第四話
議会塔を出た三人は、すぐには別れなかった。
ヴァルドレアの街は、いつもと変わらず動いている。
露店の呼び声、積み荷の軋む音、子どもの笑い声。
それが、なおさら現実感を薄れさせた。
「……情報収集と、黒霧装置の破壊」
ソフィが、確認するように口にする。
「議会の裏も、教団の裏も、影の家の動きも――全部が絡み合ってる」
レイが頷く。
「正面から追えば、必ず誰かに察知される」
「なら、正面は避ける」
アレックスは、自然と裏通りの方角を見た。
「俺たちには、“表にいない人間”が必要だ」
その答え合わせは、
思ったより早く現れた。
指定された場所は、川沿いの倉庫街。
昼でも薄暗く、荷役人夫と密輸業者が行き交う区域だ。
三人が倉庫の影に足を踏み入れた瞬間、
風を切る音がした。
金属。
アレックスの足元、石畳に突き立つ一本の細刃。
「反応、遅いわね」
影から現れたのは、赤の外套を纏った女。
ジルだった。
フードの奥で、鋭い瞳が笑っている。
「久しぶり、じゃないわね。どうやら、忙しくしてたみたい」
ソフィはため息をつく。
「相変わらず、挨拶が物騒」
ジルは肩をすくめ、指先を鳴らす。
次の瞬間、彼女が投げたはずの暗器が、いつの間にか彼女の手に戻っていた。
レイが、僅かに目を細める。
「……噂以上だな」
「光の騎士に褒められるのは光栄ね」
ジルは軽く会釈し、そして本題に入った。
「影の家、動いてるわ。議会決断の直後から、黒霧に関わる人間が三人消えた」
アレックスの表情が引き締まる。
「殺された?」
「いいえ。“連れて行かれた”」
ジルは指を立てる。
「影の家は無差別に殺さない。使えるものは使う」
ソフィが即座に理解する。
「黒霧装置の維持要員……」
「ご名答」
ジルは笑う。
「それと、もう一つ」
彼女は声を落とす。
「次の装置の場所、だいたい掴めた」
三人の視線が集まる。
「北方旧街道沿い、千年前に封鎖された地下遺構」
「表向きは“魔獣の巣”扱い。中には誰も近づかない」
レイが低く言う。
「……完璧な隠れ家だな」
ジルは、赤い外套の前を留め、真剣な目で言った。
「で、ここからが大事な話」
「私は、情報屋としてじゃなく――同行する」
ソフィが眉を上げる。
「理由は?」
ジルは、迷いなく答えた。
「影の家は、“顔を持たない組織”よ。だからこそ、影から切り崩す人間が必要。暗器使い、潜入、暗殺、追跡。その役なら、私が一番早い」
一瞬の沈黙。
アレックスは、ジルを真っ直ぐ見た。
「裏切りは?」
ジルは鼻で笑う。
「信用されてると思ってないわ。でも――」
彼女は視線を逸らさず続ける。
「この戦争、勝っても負けても“裏の人間”は切り捨てられる」
「だから私は、最初から最後まで立ち会う」
ソフィは小さく笑った。
「正直でいいわね」
レイは一歩前に出る。
「歓迎しよう」
「影と戦うなら、影を知る者が必要だ」
アレックスは、魔剣の柄を叩いた。
「決まりだな」
「影の家を探る」
「黒霧装置を壊す」
「そして――」
一瞬、言葉を区切る。
「千年前の戦争を、今度こそ終わらせる」
ジルは、満足そうに頷いた。
「いいじゃない。じゃあ改めて」
赤の外套が、倉庫街の薄闇に映える。
「私は赤のジル。暗器使いで、アサシン。今日から――仲間よ」
こうして四人は揃った。
ブランディア大陸西部。
王都よりも古く、石と祈りによって築かれた聖域。
白亜の大聖堂、その最奥。
外界の喧騒から完全に切り離された円形の会議室に、七つの影が集っていた。
