王家の影候補生が平民の特待生を観察していたら思いのほか楽しかった話。
王家の影候補生(影資格有)カゲオ(仮)の才能溢れる特待生トクコ(仮)観察日記……から始まる学院生活のいろいろです。
「校内の案内? ご心配ご無用です。こちらの学院には各所に国内外のあらゆる言語表記がなされた掲示板がございますし、巡回の校内員さんもいらっしゃいますから。まさか、とは思いますが、平民には識字が微妙であるが故に助けを、と思ったりは? されてはいらっしゃいませんか、よかったです。恐縮ながら、自分はこれでも特待生なので、国内語以外の言語も嗜んでございます。よって、先に申し上げましたとおり、ご心配はご無用に存じます。以降も、ご助力願いますときには同性の方々にお願いいたしますので。ええ、万が一のことがございませぬようにですわ。それでは、ごきげんよう」
某月某日、晴れ。
此度、平民ながら特待生として編入試験にみごと合格となった王立学院生は、女性だった。
しかも、現聖女様の直接のご指導を賜る機会を持つほどの聖魔法の使い手であるそうだ。
さらに、雛には稀なる美形。
ということは。
どちらを理由にするかは人または家それぞれだが、有象無象が余計な真似を仕掛けてくる可能性が高くなる。
そのため、『本学院生は聖女様の庇護下にあるものなり。学院卒業までは本人の学びを優先するべし』との聖女様のご意思を優先された王命により、学院生でもある俺こと王家の影候補生が学院内での警護を担うことになっているのだ。
ちなみに、俺は、あくまでも王家の影候補生であり、影としての資格じたいは有しているので、ご安心願いたい。
業務のために遅刻、欠席などがあることは考慮され、業務そのものも王立学院の学業の一環として認めてもらえるとのこと。働く学院生としてはたいへんありがたい。
なお、このことは特待生本人には内密である。
そして、俺が書いているこの記録は上に提出し、場合によっては公式記録ともなるらしい。
学院への提出も必要な場合があるだろう。それなら、登場人物名もあったほうがいいかな。
よし、ならば、分かりやすいのがよかろう。
そうだ、俺はカゲオで、彼女は特待生なのでトクコでいいだろう。
トクコの話に戻るのだが、さすがの知性と教養である。
先ほどは、校内案内を、と下心をもって近寄ってきた連中をみごとに論破していた。
胸がすく、とはこのことだ。
連中は中級貴族階級だった。
そもそも、あいつら……特待生の学舎は特別クラス生しか立ち入ることはできず、魔力反応で入舎拒否されることを失念しているようだな。
どうやら、必須の学院規則を理解できていないようなので、この記録の提出をもって、上に報告しておこう。
「上級貴族用のサロンに? 参りませんし、参れませんわ。この昼休みには、学院からの無料支給の紙と鉛筆と練り消しと硝子ペンとインキの先着配布に並ぶという大切な用事がございますので。まさか、とは思いますが。平民は百年前の国王陛下がお出しになられた識字法により初等学院に国民全員が通うことが可能になりますまでは砂に木で字を書き、粘土板に字を掘り、必死に学んでおりましたために、紙や鉛筆などにはひじょうな敬意を払っておりますことをご存知ないとかでは……ないですか、ああ、よかった。え、これ? 自分が貴重な特待生生活援助金で購入いたしました材料で作成しましたサンドウィッチですが。これでしたら並びながら食事ができますので。美味しそう? ありがとうございます。ええ、焼いた卵と新鮮な野菜と自作の調味料です。食べるのが楽しみですわ! え、まさか……。平民の貴重な糧食を召し上げるようなことは、なさいませんよね? ええ、そうでしょうとも、上級貴族の皆々様におかれましては、とうぜん、単なる確認、でございますよね! では、ごきげんよう」
某月某日、曇り。
特待生の王立学院生トクコは、編入試験以降の定期試験でも常に首位である。素晴らしい。
平民が首位なのは生意気だ、のようなベタな連中もいるいはいたのだが。
