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第三十一話 「価値なし物件の契約」

翌朝。


レインは、ギルドへ向かう前にもう一度だけ支出メモを見直していた。


銀鈴亭の宿代。


食費。


リナの薬代。


素材費。


エレナへの給金。


今後必要になる家具や備品。


そして、西通り外れの小館の家賃。


数字だけを並べると、現実はかなり重い。


だが、それでも小館を借りる方が長期的には安い。


問題は、初期費用と保証人。


それから、あの家を使える状態まで整える手間だった。


レインは小さく息を吐く。


「やること、多いな」


机の向こうで、シエルが干しパンを小さくかじっていた。


「でも、家になる」


「まだ契約できれば、だけどな」


「できる」


「根拠は?」


シエルは少し考えてから言った。


「レインが、する顔してる」


「どんな顔だよ」


「諦めてない顔」


そう言われると、返す言葉に困る。


シエルの言葉は短い。


けれど、妙に逃げ場がない。


レインはメモを畳み、鞄へ入れた。


「まずはギルドでグラントさんに相談する」


「保証人?」


「ああ。個人で借りるより、ギルドを通した方が話が早そうだ」


「グラント、怖いけど優しい」


「本人の前で言うなよ」


「言わない」


シエルはそう言って、真面目に頷いた。


本当に言わないかは少し怪しい。



隣室では、エレナがリナの髪を整えていた。


リナはまだベッドの上だが、昨日より顔色がいい。


粥も少し食べられるようになった。


それだけで、部屋の空気がまるで違う。


「おはようございます、レインさん」


「おはようございます。リナは?」


「夜はよく眠れました。朝も少しだけ食べられています」


レインがリナを見ると、ログが浮かぶ。


---


【対象:リナ】


状態:


回復傾向

魔力病:低

魔力循環:安定中


死亡率:


3% → 2%


【精霊交信】:


微弱発現

安定訓練前


推奨:


継続投薬

静かな生活環境

栄養補給

精霊反応の記録


---


二パーセント。


まだ油断はできない。


だが、確実に良くなっている。


リナはぼんやりと目を開け、レインを見た。


「黒いおにいちゃん……おはよう」


「おはよう。そろそろ別の呼び方を覚えないか?」


「黒いおにいちゃんは、黒いおにいちゃん」


「そうか……」


シエルが横から言う。


「名前、長い」


「そこじゃない」


エレナは申し訳なさそうに笑っていたが、以前のような張り詰めた表情ではない。


リナが笑う。


それだけで、エレナも少しずつ息を取り戻しているようだった。


レインはエレナに言った。


「今日は小館の契約について、ギルドに相談してきます」


「私も行った方がよろしいでしょうか」


「今日はリナのそばにいてください。契約の話が進んだら、改めて一緒に確認してもらいます」


「分かりました」


エレナは頷き、それから少し迷ったようにレインを見た。


「レインさん」


「はい」


「もし、あの家を借りられたら……最初に掃除の段取りを組ませてください」


「掃除の段取り?」


「はい。部屋ごとに優先順位を決めた方がいいです。まずリナの療養室、次に台所、水場、寝具、薬草保管室。作業場はその後でも大丈夫だと思います」


レインは思わず感心した。


昨日の内見には行っていない。


それなのに、エレナはもう生活の順番を考えている。


ログが表示される。


---


エレナ


拠点管理適性:


25% → 29%


上昇要因:


生活導線の優先順位設定

療養環境の確保案

作業分担の意識


---


「助かります」


レインがそう言うと、エレナはほんの少しだけ目を伏せた。


「まだ、考えることしかできませんから」


「考えることも仕事です」


「……はい」


エレナは小さく頷いた。


その反応を見て、レインは改めて思う。


この人は、自分の価値をかなり低く見ている。


けれど、エレナの視点は必要だ。


レインにはログがある。


しかし、日々の暮らしを実際に回す目は、エレナの方がずっと優れている。


この人を雇うと決めたのは、間違いではなかった。



ギルドに入ると、いつもより少し視線が集まった。


以前のような嘲笑ではない。


好奇。


期待。


それから、少しの遠慮。


昨日、クラウスの無謀な護衛依頼を止めたことは、すでに広まっているらしい。


「おい、支援屋だ」


「昨日の経路変更、当たってたらしいぞ」


「石畳が割れてて、荷車止まりかけたって聞いた」


「マジかよ。あいつ、本当に危険箇所読めるのか?」


そんな声が耳に入る。


レインは歩きながら、少しだけ肩をすくめた。


支援屋。


もう定着しかけている。


雑用係よりはずっといい。


だが、本人としてはまだ慣れない。


シエルが横を歩きながら、小さく言う。


「嫌?」


「嫌ではない」


「じゃあ、いい名前?」


「まだ分からない」


「私は、悪くないと思う」


「そうか」


「うん。レイン、人を助けてる」


その一言は、昨日グラントに言われた言葉より、少し違った形で胸に残った。


受付のエマが、レインを見つけて明るく手を振った。


「レイン君、おはよう」


「おはようございます。グラントさんに相談があります」


「うん。たぶん来ると思ってた」


「思われてたんですか」


「昨日、女将さんから小館の件で連絡があったから」


話が早い。


レインは少し驚いた。


エマは苦笑する。


「西通りの幽霊屋敷でしょ?」


「幽霊はいませんでした」


「もう調べたんだ」


「古い防犯魔道具の誤作動と、地下の呪詛吸着石が原因みたいです」


エマは一瞬、言葉を止めた。


「……普通、幽霊屋敷を見に行って、その日のうちに原因まで見つけないよ?」


「そうですか?」


「そうだよ」


周囲にいた冒険者たちも、微妙な顔をしている。


「幽霊屋敷を一日で攻略したみたいになってるな」


「しかも借りる気なのか?」


「あいつ、価値なし物件まで使えるようにするのかよ」


レインは聞こえないふりをした。


エマは奥へ確認に行き、すぐ戻ってくる。


「ギルドマスターが会うって。ボルドさんもいるよ」


「分かりました」



会議室には、グラントとボルドがいた。


グラントは腕を組み、ボルドは何やら古い資料を広げている。


レインが入ると、グラントは開口一番に言った。


「幽霊屋敷を借りたいそうだな」


「幽霊はいません」


「そこはどうでもいい」


どうでもよくはないと思うが、今は本題ではない。


ボルドが興味深そうに身を乗り出す。


「防犯魔道具の誤作動と聞いたが?」


「はい。旧式の侵入者検知魔道具が暴走していました。地下には呪詛吸着石があり、許容量を超えて少し漏れていました」


「それを見つけたのか」


「見つけただけです。完全な処理はまだです」


「十分だ」


ボルドは楽しそうに笑う。


「普通の借り手なら逃げ出す。お前は原因を見つけて、使える部分まで見ている」


グラントが低く言った。


「それで、保証人が必要という話だな」


「はい」


レインは頷く。


「個人で契約するには信用が足りません。ギルドを通せるなら、お願いしたいです」


グラントはしばらく黙っていた。


会議室が静かになる。


やがて、彼は言った。


「条件がある」


「条件?」


「その小館を、単なる住居ではなく、ギルド協力拠点として登録する」


レインは一瞬、意味が分からなかった。


「ギルド協力拠点?」


「正式な支部ではない。だが、探索支援や薬草保管、緊急時の一時避難場所として登録する。もちろん、お前たちの生活が最優先だ。勝手に冒険者を出入りさせるわけではない」


「つまり……」


「ギルドが保証人になる代わりに、その小館の一部機能をギルドにも役立ててもらう」


ボルドが補足する。


「元薬師工房なら、調合台や保管室があるだろう。リナという子の治療にも使えるし、旧排水路調査にも近い。悪くない位置だ」


レインは考えた。


ギルド協力拠点にすれば、信用は上がる。


保証人の問題も解決する。


場合によっては、防犯魔道具や呪詛吸着石の処理にも協力を得られるかもしれない。


だが、拠点の情報が広まる危険もある。


邪神教に知られれば、狙われる可能性もある。


ログが浮かんだ。


---


選択肢:


【個人契約を目指す】


成功率:31%

利点:独立性が高い

欠点:保証人問題、初期費用負担大


【ギルド協力拠点として契約】


成功率:82%

利点:信用、保証、情報共有、防犯支援

欠点:一定の報告義務、ギルド関係者の認知


推奨:


ギルド協力拠点契約


---


「……悪くない」


レインは小さく呟いた。


グラントが目を細める。


「どうする」


「受けます。ただし、条件を確認したいです」


「言え」


「生活区画は完全にこちらの管理にしてください。特にシエル、リナ、エレナの部屋には、俺たちの許可なく誰も入れないこと」


「当然だ」


「調合作業場と地下保管室は、用途を分けたいです。リナの薬用素材とギルド用素材を混ぜたくありません」


「妥当だ」


「それから、邪神教の件があります。拠点の情報は必要最低限に抑えてください」


グラントは短く頷いた。


「そのつもりだ。知るのは俺、ボルド、受付責任者のエマ。それから契約担当者だけにする」


「なら、お願いします」


グラントは机の上に書類を出した。


「契約自体は管理人との交渉になるが、ギルドが保証に入る。家賃はお前持ち。修繕費は内容によって一部ギルドが負担する」


「防犯魔道具の修復は?」


ボルドがにやりと笑った。


「それは私が見たい。研究としてな」


「怪しいんですけど」


「失礼な。半分は善意だ」


「半分は?」


「好奇心だ」


レインはため息を吐いた。


だが、ボルドが協力してくれるなら正直かなり助かる。


旧式防犯魔道具を正しく直せれば、邪神教への対策にもなる。


ログが表示された。


---


契約条件:


ギルド協力拠点登録


保証人:


冒険者ギルド


支援内容:


契約保証

防犯魔道具調査

呪詛吸着石処理支援

旧排水路情報共有


評価:


非常に有利


---


「……有利すぎて怖いな」


「何がだ」


グラントが聞く。


「いえ、こちらの話です」


シエルが横から袖を引いた。


「レイン、困ってる顔じゃない」


「分かるか?」


「うん。少し、嬉しい顔」


「……そうか」


レインは書類を見る。


ギルド協力拠点。


小館。


住む場所。


戻る場所。


昨日まで、そんなものを持つとは思っていなかった。


けれど今は、それが現実になりかけている。


グラントがペンを差し出した。


「管理人との交渉は今日の午後に行う。お前も同席しろ」


「はい」


「それまでに、必要な修繕箇所を一覧にしておけ」


「もうだいたいあります」


レインはエレナからもらったメモと、自分の調査メモを出した。


水場。


台所。


療養室。


地下保管室。


防犯魔道具。


呪詛吸着石。


家具。


換気。


窓鍵。


裏口。


グラントがそれを見て、少しだけ眉を上げる。


「用意がいいな」


「エレナさんの確認項目がかなり役に立ちました」


「エレナ?」


「リナの保護者です。生活面の見方が鋭い」


ボルドが興味深そうに言う。


「ほう。拠点管理役か」


「本人はまだそう思っていないでしょうけど」


ログが浮かんだ。


---


拠点管理候補:


エレナ


発現条件:


固定拠点

生活導線設計

住人管理

帳簿管理

備品管理


現在発現率:


29%


---


やはり、拠点が必要だ。


エレナのためにも。


リナのためにも。


シエルのためにも。


そして、レイン自身のためにも。



午後。


西通り外れの小館の管理人は、思ったよりも腰の低い男だった。


名をダルトンという。


中年の小太りな男で、額に汗を浮かべながら何度も頭を下げている。


「いやあ、まさか本当に借りたい方がいるとは……」


その言い方は少し失礼だったが、本音なのだろう。


小館の前で、レイン、シエル、グラント、ボルド、ダルトンが集まっていた。


ダルトンは鍵束を握りしめている。


「ご存じかと思いますが、この物件は少々、その、噂がありまして……」


「幽霊の件ですね」


レインが言うと、ダルトンは苦笑した。


「ええ。私は見ておりませんが、夜に光るだの、壁が鳴るだの、誰もいないのに扉が動くだの……借り手がすぐ逃げてしまいまして」


「原因はだいたい分かりました」


「は?」


ダルトンが目を丸くする。


「旧式の防犯魔道具が誤作動しています。地下には呪詛吸着石があって、魔力残滓を吸いすぎて漏れています。夜の発光もその影響でしょう」


ダルトンは口を開けたまま固まった。


「え、ええと……つまり?」


「幽霊ではありません」


「そ、そうなのですか?」


ボルドが横で笑った。


「少なくとも私が見ても、その可能性は高い。適切に処理すれば使える物件だ」


ダルトンの顔がぱっと明るくなる。


「本当ですか!?」


どうやら管理人としても、長年かなり困っていたらしい。


レインの視界にログが浮かぶ。


---


ダルトン


状態:


困惑

期待

早く貸したい


交渉難度:



弱点:


長期空き物件による維持費負担

幽霊噂による借り手不足

修繕費を負担したくない


---


分かりやすい。


ただ、ここで足元を見すぎるのは違う。


長く使うなら、相手とも揉めない方がいい。


レインは書類を出した。


「ギルド保証で借りたいです。家賃は提示額で構いません。ただし、初月は清掃と修繕にかなり費用がかかるので、半月分にしてもらえませんか」


ダルトンは少し迷った。


「半月分ですか……」


グラントが静かに口を開く。


「ギルド協力拠点として登録する。長期契約になる可能性が高い」


ダルトンの顔色が変わった。


「長期……!」


「ただし、最低限の修繕は必要だ」


ボルドも続ける。


「防犯魔道具と地下の処理はこちらで確認する。建物側の大きな修繕が必要なら、後日相談だな」


ダルトンは一瞬で計算したようだった。


長年空いていた幽霊物件。


借り手なし。


維持費だけがかかる。


そこにギルド保証の長期契約。


断る理由はほとんどない。


ログが浮かぶ。


---


交渉成功率:


初月半額:64%


ギルド保証提示後:


64% → 91%


---


「わ、分かりました。初月は半額で結構です」


「ありがとうございます」


「いえいえ! こちらこそ、借りていただけるなら!」


ダルトンは何度も頭を下げた。


シエルが小さくレインに言う。


「安くなった」


「そうだな」


「すごい?」


「グラントさんのおかげだ」


「でも、言ったのはレイン」


「交渉は周りの力を使うものだ」


「レインっぽい」


そう言われて、レインは少しだけ苦笑した。



契約書に署名をする時、レインは少し不思議な気分になった。


名前を書く。


ただそれだけのことなのに、妙に重い。


これまでレインは、どこかに所属する側だった。


パーティの荷物持ち。


雑用係。


追放された冒険者。


でも今は違う。


自分が契約する。


自分の責任で場所を借りる。


シエルやエレナ、リナが戻る場所を作る。


レインはペンを握り、契約書に名前を書いた。


レイン。


その横に、ギルド保証人としてグラントの署名が入る。


ボルドが確認し、ダルトンが管理人印を押した。


その瞬間、ログが表示された。


---


クエスト達成。


『拠点候補を確保せよ』


達成評価:A


獲得:


西通り外れの小館 使用権

ギルド協力拠点 仮登録

初月家賃半額

防犯魔道具調査協力


メインクエスト更新:


『価値なしの家を整えろ』


---


さらに、続けて表示される。


---


拠点機能:


仮解放


現在利用可能:


住人管理

備品管理

危険箇所表示

拠点安全度評価


未解放:


防犯魔道具連動

素材保管最適化

住人スキル発現補助


解放条件:


最低限の清掃

生活区画設定

防犯魔道具修復

地下保管室整備


---


「拠点機能……」


レインは小さく呟いた。


また世界ログの機能が広がった。


どうやら、この場所を拠点として認識したらしい。


レインの視界に、小館全体の簡易図が浮かぶ。


一階。


二階。


地下。


庭。


それぞれに色がついている。


危険箇所は赤。


修繕必要箇所は黄色。


使用可能箇所は薄い青。


まるで、家そのものが依頼対象になったようだった。


---


拠点安全度:


38%


生活可能最低基準:


60%


推奨作業:


1. 療養室清掃

2. 台所清掃

3. 水場確認

4. 防犯魔道具一時調整

5. 地下換気改善


---


「六十まで上げろってことか」


シエルが袖を引く。


「何か見えてる?」


「ああ。この家のやることリストみたいなものが」


「多い?」


「かなり」


「でも、できそう?」


レインは小館を見る。


古い。


埃っぽい。


修繕も必要。


けれど、無理だとは思わなかった。


「できる」


シエルは小さく頷いた。


「なら、大丈夫」


グラントがレインを見る。


「どうした」


「いえ。やることが整理できました」


「そうか。では、まず療養室と台所だな」


レインは思わずグラントを見た。


「分かるんですか?」


「病人がいる。飯を作る。そこが先だろう」


「……その通りです」


ボルドが笑う。


「防犯魔道具は私が見る。地下の石もな。だが、掃除は自分たちでやれ」


「もちろんです」


契約は完了した。


だが、本番はここからだ。


この価値なしの家を、本当に暮らせる場所に変える必要がある。



銀鈴亭へ戻ると、エレナはリナの薬の時間を終えたところだった。


レインが契約書を見せると、エレナは息を呑んだ。


「借りられたのですか?」


「はい。ギルド協力拠点として仮登録されました」


「ギルド協力拠点……」


言葉の意味を理解するのに少し時間がかかったようだった。


けれど、契約が成立したことは伝わったらしい。


エレナの目に、涙が浮かぶ。


「本当に……戻れる場所ができるのですね」


「まだ掃除しないと住めませんけど」


「それでもです」


エレナは契約書を見つめた。


「リナを、ちゃんとした部屋で寝かせてあげられる……」


ベッドの上のリナが、小さく目を開けた。


「おうち……?」


エレナがリナの手を握る。


「はい。まだお掃除が必要ですけど、新しいおうちになるかもしれません」


リナはぼんやりと笑った。


「風の子、よろこんでる」


レインの視界にログが浮かぶ。


---


リナ


【精霊交信】微弱反応


小館周辺の風精霊:


好意的


リナの安定率:


81% → 83%


---


また上がった。


あの小館は、やはりリナに合っている。


シエルは静かに言った。


「私の部屋もある」


エレナが微笑む。


「そうなのですね」


「狭いけど、落ち着く」


「では、きれいにしましょう」


「うん。拭く」


「お願いします」


二人の会話を聞きながら、レインは少しだけ胸が温かくなった。


エレナはもう、自分の価値を少しずつ取り戻し始めている。


シエルも、自分の部屋というものを受け入れようとしている。


リナは風の子の声を聞きながら、笑えるようになっている。


この家は、ただ安く借りられた掘り出し物ではない。


彼女たちが前へ進むための場所になる。


その時、ログが静かに表示された。


---


拠点住人候補を確認。


シエル:


生活安定効果 高


エレナ:


拠点管理適性上昇


リナ:


精霊交信安定環境


レイン:


分岐誘導精度上昇候補


---


「俺にも効果があるのか……?」


レインは小さく呟いた。


ただ家を借りるだけではない。


拠点を持つことで、ログの見え方も変わるらしい。


これからは、依頼だけでなく、生活そのものも整えていくことになる。


雑用係だった頃にやっていたこと。


荷物の整理。


在庫管理。


寝床の準備。


食事。


備品。


危険の確認。


全部、誰にも評価されなかった仕事。


けれど今度は違う。


それらは、この家を守る力になる。


レインは契約書を畳んだ。


「明日から掃除と修繕を始めます」


エレナが頷く。


「はい。まずリナの部屋と台所ですね」


シエルも頷く。


「あと、私の部屋」


「それもだな」


リナが小さく手を上げた。


「風の子の場所も……」


「庭か?」


「うん……くるくるするところ」


レインは笑った。


「小庭も掃除するか」


シエルが少しだけ楽しそうに言う。


「やること、多い」


「ああ。多い」


「でも、嫌じゃない?」


レインは少し考えた。


面倒だ。


大変だ。


金もかかる。


危険もある。


それでも。


「嫌じゃないな」


シエルは満足そうに頷いた。


「じゃあ、いい家になる」


その言葉に、エレナが静かに微笑み、リナも眠そうに笑った。


窓の外で、風が揺れる。


レインにはまだ精霊は見えない。


だが、その風が少しだけ温かく感じた。


---


メインクエスト進行中。


『価値なしの家を整えろ』


現在拠点安全度:


38%


目標:


60%


推奨:


明日より清掃開始


---


価値なしの家。


誰も借りたがらなかった、幽霊が出ると噂された小館。


けれどレインたちにとっては、初めての拠点。


戻る場所。


守る場所。


そして、これから価値を作っていく場所だった。

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