ここは――
光の教団シャイニング=ワン。光を神とし、秩序を守ると自認する最大宗教組織の中枢。
だが、この場に神の像はなかった。
あるのは円卓と、古文書、そして封印された記録だけだ。
「……黒霧の再発生は、確定と見ていい」
年老いた司祭が、低く告げる。
「影の家――名を持たぬ連中が、再び動き出した以上、隠蔽は不可能」
別の声が続く。
「問題は、我々がどこまで関与しているか、だ」
沈黙。
やがて、一人の女性が口を開いた。
白銀の法衣。
しかし胸元に刻まれた紋章は、一般の司祭が持つものではない。
「“彼”は、予定通り動いている」
その言葉に、空気がわずかに緩む。
「レイ=クロイス」
名を出しただけで、場の全員が理解した。
「正式には――教団第七観測任務・遊撃位階」
老司祭が、確認するように言う。
「つまり、“追放”ではない」
「ええ」
女性は静かに頷く。
「表向きは、信仰を捨てた裏切り者。だが実際は、我々の目と耳」
円卓に、古い地図が広げられる。
冒険者ギルドの拠点、主要都市、交易路。
「影の家は、国家や教団を避けて動く」
「彼らが信頼するのは、“無所属の実力者”だけ」
「だからこそ――」
女性の指が、冒険者ギルドの印に触れた。
「冒険者だ」
「レイを教団から“切り離す”ことで、冒険者ギルドとの自然な接点を作る」
「現場で、血と噂と死を拾わせる」
別の司祭が低く唸る。
「……危険すぎる賭けだ」
「承知の上です」
女性の声は冷静だった。
「だが、千年前の戦争も、“安全な場所”からでは止められなかった」
「影の家は、再び“戦争”を始めようとしている」
「ならば、我々も“現場”に踏み込まねばならない」
沈黙が落ちる。
そして、最も高位の席に座る人物が、初めて口を開いた。
「レイは、自分が“捨て石”であることを理解しているか」
一瞬の間。
女性は、はっきりと答えた。
「理解しています」
「それでも、命令を受けた」
「彼は、光の騎士です」
重い言葉だった。
光の教団は、常に正義を語る。
だが正義のために、駒を切ることも躊躇しない。
老司祭が、静かに祈るように呟く。
「……願わくば、彼が真に闇へ堕ちぬことを」
女性は、目を伏せない。
「堕ちません」
「彼は、光の名を捨てることを選んだだけ」
「使命まで、捨てたわけではない」
円卓の中央で、燭台の火が揺れる。
その炎は、光にも見え、影にも見えた。
そして誰も知らぬ場所で、元・光の騎士レイは、自らの“追放”が演出であることを語ることなく、剣を取り、闇へと歩いている。
それが――
光の教団が選んだ、最も危険で、最も確実な“監視”だった。
ヴァルドレアを発って半日。
街道は次第に整備を失い、石畳は割れ、雑草が隙間から伸びていた。
ここが――
北方旧街道。
千年前、帝国時代には軍勢と交易を通した幹線だった道。
今では地図からも消され、魔獣出没の噂だけが残る場所だ。
空は低く曇り、風が冷たい。
「人の気配がないわね」
ソフィが、周囲の魔力の流れを探るように言う。
「結界は……薄い。でも“作為的”」
レイが足を止め、剣の柄に手を置いた。
「魔獣避けじゃない。“人間を遠ざける”ための圧だ」
ジルが、先行して地面に膝をついた。
「足跡、三日前。重装備じゃない……研究者か、使い捨ての運搬役」
彼女は振り返る。
「当たりね。ここは“使われてる”」
アレックスは、魔剣の重みを確かめるように息を吐いた。
「地下だな」