『こちらの皆様は特待生という制度の設立の経緯をご理解しておられませぬようですから』と、優秀な平民ならびに困窮する貴族階級の為にと王立学院に特待生制度をもたらされた王族の皆様の御代についてを懇切丁寧に説明したのちに『……という御心を貴族階級であられる皆様方が失念されていらして、平民の説明で御理解なされた、などということはあってはなりませんよね? ええ、たまたま、でございますよね?』と、トクコは一人で解決していた。みごとだった。
もちろん、上には報告済みだ。俺は、割って入る準備も、準備運動もしていたぞ。
あれ、そういえば。
あのベタ連中も、今のこいつらも、上級貴族階級だな。
王立学院に通う学院生のうち、紙や鉛の筆、鉛筆などを欲するものは無料支給の列に並ぶこともある。
彼女を呼び止めたのは、うん、間違いない。上級貴族階級だ。
どうやら、王国史ならびに貴族規範集を履修できていないようだな。彼女が機転を利かせなかったら、あのものすごく美味そうなサンドウィッチは取り上げられていたやも知れぬ。
召し上げ、とかなんとか。愚の骨頂。
上級貴族の風上にも置けぬ奴らだ。
決めた。
こいつらのことも、上に報告しよう。
「年度終了のパーティーに第四王子殿下と? けっこうです。家庭の事情によりドレスなどを自費で負担できない者には参加義務はございませんので。それに、その日は聖女様を祝う集いがございますの。まさか、平民ご出身の現聖女様、あの有名な御方を……平民、とくに女性への無体な扱いに心を傷まれて、ついには殿方の大切な部位を一時的に再起不能にする、素晴らしき聖魔法を構築なされた、平民女性の煌めく星、あの聖女様をご存知ないとかでは……ああ、よかった。どうされました、殿下と周囲の皆様、『きゅうう……』のような表情をされて。まあ、よいですわ、ああ、もちろんわたしもその聖魔法は履修済みですわ。皆様のような紳士には、お伝えする必要もないこととは存じますけれども。では、ごきげんよう」
某月某日、雪。
特待生の王立学院生、メリアンヌ(トクコはやめろと上からの指導が入った。解せぬ)嬢は、今日も華麗に口だけで面倒くさい連中をやっつけている。
中級、上級ときて、ついには王族か。
わはは。それにしても『きゅうう』は、面白いな。
上への報告に使わせてもらうとしよう。
『そこなお方、もしもよろしければ、お話しませんこと?』
某月某日、曇りのち快晴。
学院の全階層(全あほ層とも言う)をみごとにやり込めたメリアンヌ嬢から声をかけられた。
正しくは、念話を送られたのだ。ちなみに、かなりの量の魔力がないと使えない魔力による通信手段である。
『俺などと話されますのは貴女様の貴重なお時間の無駄かと』
そうなのだ、メリアンヌ嬢。
あほ層どもに話しかけられたときは魔力反応が迷惑そのもの、だったのに。
なんで、俺には『話してみたい』的な友好的な魔力反応なのだよ。これもまた、解せぬ。
「やっぱり! 貴方は念話が通じるくらいの魔力をお持ちでいらっしゃるのね。今までに話しかけてきたぼんくらどもに、念話で罵詈雑言を送ったのに、誰からも反応がなくてつまらなかったんですよ」
おお、雛には稀なる美形の、花のような笑顔。
それはさておき、ぼんくらども、に、罵詈雑言て。
面白いな。
「ぼんくらども、ですか」
つい、俺も会話を返してしまった。
「ええ、貴方のあほ連中、よりはよろしいかと存じます。防音と幻惑の魔障壁も張りましたから、お話しましょう! 貴方のおかげで中、上、王族のぼんくらどもに構われずに済むようになりましたので、お礼をお伝えしたかったのです。あ、これ、上級貴族に取られそうになったサンドウィッチです。どうぞ」
あ、あの美味そうなやつ。いや、これは確実に美味いな。
香りが、焦げ目が。嗅覚と視覚を刺激してくる。
「貴重な資金から、の。よろしいのですか」
確認は、大事だ。
「貴方には貴重な時間を節約して頂いたのですから、必要な投資ですわ」
なるほど、一理ある……のか?
