れが引かなかった。
そもそも、鉄拳を食らうことになったのも彼女に付き合ったせいなのだが。
しかし、当の本人は全く気にかけていないらしく、
「お腹すいた」
としか言ってくれない。
「はいはい。今、準備しますよ」
今日は剥いたジャガイモをマッシュして、そこに牛乳とバターを混ぜる。
それをフライパンに広げて焼けば、パンケーキのような形になる。
「……良い匂い」
「でしょ? これは自信作なんだ」
薄いキツネ色になったら、皿に移し、摩り下ろしたリンゴに砂糖をまぶした物を乗せる。
これでジャガイモのパンケーキの完成だ。
限られた材料をギリギリまで使い、苦心の末に作り出した料理。
僕の奴隷生活の中でベストとも言える自信作なのだが、
「……まずい」
またしても辛口の言葉で一蹴されてしまった。
「もう勘弁してよ。コレが僕の限界だよ」
僕も一口味見してみるが、やはり悪くない。
昨日の味気ないスープはともかく、今日のはちゃんと料理として認められる物のはず。
一体、何を出せば満足してくれるのだろうか。
「違う」
「違うって、何が?」
「……腕は悪くない」
「え?」
「腕はそんなに悪くない。問題は材料と調理器具」
そう言うと、彼女は席を立ち、調理に使って置いたままの牛乳ビンを手に取った。
「この牛乳、もともとの品質が悪い上に新鮮じゃない」
「無理言わないでよ。店に出せないような材料しか使っちゃいけないんだから」
「この包丁も。これじゃ全然切れない」
「それが唯一、僕に使って良い包丁なんだよ」
茶色まみれになるぐらい錆びた包丁が数本。
店長がロクに手入れをしなかった物を僕が貰ったのだ。
厳密に言うと、店長に押し付けられたのだが。
「そうね。これだけ錆びると……」
彼女は、何かを考える素振りをした後、
「……そうだ。この包丁、何本か借りていく」
「えっ? 何で?」
「料理のお礼に砥いでくる。ごちそうさま」
と、彼女は包丁片手にさっさと外へ消えてしまった。