乙女ゲームの(推定)ヒロインに転生したので、悪役令嬢に美容家電を売りつけることにしました
うわ、異世界転生してる。
なんでそう思ったかって?
髪がピンク色だったからだ。
肩に垂れた一房をつまんで、日にかざしてみる。染めたとかいうレベルじゃない。根元から毛先まで、混じりけなしの桃色だ。
ついでに言うと瞳もピンクらしい。この体の記憶がそう言っている。
私だけじゃない。周りを見れば、同じ制服を着て校門をくぐっていく生徒たちの髪は、金髪や赤毛、茶髪や黒髪といったスタンダードカラーの他、黄緑や水色、薄紫といった、どう見ても自然界にはありえない色彩のオンパレードだった。
正直、目がチカチカする。
おおおおお落ち着け私。とりあえず状況を整理するんだ。
この世界での私の名前はリーナ。
王都の片隅で母娘二人、ひっそり暮らしていたところ、五歳の時に突如現れた男爵だという父の家に引き取られ、十五歳になった今日、王立学院の入学式に出るところだ。
……乙女ゲームのオープニングかな?
一学年上にはこの国の王太子、同学年に第二王子と騎士団長の息子と宰相の息子と魔導伯の息子がいる。ちなみに髪色は最初から順に、金、銀、赤、青、白だ。
今日が初対面のはずの彼らを、どうして見分けられたかといえば。
入学式のステージに制服姿の金髪イケメンが立ったとたん、
「まぁ、ご覧になって。王太子殿下よ!」
「生徒会長をされているのよ。素敵ねえ」
などと無駄に説明的な囁きが聞こえ。
王太子殿下の歓迎の挨拶に答辞を述べた銀髪の少年に対しても、
「第二王子殿下だ」
「側室腹だが、噂では兄君より優秀らしいぞ」
などと、何で今ここでそれ言った? と突っ込みたくなるような話し声が聞こえてきたからだ。
その他のメンバーについても似たような感じで、入学式だというのに中庭で剣を振っていたり、まだ授業も始まっていないのに分厚い本を抱えて廊下を歩いていたり、一人だけ制服ではなく黒のローブを着た白髪の少年が、何やらぶつぶつ呟いていたりと、挙動不審な生徒に出くわすたびに、どこからともなく解説者が現れた。
……乙女ゲームのオープニングだな。
入学式後に教室に入れば、担任はやたらと気だるげなラベンダー色の髪の美青年だし、同じクラスになぜか第二王子と騎士団長の息子と宰相の息子と魔導伯の息子がいる。
いくら何でも集めすぎだろ。
集めすぎといえば、もう一人。
ストレートの黒髪に紫の瞳。すらりと背が高く、身動きするたびに背景に花が見えるようなとんでもない美少女が、一番後ろの席に座っていた。
「公爵令嬢のクラヴィス様よ」
「第二王子殿下とは幼馴染の婚約者だけど、あまりうまくいってないらしいわ」
はい、解説乙。
てことは、彼女はさしづめ悪役令嬢ポジションか。
これで、ひとまず登場人物はすべて揃った感じかな?
(しかし、困った)
私、このゲーム――もしかしたら小説とか漫画かもしれないけど――が何なのか、全然知らないんですけど――!
◆◆◆
今日は入学式とオリエンテーションだけで帰宅した。
てか、王族だの高位貴族だのが揃って学校に通ってたり、生徒会があったりするのっておかしくない?