そんなこんなで、幻惑の魔障壁のなか、俺は。
サンドウィッチと、携帯用魔道保温瓶で紅茶までいれてもらった。
どちらも、美味い。香りも、美味い。
「ごちそうさまでした。ほんとうに美味しい、ありがとうございます。おや、どうなされました?」
「影なのに、影っぽくないんですね。あ、できたら普通に話してください。それなら、わたしも口調を戻しますから」
「……よく言われるよ。でも、それを言うなら、君もじゃないか。お互い様、ではないだろうか」
自分で言うのはあれだが、俺は容姿がいい。めちゃくちゃ、いい。
だが、トクコ……じゃない、メリアンヌ嬢もそれは同じだ。
そう、雛には稀なる美形にして、美しさは天元突破。
俺と違うのは、その色くらいだろう。
自慢になるのかも知れないが、俺の容姿は、さらさらとした金の髪に、深緑の瞳。声は涼やか。
じっさい、影よりも、もう一つの家業向きとよく言われたし、血族からは、今もよく言われている。その家業とは、舞台俳優だ。
王家お墨付きの男女俳優を多数輩出している、芸術の名家……というのがうちの家系の表の顔なのである。
幾度、親族の集まりで言われたことだろうか。
だが、尊敬する祖父母や父母が俺の意志、つまりは裏の顔、影として生きたいという希望を尊重してくれたのである。ありがたい。
「ご家業が、大好きなのですね」
おや、念話になっていたか。
どこからだ? まあ、うちの家業は表裏ともに聖女様はご存知だし、まったくの秘事でもない。
だから、もう、いいや。
直接、口で言ってしまおう。
「ああ、だが、正直、影らしくない外見だろう? だが、きみも人のことは言えないぞ。滑らかな銀糸の如き髪。美しい蒼の双眸。肌は白く、たおやか。声は、王都で評判の若手女優のようだ。平民の俊才ならば、こう……」
危ない、いくらなんでも、外見についてとやかく言うのは失礼だよな。そう、褒め言葉とて、褒められて嬉しい相手からでなければ、むしろ、迷惑だ。
自分がされて不快なことをしては、いけない。
ところが。
「瓶底眼鏡とおさげ、ですか」
「そ、そう」
すると、メリアンヌ嬢は頬を膨らませた。
ぷい、とした表情もなんともかわいらしい。
これはまた、新たな発見だ。報告は……必要なかろう。
「あのですね、眼鏡って、高いんですよ! 紙も、本も。髪だって、もしものときには売れますからね。きれいにしておかないと。あ、この髪の手入れの品々は自作です。学院を卒業したら特許を取って製品化して、儲けたくて。もちろん、聖教会にも寄進申し上げますけれど。で、視力でしたね。これは、眼鏡を使わなくていいように、魔力を眼力に集中させたり、照明代わりの光魔法の鍛錬を頑張ったりもしたんですよ!」
「……そうか、すまない、申し訳ないことを言った。深くお詫びする。君のその素晴らしい容姿は学問と同様、たゆまぬ努力によるものなのだな」
「許します。貴方も、その輝けるような美しさを隠したかったのですよね。分かります。わたしも、両親が優しくてまっとうじゃなかったら、売られてたかも知れませんもの」
俺は、売る、を、髪の毛じゃなくて? などと言うような無知なあほ連中では、ない。
だから、無言を貫いた。
「……ありがとうございます。とんちんかんも同情も恋愛感情もなしで、美しさへの妬みも変な感情の押し付けもなし。最高の反応です。ですから、これからは、こっそりじゃなくて、近くに居てくださいね。必要なときには、わたしが魔法で貴方の姿も隠しますから。たまには影になりながら、そばにいらしてください。卒業後も、ずっと」
ずっと。それは、まさか。
「……君は。次代の聖女様になるのか?」
