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かけひき  作者: 星空
5/6

第5話 嫉妬

 一也の寝顔を見ながら、紀子は完全に心を奪われていった。

一也の運転する車は、公園を離れ、広い通りに出ると、うまく渋滞を回避しながら走行した。

「ね、ちょっとそれとって」

一也の左手は、後ろの座席のCDケースを指差していた。紀子は言うとおりにケースを取ると、一也の方を見た。

「ね、開けて、中から好きなCD取って」

紀子はそおっとケースを開けると、一枚一枚アーティストを確認しながらCDを選んだ。紀子のお気に入りのアーティストが、たくさんあった。その中に、ラリー・カールトンの『スリープ・ウォーク』というアルバムを見つけて、手に取った。久しぶりに聴いてみたくなったのだ。

「これにしましょう」

紀子が、運転している一也に見える位置までCDを持ち上げると

「ああ、このCDいいよね。ラリーさんのサイン入りなんだよ」

「え?」

紀子は驚いて、CDをまじまじと眺めた。言われるまで気づかなかったが、よく見るとそこにはラリーのサインと一緒に『To Naomi』と書いてあった。

「なおみ・・さん?」

「ああ、それ、奥さんの名前だよ。一緒にライブに行った時、書いてもらったんだ」

「そうなの・・貴重な一枚ね」

「ああ、そうなんだ」

そう言いながら、オフコースのCDとラリー・カールトンのそれとをチェンジした。

(なおみさんっていうのね。・・やだな、なんだか)

瞬間に紀子は、会ったこともない「なおみさん」に嫉妬した。そして、右手を思わず運転している一也の左腕に絡ませた。急に独占したくなったのだ。びっくりした一也は、いつもの笑顔で紀子を見つめた。

「どうしたの?」

「・・・なんでもない」

そう言うと、紀子はそのまま彼の左腕をぎゅっと握り締めた。


無言でしばらく走ると、一也が言った。

「時間、何時まで大丈夫なの?」

「え?」

急に現実に引き戻された紀子は、一也の腕から右手をはずすと、時計を見た。もうすぐ5時をさしていた。そういえば、いつのまにかあたりは暗くなり始めていた。

(何時でも大丈夫よ)

そう答えたかった紀子だったが、つい口をつぐんでしまった。

「ご主人は何時に帰ってくるの?夕飯の仕度とかあるんでしょ?」

「え?あ、うん・・・」

(本当はそんな必要ないのよ・・・)

戸惑っている紀子をよそに、一也はさらっと言った。

「そろそろ会社に戻らないといけないから、最寄の駅に送るよ」

「あ、うん・・・ありがとう」

店長である彼は、仕事が忙しかった。そして、仕事熱心だった。そんなまじめなところも、彼の魅力のひとつだ。


 紀子には音楽も何も聞こえなかった。もう別れなければいけない。しかも、本当のことを言えないまま。

(どうしよう、結婚してないって伝えなくちゃ)

そう思っているうちに、あっという間に駅に着いてしまった。淋しそうな紀子を見ながら、一也が言った。

「ねえ、また会ってくれるでしょ?」

「はい」

紀子は笑顔で答えた。一也も笑顔だった。

「またメールするから」

「私も。じゃ、またね」

紀子は助手席のドアを開けると、さっと降りた。名残惜しそうにドアを閉めると、運転席の彼はにっこり微笑んで左手を上げ、静かに走り去っていった。

 外の空気はとても冷たくて、紀子は手に持っていたコートを急いで羽織り、マフラーを首に巻いた。静かに走り去っていく水色の車を見送りながら、紀子はなぜか涙が出そうになった。




 紀子は「結婚しているというのは嘘」だということを伝えることができずに、あっさりと別れてしまった。はたして次の展開は・・?

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