まぁ、乙女ゲームなんてそんなもんだと言われればそれまでだけど。
自室に戻り、ベッドにぽすんと寝転がる。
この家の中もねえ。
トイレは魔石を使った洗浄システム。お風呂は魔石でお湯を沸かし、シャワーもある。
聞けば魔石を使った冷蔵庫や冷凍庫的なものもあるそうだ。
万能だな、魔石。
それはともかく。
ぼんやりとした前世の記憶によれば、ピンク髪にピンクの瞳は乙女ゲームや乙女小説? のヒロインのトレードマーク。
だが昨今の流行では、ピンク髪のヒロインは当て馬で、真のヒロインは悪役令嬢であることのほうが圧倒的に多い。
しかもしかも、ピンク髪のヒロインは高確率で頭も性格も悪く、悪役令嬢の婚約者に手を出した結果、終盤でざまぁされた挙句、死ぬか死ぬよりひどい目に遭う。
いや無理。
何が無理って、おそらく攻略対象だろう、金、銀、赤、青、白と、ついでに隠しキャラっぽいラベンダー髪の教師の誰一人、魅力的に思えないのだ。
詳しいことは忘れてしまったが、前世の私はとうに成人し、社会経験も積んだ三十――いや、もしかすると四十歳くらいにはなっていたように思う。
そんな私の目に映る彼らは、申し訳ないけど子ども過ぎて――ラベンダー頭の教師さえ、せいぜい大学を出たての新入社員くらいの年齢だ。
今さら恋だの何だのに現を抜かすより、卒業後の生活をどうするかのほうがよほど切実な問題だった。
父は男爵とはいえ、領地を持たない法官貴族。
要は、うだつの上がらない文官だ。
そんなんでよく愛人の娘である私なんかを引き取ったなと思うけど、どうやら母譲りの美貌を持つ私を金持ちの家に嫁がせて援助させようという腹らしい。
ちなみに父の元愛人だった母は、とうの昔に父になど見切りをつけて、今では王都でブティックを経営する立派な職業婦人である。
私を引き渡す代わり、母は父に「今後一切、金の無心に来ない」という誓約書を書かせたそうだから、父の将来性なんて推して知るべしだ。
「うーん……」
私はのそのそと起き上がり、今日配られた教科書にぱらぱらと目を通した。
魔法以外のほとんどの教科は、前世の知識があれば何とかなりそうだ。
と、いうことは。
「決めた」
王立学院での三年間は、社会人として自立するための準備期間。
せっかく同じクラスに高位貴族の坊ちゃん嬢ちゃんがわんさかいるのだ。
彼らの人脈を使わない手はない。
――ただし、間違ってもゲームの罠に嵌まらないように。
◆◆◆
私は猛烈に勉強した。
中でも魔法と魔石の仕組みについて。
そのせいで魔導伯の息子(白髪)にたびたび絡まれることになったが、これは正直ありがたかった。何しろこの国の魔石研究の中枢にいる家の跡取りである。
「あの、この式の第三項なんですけど」
「……君は」
「教えてください」
彼が何か言いたげに口を開くたび、私は容赦なく質問を被せた。魔石の共鳴周波数、術式の刻印精度、出力の減衰率。聞きたいことは山ほどある。
しばらくすると、彼は私が何も言わないうちから、最新の論文の写しやら、魔石回路の設計図などを見せてくれるようになった。
その都度、おまけのように花やお菓子がついてくるのは気になったけど、それについては特に何も言われなかったから、私も何も言わずに受け取った。
その一方で、私がロックオンしたのは悪役令嬢のクラヴィス様だ。
この国の生活インフラになくてはならない魔石。
その魔石を豊富に産出する鉱山のほとんどは、クラヴィス様のお父上の公爵が治める領地にあるという。
王立学院に通いながら、せっせと魔石工学を学んだ私が最初に作ろうと思いついたのは、髪を乾かす道具だった。
トイレやお風呂、冷蔵庫や冷凍庫、はてはコンロまで魔石で動くこの世界だが、美容家電系のアイテムはまったくといっていいほどなかったからだ。
魔石で風を起こし、同時に加熱する。理屈は簡単なはずだった。
仮称、「毛髪乾燥機」。身も蓋もないネーミングだけど、今はそれでいい。どうせ商品化すれば、もっとキャッチーな名前をつけるのだ。
初号機は、加熱に失敗して前髪が焦げた。
二号機は風が強すぎて手から吹っ飛んだ。
三号機はようやくまともに動いたが、今度は魔石の消耗が激しすぎて、平民が買える値段に収まらないことが判明した。
「風と熱を同時に魔石で起こそうとするからだよ」
魔導伯の息子――その頃には「サヴィル」「リーナ」と名前で呼び合う程度には親しくなっていたが――に指摘され、私は「なるほど」と膝を打った。
「なら、熱だけにすればいいのよね」
そうして私が最初に完成させたのは、魔石を使ったフェイススチーマーだった。