メリアンヌ嬢なら、無理ではないだろう。もちろん、困難な道ではあるが。
「いえ、聖女候補を目指します」
「それもまた、たいへんだな。だが、それならばたしかに俺も影としてそばにいさせてもらえる。もちろん、俺にその資格があると王家や聖女様たちにご判断を頂けたら、だが」
聖女候補は、聖女様の補佐職など、様々な聖魔法関連の重要職に就くための難関資格なのだ。影が仕える対象としても認められている。
俺が影として就くのは愛妻家やご主人大好き、の御婦人などなど、とにかく、若い美男(他称なので勘弁してほしい)に興味を持たない人々である。
メリアンヌ嬢なら、まさに、だ。願ったりかなったり。
「聖女候補有資格者は聖女養成機関の講師にもなれるんですよ。あと、結婚もできます。これ、大事」
「大事」
そうか、大事なのか。
たしかに、夫婦で影職、という親族は少なくない。
俺の両親と祖父母もだ。メリアンヌ嬢が婚約したりしたときは、契約終了になるのか。残念だが、仕方ない。
あれ。どうして、残念なんだ、俺は。
「影のお役目って、敵国への諜報活動もありますよね。見目のいい通訳とか、いりませんか?」
見目のいい。
これは……。
メリアンヌ嬢の容貌を、失礼ではないぎりぎりの位置から確認する。
素顔を見られないように注意深くしたり、任務で仕方なく素顔を晒したら女性に囲まれてえらいことになったりしたことがある、ぶっちゃけると女性には近付きたくない俺でも、近くに居たくなる見目のよさだ。
外面の美しさに加えて、内面の素晴らしさと、知性と、魔力の輝きというやつだろう。
「……通訳が聖女候補だと、なおさらありがたいな。それなら、俺も。もう一つの家業も、学んでみるかな」
「舞台俳優ですか」
さすがだな。やはり、知っていたのか。
そう。影の家系には文化芸術の方向に秀でる者も少なくはない。だからと言って、影でありながら、表の仕事もという人材がいなかったわけじゃない。表裏をこなす、というやつだ。もちろん、かなりの少数派だが。
そして、さっき、残念だと感じた理由も分かった……気がする。
だから、俺も。見目のよい顔で、こう伝えた。
「偶然だな。影も、結婚は可能なんだよ。あと、王家の影の資格者が聖女候補の影になる、という例も、ないわけじゃない」
「ええ。155年前と58年前と、あと何回かありましたね」
さすがだな。影の歴史の、細部の細部。
分厚い歴史書のかなり細かい表記ぐらいにしか書かれていない内容だぞ。
だったら。
「……ああ。じゃあ、なるべく早く、次の例を作ろうか。まずは、年度終了パーティーと聖女様のための会、両方出席する方法を考えよう」
「……それって」
やっと、丁寧語が抜けたな。
今までさんざん驚かせられたんだ。
これからは、俺が君を、驚かせる番だな。
「影として働いていた給金は、貯めてある。ドレスショップにも、伝手がある。美形の同伴者もいるから、お互いの色を纏おうじゃないか」
「……畏まりました」
メリアンヌ嬢は、やはり、かわいい。
さて、これからは忙しくなるな。
国一番の大劇場のお抱え役者御用達のドレスショップへのドレス作製依頼の予約、久しぶりに行う、エスコートの作法の確認などなど。
今日からの日報には、書けないことが多くなりそうだ。
だが、それもまた、いい。
メリアンヌ嬢と、二人で、なら。
このあと、パーティーでは見慣れぬ超美男と見慣れてはいるけれど用意できなかったはずのドレスと宝飾品、聖魔法によるツヤツヤお肌などなどでまさに輝く編入生が登場し、話題を独占となります。
もちろん、現聖女様は二人の仲を応援してくださいます。