街道脇、崩れた石碑の裏。
苔に覆われた円形の石蓋が、半ば地面に埋もれていた。
千年前の刻印。
ネザード帝国様式の古代文字。
ソフィの顔色がわずかに変わる。
「……黒霧装置と同系統の刻印」
「動力は止まってる。でも――」
指先で触れた瞬間、刻印が淡く反応した。
アレックスの魔剣が、微かに震える。
「共鳴、か」
レイが低く言う。
「千年前の“同じ戦争”の遺物だ」
ジルが周囲を確認し、短く告げる。
「開けるわ。音は抑える」
彼女が取り出した細い楔を、刻印の隙間に滑り込ませる。
金属音は一切なく、石蓋がわずかに浮いた。
闇が、口を開く。
階段は螺旋状に続き、湿った空気が肺に重くまとわりつく。
灯りは最小限。
ソフィの魔法光は、指先ほどの大きさだ。
壁には、古い浮彫。
兵士。
魔術師。
そして――霧に包まれた人影。
「……影軍」
レイの声が沈む。
「教団の記録と一致する」
アレックスは壁に触れ、刻まれた刃痕を見つめた。
「戦った跡がある。でも――」
指先が止まる。
「勝者の痕跡がない」
通路の奥。
低い唸り声のような振動が、空間全体に響いていた。
ソフィが囁く。
「黒霧装置は、まだ完全稼働してない」
「起動準備段階……」
ジルが短く息を吐く。
「つまり、今なら壊せる」
その時だった。
アレックスの胸元、
黒い刻印が熱を帯びる。
魔剣が、明確に“拒絶”の反応を示した。
「……来る」
直後、通路の先から足音。
人間だ。
複数。
だが、その歩き方は揃いすぎている。
レイが剣を抜いた。
「影の家の管理役か」
ソフィが魔力を編む。
「司祭級……気をつけて。精神干渉が来る」
ジルは、すでに影へ溶けていた。
「合図で動く」
アレックスは一歩前に出る。
黒銀の魔剣が、低く鳴る。
黒霧の核心へ――
彼らは、もう引き返せない距離まで踏み込んでいた。
足音は、規則正しかった。
石床に、同じ間隔。
呼吸音がない。
闇の奥から現れたのは、四体。
黒い外套に身を包み、顔は布で覆われている。
だが、その下に“人の気配”は薄い。
ソフィが低く息を呑んだ。
「……半霊化」
「完全な不死じゃない。でも――生きてもいない」
影の司祭の一人が、一歩前に出る。
外套の内側、胸元で刻印が淡く光った。
「――侵入を確認」
声は一つ。
だが、四体すべての口が同時に動いた。
「黒霧装置への接近は、許可されていない」
レイが、剣先を下げずに答える。
「ここは封鎖区域だ。貴様らこそ、何者だ」
一瞬の沈黙。
次の瞬間。
空気が、歪んだ。
ソフィが叫ぶ。
「来る――精神干渉!」
司祭たちの刻印から、黒い靄が細い糸のように伸びる。
霧というより、“意志の束”。
触れた瞬間、頭の奥に声が流れ込む。
――お前は、なぜ剣を振るう
――なぜ、生きている
アレックスの視界が揺れた。
過去の戦場。
血。
倒れた仲間。
だが――
黒銀の魔剣が、強く鳴った。
「……うるさい」
アレックスは、前に踏み出す。
「俺の理由を、お前らに語る義務はない!」
黒銀の刃が振り抜かれ、精神干渉の糸を“斬った”。
霧が裂ける。
司祭の一体が、初めて動揺を見せた。
「――干渉拒否を確認」
「対象、危険度上昇」
その瞬間。
ジルが、影から現れた。
音は、なかった。
一体の背後。
首元へ、細刃が正確に突き込まれる。
だが――
「っ!」
刃は肉を裂いた感触を伝えない。
司祭の身体が霧散し、すぐに形を取り戻す。
ジルが舌打ちする。
「核が別にある!」
ソフィが即座に判断する。
