この世界は正しく動いている
最初に理解したのは、ここが死後の世界でも、夢でもないということだった。
――システムログが存在していた。
空に浮かぶ半透明のウィンドウ。
それは神の啓示でもなければ、ファンタジー的な演出でもない。
俺の目には、それがサーバー監視画面にしか見えなかった。
World Status: ONLINE
Tick Rate: Stable
Entity Count: 12,842,771
Error: None
エラーなし。
その表示を見た瞬間、嫌な確信が胸に落ちた。
――この世界は、正しく動いている。
俺は伊達に十年、オンラインゲームの裏側を支えてきたわけじゃない。
この感覚は知っている。
深夜二時、誰もいないオフィスで、障害が起きていないことを確認したときの、あの不気味な安心感だ。
世界は、仕様通りだった。
⸻
俺が転生した場所は、森だった。
だが木々の配置はランダムではなく、パフォーマンスを考慮した等間隔配置に見えた。
風の音はループしている。鳥の鳴き声は三種類しかない。
そして――敵が現れた。
狼型モンスター。
レベルは3。攻撃パターンは単純で、索敵→威嚇→突進。
見覚えがありすぎた。
なぜならそれは、俺が関わっていたゲームの初期エリアの敵だったからだ。
俺は武器を持っていなかった。
だが焦りはなかった。
なぜなら、俺は知っていたからだ。
この敵が、どの距離で攻撃判定に入るか。
どの角度で避ければ、内部クールタイムが発生するか。
そして、どの瞬間に当たり判定が消えるか。
身体が勝手に動いた。
半歩、横。
狼の爪は空を切り、次の瞬間――
Critical Hit
表示が浮かび、狼は地面に崩れ落ちた。
――正しい。
あまりにも、正しい結果だった。
倒した直後、奇妙な違和感が走った。
ログが、出ない。
本来なら、ここで経験値取得ログが流れる。
ドロップ判定、レアテーブル、乱数。
だが表示は沈黙したままだった。
代わりに、狼がこちらを見た。
……見た?
その目には、単なる敵AIの空虚さがなかった。
恐怖。混乱。
そして――理解しようとする色。
狼は、口を動かした。
「……なぜ」
音にならない、かすれた声だった。
だが、確かに意味を持っていた。
その瞬間、背中が冷たくなった。
ありえない。
この個体に、台詞データは存在しない。
俺は、息を吸った。
――バグだ。
そう結論づけるのは簡単だった。
だが俺は、エンジニアだ。
再現性のない現象を、即座に切り捨てるほど無責任ではない。
狼は続けようとした。
だが次の瞬間、その身体が光に包まれた。
Entity Deleted
Reason: Condition Fulfilled
処理落ちも、エラーもない。
完璧な削除。
俺は、その場に立ち尽くした。
敵は、命令に従っただけだった。
プレイヤーを見つけ、攻撃し、倒される。
仕様に従い、世界の秩序を保つ歯車として。
それなのに。
あの目は何だった。
あの言葉は、どこから来た。
自由意志とは、進化か。
それとも、許されないエラーか。
もしあれがエラーなら、修正すべきだ。
世界を守るために。
だがもし、そうでないなら――
俺は今、人を殺したことになる。
空を見上げる。
ログは変わらず「Error: None」を表示していた。
この世界は、正しく動いている。
だからこそ――
致命的に、間違っている。
初投稿です。
文を書いてみたいと思い、筆を取りました。
エンジニアではないのでコードに間違いがあるかもです。よろしくお願いします。




