第4話 公園
車でドライブをしながら、とある公園にたどり着いた紀子と一也。静かに流れる時間の中で、お互いに心惹かれあっていく。
「外は寒そうだね」
「そうね」
公園の駐車場に車を停めた。本当は散歩でもしようと思ったのかもしれないが、寒そうなので、エンジンを切らずに、暖房のかかっている車の中で過ごすことにした。そして、かかっているCDをユーミンからオフコースに変えた。
「仲島さん、オフコースが好きなの?」
「いや、君が好きだって言ってたからさ」
本当によく覚えている。確かに以前、そんな話をしたことがあった。仕事柄だろうか、とてもよく気が回る人だと紀子は思った。
(それとも・・・私の気を引くためかもしれない・・)
そんな考えがふっと頭に浮かんだが、すぐにかき消した。
「小田和正が出したベストだよ。昔の曲をカバーしたんだ」
そう言いながら、一也は少しカーステレオのボリュームを上げた。彼の言うとおり、1曲目から聴き覚えのある歌が流れてきた。
「懐かしい、この曲がヒットしたのって確か高校生のころだわ」
紀子は急に懐かしさでいっぱいになった。うれしそうな紀子を見て、一也もとても満足だった。
一也が車のシートを倒した。紀子はドキッとした。
(え?まさか・・・)
紀子の予感はまったくはずれたらしく、シートを倒した一也は静かに目を閉じると、そのうちにスーッと寝息を立て始めた。
(え?うそでしょ・・・?)
隣にいるちょっと素敵な笑顔の彼は、デートの途中で、しかも初めてのデートで、昼寝をしてしまったのだ。小田和正の歌声が、子守唄になってしまったみたいだ。紀子はなんだかあきれてしまった。
紀子は昔、たった一度だけ、出会い系サイトで知り合った男性と実際に会ったことがあった。その彼は、メールのやりとりではとても優しい感じの人だと思ったのだが、実際に会ってみると、印象がメールから受けるそれとは全然違っていた。その日、その男はいきなり紀子をホテルに連れて行こうとした。その瞬間、完全に彼女の心はその男から離れた。彼女が嫌がるのをほとんど無視して、手をつなごうとしたり、抱き寄せてキスをしようとしたり・・本当に最悪の出来事で、今では忘れられない苦い思い出でしかなかった。
一也と実際に会うまで、半年もメール交換を続けたのはそういう理由からだった。この人なら大丈夫、というふうに確実に信頼できるまでは、会う気になれなかったのだ。そこまで慎重だったにもかかわらず、それでも、実際にこうして会ってみると、やっぱり紀子には、ひょっとしてそんなことがあるのでは・・・という不安が拭い去れなかった。
しかし、今、隣りですやすやと眠っている彼を見ていると、到底そんなことは考えられなくなっていた。
(なんて人なの・・)
そう思いながらも、無防備な彼の安心しきった寝顔を見ていると、なぜだかとても、いとおしさがこみあげてくるのを感じた。そして、ふと、健康的に陽に焼けた彼の頬の辺りに、キスしたいような衝動に駆られた。そんな感情が自分の中にあることに、紀子は少し驚いていた。
「うーん・・・あ、ごめん、寝ちゃって・・」
「よく寝てたわ、お疲れですね、店長さん」
一也はシートを起こすと、紀子のほうを見て微笑んだ。そして、右手で彼女の髪をそっとなで「ありがとう」と言った。紀子は、素直に嬉しかった。
時計をチラッと見ると、一也はギアをバックに入れ、車のアクセルを踏み込んだ。
「もう少し暖かくなったら、公園を散歩しよう」
そう言うと、静かに車を走らせた。オフコースのCDは、ちょうど一巡したところだった。
お互いに好意を持ち始めた二人。しかし、紀子はまだ嘘をついたまま。はたして、これから二人の恋はどのように展開していくのか。。