「刻印よ! 胸元の刻印が“本体”!」
彼女は詠唱を省略し、魔力を放つ。
「封鎖式・精神遮断!」
光の魔法陣が床に展開され、
司祭たちの精神干渉が一瞬、鈍る。
レイが、その隙を逃さなかった。
「今だ!」
白銀の剣が、一直線に走る。
剣は刻印を正確に捉え、司祭の胸を貫いた。
刻印が砕け、霧が崩壊する。
一体、消滅。
だが、残る三体が即座に反応した。
「管理者損失」
「戦闘レベル引き上げ」
司祭たちが、両手を掲げる。
通路の壁、床、天井――
至る所から黒霧が滲み出す。
ソフィの表情が引き締まる。
「黒霧装置と直結してる!」
「ここで長引かせたら、装置が完全起動する!」
アレックスは、魔剣を構え直した。
胸の刻印が、熱を持つ。
だが、不思議と――恐怖はない。
「役割分担だ」
声は、落ち着いていた。
「ソフィ、干渉を断て」
「レイ、正面から引き付けろ」
「ジル、刻印を狙え」
一瞬の間。
三人が、同時に動いた。
ソフィの魔法が空間を固定し、精神波を遮断する。
レイが前に出て、三体の司祭を正面から受け止める。
剣と霧がぶつかり合い、火花の代わりに、黒い粒子が散る。
その影を――
ジルが走る。
壁、天井、影。
重力を無視するように跳び、一体、また一体と刻印を貫く。
最後の一体が、初めて“声を変えた”。
「――記録開始」
「侵入者、分類」
「魔剣使い、大魔導士、光の騎士、暗器使い」
その視線が、アレックスに向く。
「特記事項――」
「黒銀の魔剣、想定より深く起動中」
アレックスの刻印が、脈動した。
次の瞬間。
彼は、剣を振るった。
黒銀の一閃。
司祭の刻印が、完全に砕け散る。
霧は霧散し、通路に静寂が戻った。
ソフィが、荒い息を吐く。
「……初戦にしては、重いわね」
ジルが短く笑う。
「でも、収穫もあった」
レイが、剣を収めながら言う。
「影の家は、俺たちを“認識した”」
アレックスは、魔剣を見下ろす。
刃は、静かだ。
だが確かに――
何かを“思い出し始めている”。
地下遺構の奥で、黒霧装置は、まだ眠っている。
しかし。
影の家は、もう彼らを“侵入者”ではなく、敵として記録した。
――戦争は、始まったばかりだった。
霧が完全に消えた後も、地下遺構の空気は重かった。
血の匂いはない。
だが、戦いがあったことだけは、空間が覚えている。
ソフィが、砕け散った刻印の残骸に近づいた。
「……魔術反応、まだ残ってる。消滅じゃない。“終了処理”ね」
床に散った黒い粒子が、
ゆっくりと一箇所に集まり始める。
ジルが即座に距離を取る。
「再起動?」
「違う」
ソフィは指先を伸ばし、魔力を流した。
粒子が震え、
やがて宙に歪んだ光の層が浮かび上がる。
円形。
文字列。
古代ネザード文字。
「……ログ」
レイが低く呟いた。
「管理者の“任務記録”だ」
ソフィは頷く。
「戦闘で核が破壊された時、自動的に“最終状態”を保存する術式」
「……厄介ね」
文字が、一行ずつ浮かび上がる。
起動記録:第七節点
管理者個体:四
任務状態:継続不可
次の瞬間、文字の表示速度が変わる。
黒霧装置・前段階起動率
七一・二%
アレックスの眉が動いた。
「七割……?」
ソフィの顔が強張る。
「想定より高い」
「完全起動すれば、この遺構一帯が“霧化領域”になる」
レイが即座に言う。
「今すぐ止めなければ、街道どころか、ヴァルドレアにも影響が出る」
文字列が、さらに続く。
外部要因:魔剣反応
同調率:未登録
優先監視対象に指定
