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結局、その晩から彼女は店に来なくなった。
彼女がいなくなってからは手の込んだ料理をする気が起きず、
安い食材で簡単かつチープな料理を食べる日々に戻っていた。
「……美味しくないな」
以前と同じ調味料を溶かしただけのスープを一口飲むが、美味しくない。
ただ塩っ辛いだけ。
深みなんて何も無い。
それでも以前は、当然のように美味しく飲めていたはずなんだけど。
「……そっか。気づいたのか」
これは奴隷の食べる料理、普通の人が食べる料理じゃないってことに。
彼女が持ってきた食材を使い、彼女を満足させるような料理を作って、彼女からアドバイスされる。
そんな生活の中で、僕の意識と舌が変わってしまったんだろう。
目の前にあるこんな料理じゃ、他人も自分も喜ばない。
そりゃ彼女もマズイって言ったわけだ。
「幸せってなんだろうな」
誰に言うわけでもなく、天井を見ながら呟いた。
奴隷と一口に言っても、様々な職についている人がいる。
飲食店や農業に就く雑用奴隷は良い方。
中には炭鉱に押し込められた人や、コロシアムの見世物として戦い続けている人もいる。
それを締め付けているのは、カーストという風習だ。
それが運命だとすれば、それはある意味で生まれもった運。
なら、僕はまだ運が良い。
僕は寝る場所も、食べる物もある。
そう考えれば、今の生活も決して悪くないと納得させていた。
「よく分かんない」
彼女の言った言葉。
もし、僕が奴隷じゃなかったらどうなっていたんだろう。
料理人でもなっていたのかな。
もっと料理の勉強をして、人を喜ばせるような料理を作っていたのかな。
それが叶うのは、いつの話かな。
そんなことを考えていたら、瞼が重くなっていた。