「クラヴィス様。あの、実はこんなものを作ってみたんですけど」
魔石で加熱された水は、温かく柔らかな蒸気となって吹出口から立ちのぼる。それを浴びることで潤ったお肌は透明感がアップする。
もともと美肌の持ち主だったクラヴィス様は、試供品として差し上げたスチーマーを使い始めてからは、さらにその美しさに磨きがかかった。
おかげで、実はクラヴィス様への恋慕を拗らせていただけだった第二王子が、このままでは美しい婚約者を他の男に掻っ攫われてしまう! と焦った挙句、不仲説が嘘のようにまめまめしく愛を囁くようになったらしいが、私としては「へえ、そう」くらいの感覚だ。いいわねえ、若い子は初々しくて。
喜んだクラヴィス様は私を父君の公爵閣下に紹介してくださり、折しも魔石製品の販路を拡大しようとしていた公爵様は、研究用の魔石を格安で卸してくださった上、開発資金まで援助してくださった。
ついでに教えていただいたのが、魔塔の存在だ。
新しい魔石製品を売るには、まず魔塔に術式を登録しなければならない。認可されれば、以後その術式で稼いだ金の何割かが開発者に入る。
前世でいう特許みたいなものだ。
スチーマーが認可された日、私は初めてこの世界でも生きていける、という手応えを感じた。
「……例の、毛髪乾燥機だけど」
サヴィルが私を訪ねてきたのは、学院卒業を間近に控え、王都内で家を探していた時のことだ。
父にはまだ内緒だが、卒業したら、父の家からは籍を抜くつもりだった。
やはりというか、父は私をどこぞの金持ちの後妻に押し込むつもりで、あれこれ画策しているようだったから。
サヴィルは懐から一枚の紙を取り出した。
「これ。新しく回路を組んでみた。これなら一つの魔石で風も熱も発生させられるから三号機より小さくできるし、エネルギー効率も上げたから、その分魔石も長もちする」
「ええっ! すごいじゃない、サヴィル! 早速魔塔に申請しなきゃ。商品化は私に任せてね。今後のあなたの研究資金になるくらい、がっつり稼いであげるから!」
「いや、そもそも毛髪乾燥機は君の発明だろう」
と言うサヴィルに、私は「いやいや」と慌てて両手を振ってみせる。こんな若い子から搾取するなんてとんでもない。
「でもこの回路がなきゃ商品にはならないもの」
「じゃあ、魔塔には共同開発者ってことで申請すればいい。本体は君が作るわけだし」
「うーん……。まあ、それなら……」
「それと」
サヴィルは私が机に置きっぱなしにしていた王都の地図に目をやった。
目ぼしい借家に、私が赤で印をつけておいたものだ。
できれば家ではなく工房がいい。少なくとも、魔石を置いておける物置と、作業できる広い部屋が欲しい。
けれど、そんな物件は軒並みかなりのお値段で――。
「工房を探しているなら、ここがお勧めだよ」
サヴィルは、私がつけた丸印のひとつに長い指を置く。
私も、ひそかにいいなと思っていた建物だ。
「そうね。魔塔にも近いし、歩いていける距離に市場もあるし。でも一人で住むには大きすぎるし、そもそもお値段が……」
「実は、そこ、さっき買ったんだ」
「買っ……!?」
サヴィルは私の驚いた顔を見て、悪戯が成功した子どものように笑った。
その顔が思ったより大人びていることに、私は今初めて気づいてちょっとどきりとする。
「よかったら、一緒に使わない? 学院を卒業したら、開発に詰まるたびに、一々僕を訪ねてくるのは面倒でしょう」
「う……うん。それはそう」
「ついでに僕と結婚すれば、男爵家からも籍を抜けて一石二鳥だよ?」
「っ!? そ、それは……っ」
絶句したのは、不意にサヴィルが私の前に跪いたから。
黒いローブが、一拍遅れてふわりと広がる。
ローブの襟にきらりと輝いているのは、超難関資格と言われる魔導補佐官のバッジだった。
サヴィルは両手で私の手を掬い上げ、上目遣いで私を見た。
自然界にはあり得ない、灰色に金の斑が散った不思議な瞳。
「僕のこと、嫌い?」
「嫌い……では、ない、けど」
「一緒に暮らすのは無理?」
「無理……でも、ない」
何だ何だ。胸がめっちゃどきどきするぞ。
だってこの子は年下で――でも、この世界では同い年で。
おそらくは、乙女ゲームの(推定)攻略対象で――でも、私は(推定)ヒロインで。
私の質問には何でも答えてくれて、困った時には助けてくれて。
共通の話題で盛り上がる時間は、実は結構楽しくて。
「ずいぶん前から、僕は君のことが好きだよ」
ああ、もう駄目だ。断る理由が一つもない。
「……うん。実は、私もそうだったみたい」
私の言葉に、サヴィルは花がほころぶように嬉しそうに笑った。