一瞬、空気が凍った。
ジルが、アレックスを見る。
「……あなた、名指しよ」
アレックスは、無言で魔剣の柄を握る。
ソフィが、静かに読み上げた。
「“未登録”って……」
「つまり――」
レイが言葉を継ぐ。
「影の家も、その魔剣の正体を把握していない」
次の行。
想定外事象
記憶層の揺らぎを確認
アレックスの胸の刻印が、
微かに疼いた。
「……記憶?」
ソフィが顔を上げる。
「装置側の、よ。黒霧装置は“術式”じゃない。千年前の戦争時、戦場そのものを記録し続けた媒体」
ジルが低く息を吐く。
「……つまり?」
「あなたの魔剣が近づいたことで、装置が“昔の戦争”を思い出しかけてる」
レイが唇を引き結ぶ。
「黒霧は武器。失われた帝国は旗。影の家は軍。そして――」
彼は、アレックスを見る。
「その剣は、“戦争を終わらせた側”か、“始めた側”のどちらかだ」
最後のログが、浮かび上がる。
管理者最終報告
侵入者:排除失敗
次段階へ移行
通達先:影の家
内容:
「対象確認」
「魔剣起動」
「再演条件、成立しつつあり」
表示が、音もなく消えた。
闇が戻る。
しばらく、誰も口を開かなかった。
やがて、ジルが言った。
「……向こうに、全部送られたわね」
ソフィは、拳を握る。
「影の家は、もう“戦争を始める理由”を得た」
レイが剣に手をかける。
「だが、こちらも得た」
「黒霧装置は、まだ完全じゃない」
アレックスは、深く息を吸った。
魔剣は、静かだった。
だが――
ログの文字を見た時、確かに“懐かしさ”のような感覚が、胸をよぎった。
「……先に行こう。次の管理者が来る前に」
彼らは再び、闇の奥へ歩き出す。
千年前の戦争が、“再演”される前に。
名はない。
場所も、正確な座標を持たない。
それは地下でも、塔でも、神殿でもなかった。
“黒霧が最も濃く留まる場所”――ただそれだけで定義される空間。
円形の間。
壁も床も、霧と石が溶け合ったような質感をしている。
そこに、人影があった。
数は――九。
誰一人として同じ装束をしていない。
司祭の法衣、軍人の外套、学者の長衣、旅人の外套。
だが共通点が一つだけある。
顔が、存在しない。
霧に覆われ、目鼻口の位置さえ曖昧だ。
空間の中央に、黒い水面のような円盤が浮かぶ。
その表面が、揺れた。
受信開始
発信源:第七節点
管理者:消失
九つの影が、同時に“意識を向ける”。
声は出ない。
だが、空間が微かに震える。
侵入者:四
排除:失敗
特記事項:魔剣反応
未登録
同調兆候あり
円盤の表面に、
黒銀の刃の輪郭が、断片的に映る。
影の一つが、わずかに霧を揺らした。
「……確認」
別の影が応じる。
「記録照合中」
「一致率、低」
「想定外」
九つの意識が、
一瞬だけ沈黙する。
それは“混乱”ではない。
計算のやり直しだ。
起動率:七一・二%
再演条件:成立しつつあり
次の瞬間、
円盤の映像が変わる。
剣を構える男。
魔力を編む女。
白銀の剣士。
影を走る暗器使い。
「四名」
「だが、焦点は一」
魔剣の映像で、止まる。
黒銀の刃。
刻印。
血に刻まれた魔術。
影の一つが、静かに判断を下す。
「これは、兵ではない」
「旗でもない」
「……鍵だ」
別の影が、否定も肯定もしないまま応じる。
「千年前、“最後まで未回収だったもの”に近い」
「封印状態、継続中」
「だが――」
円盤に、次のログが浮かぶ。
記憶層の揺らぎを確認
空間の温度が、わずかに下がる。
「装置が反応した」
