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全くの偶然か、それとも彼女の計算の内だったのかは分からないが、
裏口の前には衛兵が乗ってきたであろう馬が放置されていた。
しかし、僕は乗馬の技術がないので一頭の上に二人がまたがり走り出す。
まだ騒ぎが広がらない夜のうちにヒッソリと国を抜け、
日が上る頃には見たこともない平原で彼女と肩を並べて朝日を見ていた。
そんなことしている時間があるのか、と聞かれれば無いのだが、
束の間の休息を楽しめるぐらいの心の余裕が僕にあった。
不思議と冷静だったのだ。
「それで、どこへ逃げるの?」
「……どこがいい?」
「そうだな。もう料理が作れればどこでもいいかな」
「奴隷なのに?」
「うん。奴隷でも」
「……そうね」
「でも、まだ良く分からないんだ」
「何が?」
「全部。僕のこと、今のこと。そして、君のこと。まだ分からない」
「……」
「一体、君は誰なんだい?」
「私も……ただの奴隷。少し環境が違ってただけ」
「そっか。似たもの同士だったのか」
「でも、もうアナタは奴隷じゃない」
「えっ?」
彼女は、僕に店長のカーストカードとサラシに包まれた包丁を渡してきた。
カードには、『男性・料理人』の表記。
そして、サラシをはずしてみると、実に綺麗な銀色の刃が朝日を反射した。
「砥いでおいた。アナタは料理人。今日から」
「……これっていいのかな?」
「大丈夫。そうだ、アナタのカード頂戴?」
「これ?」
「うん。ありがと」
「何に使うの?」
「……秘密。ところで、髪を揃えてくれない?」
「髪?」
「髪が不揃いなの。これで揃えて」
そう言って彼女は、僕にナイフを渡して背中を見せた。
衛兵にスッパリと斬られた後ろ髪が、片寄ったVの字になったままだ。
「上手くできる保証はないけど、いいの?」
「いいよ」
僕は、手探りでなんとかナイフを動かす。
ナイフの切れ味が良かったせいか、思ったより簡単に揃えることができた。
出来上がり、綺麗なショートヘアの彼女がこちらを向く。
「……ちょっとは見える?」
「何に?」
「……いずれ分かる」
「了解。そろそろ行こうか」
「ええ」
そんなこんなで僕たちを乗せた馬は、平原を越えた。




