第3話 ランチ
失恋の痛手から、やさしさがほしくて出会い系を利用した紀子。そして、ついに、その彼と実際に会ってしまった。ところが、結婚しているはずの彼が、実は、離婚していた。また、独身である紀子は、彼に、既婚者だと嘘をついてしまっている。本当のことを伝えなければと思うと、紀子はとても気が重かった。
お茶だけのつもりが、しっかりランチを食べ終えて、二人とも何だかおかしくなってしまった。
「ねえ、仲島さん、食事まだだったの?」
笑いながら紀子が尋ねると、和也はおどけて言った。
「さあ、どうだったかな〜?最近ちょっとこの辺が・・」
「太った?」
「当たり!あはは!そういうのりちゃんは、おなかすいてたの?」
紀子も実はしっかりと早お昼を食べてきたのだった。
「あら、だって、待ち合わせが2時だったんだもの。それに、昼ごはんはちょっとだけだったから。」
「どおりで、残さず食べたわけだ。おいしかったね。」
「そうね、しっかり食べちゃった。でも、もう入らない、おなかいっぱい。」
食後のコーヒーを飲みながら、二人はとてもリラックスしていた。本当に初めて会った気がしなかった。
「そろそろ行こうか。」
紀子は一瞬ドキッとした。一体どこへ行こうというのか。
ランチは一也がご馳走してくれた。
「ごちそうさま。」
「どういたしまして。」
そう言いながらにこっと笑って、早歩きでさっと外に出た。(歩くの速いんだな)一つ一つの動作が新鮮だった。(本当、ちょっと太り気味かも。)そんなことを思いながら、駐車場に停めてあるジャガーに向かって歩いて行った。
一也が、助手席のドアを開けて待ってくれていた。
「どうぞ」
「ありがとう」
しばらくドライブをした。いろんな話をした。いつもメールで話していた二人。だから、初めて会った気がしないのだ。CDは、紀子の好きなユーミンがかかっていた。
「ユーミンのバックの演奏、とってもしっかりしてるよね。」
「そうね、結婚してから、ご主人のアレンジになって良くなったわね。」
「そうだよね、すごくいいよね、こういう結婚って。才能と才能が結ばれたね。」
「ほんとよね。」
音楽の話になると、とても盛り上がる二人だった。どんどんいろんな話に展開していく。そうして楽しい時間はどんどん過ぎていくのだった。
紀子は、時々窓の外を見てはふっとため息をついた。(なかなか言い出せない。早く言わなくちゃ・・・)そう心で思うものの、紀子は肝心なことが言えないでいた。そんな様子も、和也には全く気づいてないらしかった。
「既婚者 42歳〜」のプロフィールを見て、紀子が彼を選んだ理由。それは、『既婚者』だったから。紀子は、結婚というわずらわしさから逃れたかったのだ。約3年、同棲していた彼に対する愛情が、あまりにも深く、それだけに傷つきが深かった彼女は、そんな心の隙間を癒してくれる人がほしかったのだ。結婚相手がほしかったわけではないのだった。ほんの少しのやさしさ、それだけでよかった。それ以上は何もほしくなかった。もう、人を愛することなどできないと思った。そのくらい、別れた彼を愛していたのだった。別れた今も、ずっと。だから、既婚者なら、そう、奥さんを愛している既婚者なら、フェアなはず。これが、紀子が仲島一也という男性にメールを送った理由だ。
出逢ったばかりのメール交換ー
「紀子さんは、いくつですか?結婚してるの?僕は42歳。奥さんと、子どもが一人います。子どもはかわいいよ。12歳の女の子。今度中学生になります。〜」
「私は今年38歳です。結婚しています。子どもはいません。〜」
幸せそうな一也のメールに、つい嘘の返信をしてしまった。独身なのに、結婚している、と。3年間の同棲生活は、婚姻関係にはなかったものの、結婚しているとほぼ同じ状況だった。だから、紀子が嘘をついても、それほど違和感を感じていなかった。それに、一也と結婚するということは、これっぽっちもありえないのだから。
そのときから、紀子はずっと、一也に嘘をつき通している。だから、こうして実際に会っている今でも、一也は、『紀子が結婚している』と信じきっているのだ。
(いつかは言わなくちゃ、本当のことを・・。でも、どうして仲島さんは離婚してしまったのだろう。これじゃあ、話が違ってきてしまう・・)
そんなことから、紀子はとても気が重かった。
車はいつしか住宅街を抜けて、郊外の広々とした公園に到着した。寒い冬の昼下がり、広い駐車場には、水色のジャガー以外に車は一台も止まっていなかった。
お互いに対する認識にずれがある二人。お互いに心惹かれあう紀子と一也。これからの二人の関係は、いったいどうなっていくのか。