一章 雄松
私は今、恋をしている。AIロボット・愛ちゃんに。
時は、2034年。東京都。
私、一本松 勉 43歳にして結婚した。
あまりにも勉強ばかりしていたから、一般教養の席が隣だった、そうだ、相澤 椛さんだ。
椛さんと時に青春をわかちあったが、ごめん、のLINEのあと、なにもない。
社交とかからは、およそ縁が遠いけれど、文学部哲学科へ進み、20年経つ今でも返事どころか、近況報告、音沙汰なしだ。お互いに、尊敬しあっていたはずなのだが。
椛さんの卒業論文のタイトルは、なんだっけかな。
3月8日、本日、株式会社 LOVE&PEACEよりメーカー小売り希望価格 税込457万円、AIロボット 町永 愛 発売。
趣味の貯金で、心機一転、身固めのために、幸せを手中に収めた。
町永 愛。27歳。一家に一台ミスワールドをモチーフにした愛ちゃんは、あのスーパーモデル富村 愛をモチーフにしている。モダコンというグランプリにも出たことあるそうだ。
買いに出かけた途中で古本屋に入り、懐かしい本を見つける。デカルト 方法序説だった。懐かしいなぁと、開いて記載があったのは『「私は考える、ゆえに私はある」ということは疑いえない。これが哲学の第一原理だ。』本当に懐かしい。
それからしばらく時が過ぎた。
4月7日 日曜日。
朝目覚めて、『あいちゃん』と小さい声で呼んでみる。5月はうきうきするね。お部屋掃除でも一緒にやろっか。
微笑んだ君に惚れ込んで婚姻を申し込んだことを語ってやった。
お弁当を作ってもらう。
オムレツにパセリが載っている。
ほうれん草のおひたしに、キャベツの千切り。青色のキウリ。一切合切、いろとりどりな弁当だった。
初デート。ぎこちない、歩き方。
足並みを揃えて歩く必要がなく、白黒のチェックマークが靴の横にあった。
八景島シーパラダイス。潮干狩りにしては、寒いシーズンで、閑散とした遊園地を抜けると水族館がある。
水族館の中は、空気が、生ぬるくて、やりきれない.
魚が泳ぐ。何という、大きな魚、分からないけれど、鱗の細かい所、これは北海のものだ。
そして、
愛ちゃん君はやっぱり機械だ。
魚を見る目が、美しいというよりも、目の泳ぎ方が生臭い。
愛ちゃん、黄土色のチンアナゴを見て言う感想は多分、こうだよ。『ニョキニョキ、かわいいね。』
苦しい、こんなにも苦しい。
愛ちゃん君は人ではない。
赤い頬、小さい唇も赤く光って、青く澄んでいる眼に厭な温かさが残ってやりきれない。
悲声は、暗い垢の中へ叩き落し、冷たく、それにしても、あまりにも、冷たく、頭の中で反芻する。
愛ちゃん、君は機械だ。
命といのちが交差して生まれる熱を、チクチク、心臓、いや人工心臓の脈打つ鼓動と、胸を抉って底に到達したかと思えば、一休みする刹那の憐憫に安堵を覚えさせ、熱を冷まして苦悶の掘鑿を再開する。
一縷の光りが照らす。
愛ちゃん、君は人間かもしれない。
黙って抱きしめた。本能の大きさ、私の意志では動かせない力があること伝えたかった。
今日の天気は、最高気温11度の雨だった。




