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二枚のスープ皿は、結局空にならなかった。
僕は半分ぐらい食べたものの、彼女に至っては三分の一も減っていない。
(はぁ、せっかく厨房に招いて料理作ったのにな)
何となく、憂鬱な気分が僕を支配した。
彼女の態度もそうだが、せっかく作った料理もまずいと言われたのがショックだった。
僕自身、体は空腹のはずなのだが、何となくやるせない気持ちが支配してスプーンが動かない。
僕が皿をシンクに下げて洗い物を始めると、意外にも彼女の方から質問を始めた。
「あなたは……料理人?」
「いや、僕はこの店に買われた奴隷だよ。料理人じゃない」
「そう……どおりで」
どおりで、が何を指しているのか少しひっかかる。
「名前は?」
「名前もないんだ。店長にも客にも奴隷としか呼ばれてない」
「……名前欲しい?」
「ん~、欲しいけどやることが変わらないなら意味ないよ」
「だったら……奴隷をやめればいいのに」
「できたら苦労しないって。ほら」
そう言って僕は一枚のカードを彼女に見せる。
「これは?」
「知らないの? これはカーストカード。大陸共通の身分証明書みたいなものだよ」
書いてあるのは、性別と職業。
僕のカードの場合だと、男、奴隷となる。
つまり、カーストとして自らの職業を証明させる物である。
他国へ移住するときも、何か職に就くときも、このカードが無いと無効だ。
イストレだけじゃなく、大陸の民なら全員これを持つことが義務とされているのだが、
どうにも彼女はこれの存在を知らないらしい。
「君はいったいどこから来たの?」
「秘密」
「名前は?」
「……ルーシー」
「えっと……職業は?」
「秘密」
これじゃ、ほとんど分からない。
「ごちそうさま」
僕に詮索されるのが嫌なのか、質問をかわすように彼女は席を立つ。
そして、裏口の戸に手をかけた。
その彼女に、僕は、反射的に声をかけていた。
「あ、あの」
「……何?」
「その、裏のゴミ箱漁るぐらいなら……明日も来て下さい」
「……ありがとう。また来る」
そう言って、彼女は外へと消えていった。
外は、少し明るくなっていた。
時計の針は、朝の五時を指している。
どうりで明るいわけだ。
けど……何か忘れているような。
ふと横を見ると、まだ皮がついたままの大量のジャガイモが。
「しまった! ジャガイモの皮を剥くの忘れてた!」
すっかり彼女に気を取られ、大事な作業を忘れていた。
箱の中には、まだ数百個のジャガイモが眠っている。
「今からやれば、なんとか間に合うか?」
僕は店長の来る七時までナイフを動かし続けたが、
「馬鹿野郎! ちゃんとやっとけって言っただろ!」
結局、殴られる結果となった。