- エピローグ
とある城での出来事。
晩餐を終えた国王が見事な料理に感銘し、料理長を食卓へと呼び寄せた。
まだどことなく子供っぽさが残る、一人の青年料理人が国王の前に現れる。
彼こそが今回の料理を指揮した料理長である。
「おおっ、そなたが料理人か。見事な料理であったぞ」
「はっ、お褒めに預かり光栄でございます。陛下」
「まだ若いのに大した腕だ。どこで修行を?」
「以前は、イストレの料理店で修行をしておりました」
「左様か。さぞ厳しいものだったろう」
「それはもう。店長は気難しい人でしたし、客も味にうるさい人でしたので」
「うむ。まさにこの料理は、その修行の賜物であるな」
「はい。ところで陛下、食後のワインはいかがですか。飲み頃の物がございます」
「うむ、いただこう」
「では」
そう言って料理人が手を叩くと、ワインセットの荷台を押して一人の男性の格好をした給仕が現れた。
背の低い、物静かそうな男性だな。と、国王が抱いた印象の通り、
給仕は国王に一礼をした後、口数少ないままグラスなどの用意を始めた。
「ふむ。料理長、あちらはソムリエか?」
「いえ、陛下。彼女も今回の料理を手伝ってくれました」
「ん、彼女?」
一瞬、給仕がギロッと料理長を睨んだ。
「い、いえ。失礼いたしました。彼もまた今回の料理の製作に大きく携わっています」
「ほほう。では、彼も料理人か」
「いえ、彼は、」
「……失礼します」
料理長の言葉を遮って、給仕がテーブルにグラスをセットした。
そして、料理長に代わって国王に話しかけた。
「陛下。私はただの奴隷です」
「な、なに? そなたは奴隷だというのか」
「はい。こちらを」
給仕は、自らのカーストカードを示す。
そこには『男・奴隷』と書いてあった。
奴隷の作った物は、貴族階級以上の者は一切口にしない。
それは大陸での暗黙の了解である。
偽って食べさせることは、すなわち罪を犯すということ。
まして、相手が国王となれば言わずもがなだ。
「なんと。私は、奴隷の作ったものを食べたというのか」
「騙したようで申し訳ございません」
「我が食卓に奴隷が作った料理を出すとは……。分かっておろうな」
「はい。ですので」
給仕は、懐からナイフを出してグラスの横に添えた。
食器のナイフではない。
人体を傷つけるための鋭いナイフだ。
「これで私を殺してくださって結構です」
「……今、ここでか?」
「はい」
「分かった」
国王は、ナイフを手に取り給仕に向ける。
「ただ、私が死ぬ前に一つ忠告がございます」
「何だ?」
「そうですね……私が死ねば、料理長を呼び出したくなるほどに美味しい料理を
二度と口にすることができなくなりますね」
「……」
「私も料理長もまだ未熟です。
これから経験を積めば、より素晴らしい食卓を提供できることでしょう」
「……ほほう。そんな説得の仕方があったか」
料理長が横から話に割り込む。
「陛下。奴隷という肩書きがそれほど大事なのでしょうか?
現に陛下は料理に満足していたと思いますが。それはつまり……」
「もうよい、もうよい。私とて食卓を血で汚したくない」
国王は、ナイフをテーブルへと戻した。
「一つ断っておくが、君たちの弁論に負けたわけじゃないぞ。
ただ、自分の食いしん坊具合に負けただけだ」
「それでは……」
「うむ、そうだな。しかし、一つ条件がある」
「条件?」
「それだ。そのカードをこちらにくれんか?」
「カード? これでございますか?」
「そうだ」
国王は、給仕の持っていたカーストカードを手に持つ。
そして、そのカードを真っ二つに割った。
「陛下!」
「よいよい。こんなものは必要ない。どうせ性別詐称だ」
「性別詐称?」
「給仕よ。そなたは男ではない。女だな」
「……はい」
「陛下。まさか、お気づきに?」
「ワシを見くびるな。それに、料理長のお前がヒントをくれたのだぞ。『彼女は』、と」
「ハッハッハ、そうでしたな。御見それいたしました」
「それに、君たちはお互いを信頼しきっている。片や料理人、片や奴隷。
身分に差があるにも関わらず、お互いの力を認めて偏見無く手を取り合っている。
奴隷だなんだと、ワシは器が小さかったようだな」
「いえ、こちらも出すぎたことをしてしまいました」
「……ふむ。もしや、二人は愛し合っておるのか?」
「へ、陛下!」
「おっとっと、話をしすぎたら口が渇いたな。
ワシの口を塞ぎたいなら、すぐにワインの準備をしてくれ。それとグラスも2つ追加だ」
「はっ、恐れ入ります」
テーブルには、新たにグラスが二つ置かれ、
全てのグラスにワインが注がれた。
「では、前途ある料理人と、その健気な『愛の奴隷』の幸せを祈って。乾杯」
「乾杯」
「……乾杯」
三人はグラスに口をつけた。
これで終わりです。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
また、何か文章を書く予定です。