「装置は、戦争を覚えている」
「魔剣も、同じ記憶を持つ可能性」
一つの影が、ゆっくりと“断定”した。
「再演は可能」
「だが、予定通りではない」
別の影が問う。
「排除するか」
間。
そして、答え。
「否」
「排除は不可」
「この魔剣は、戦争を“壊す”可能性も持つ」
九つの影が、
初めて“方向性”を共有する。
「観測を継続」
「接触は最小限」
「管理者を増設」
「黒霧装置の起動を急がせる」
最後に、一つだけ付け加えられる。
「――冒険者ギルドとの接触履歴、確認済み」
「光の教団との接点、未確定」
「だが――」
円盤に、白銀の剣士の姿が映る。
「光は、すでに混じっている」
沈黙。
それは、満足にも、警戒にも見えた。
やがて、円盤の水面が静まる。
ログ受信:完了
次段階:
「鍵の誘導」
「再演条件の最適化」
九つの影は、
一つずつ霧へ溶けていく。
名前も、顔も、歴史も残さず。
ただ一つの意志だけを共有して。
――千年前の戦争は、まだ“終わっていない”。
そして今度は、想定外の剣を伴って、再び幕を開けようとしていた。
地下遺構の最深部。
通路は途切れ、代わりに巨大な円形空間が現れた。
天井は高く、見上げても闇に溶け込むだけ。
壁一面に、無数の刻印が螺旋状に刻まれている。
そして中央――
黒霧装置コア。
それは機械とも祭壇ともつかない異形だった。
黒い結晶柱が逆さに吊られ、幾重もの魔術回路がそれを支えている。
ソフィが、言葉を失う。
「……これは。兵器じゃない。“記録媒体”と“儀式装置”が融合してる」
レイが低く言う。
「戦場を再現するための、舞台装置か」
ジルは周囲を警戒しながら、短く告げる。
「嫌な感じがする。誰かに見られてる」
その瞬間。
アレックスの魔剣が、はっきりと鳴動した。
低く、しかし確かな振動。
黒銀の刃に、黒い光が走る。
「……来る」
彼がそう言った瞬間、コアの刻印が一斉に灯った。
音はない。
だが空間そのものが、息を吸った。
次の瞬間、黒霧が、滴るように流れ出す。
霧は床に落ちる前に形を変え、人の影のように揺らめく。
ソフィが即座に魔力を展開する。
「起動してる! 完全じゃないけど――」
「“待機状態”から“演算開始”へ移行した!」
刻印が、意味を持つ。
壁の浮彫が、ゆっくりと変化する。
兵士の彫像が――
動いた。
剣を構え、盾を掲げ、千年前の陣形を再現するかのように。
レイの喉が鳴る。
「……幻影じゃない」
「半実体化してる」
ジルが、歯を食いしばる。
「数が多すぎる」
アレックスは、前に出た。
魔剣を握る手に、熱が集まる。
だが――
コアは、彼を拒まなかった。
むしろ。
応えた。
黒霧装置コアの中心に、一瞬だけ“別の映像”が映る。
燃える城壁。
崩れ落ちる帝国旗。
そして――
剣を振るう“誰か”。
その剣は、アレックスの魔剣と、同じ形をしていた。
ソフィが息を呑む。
「……同型」
「いえ……」
彼女の声が震える。
「同一個体よ」
空間が、軋む。
起動状態更新
再演フェーズ:零
観測対象:魔剣保持者
ジルが叫ぶ。
「狙われてる!」
黒霧が、一斉に動いた。
影兵たちが、
同時にアレックスへ向かって踏み出す。
レイが前に出る。
「アレックス!」
ソフィが叫ぶ。
「コアに近づきすぎないで!」
だがアレックスは、動かなかった。
魔剣が――
彼の意志よりも先に、前へ出ようとしていた。
剣が、戦場を“思い出している”。
地下遺構は今、
ただの遺跡ではない。
千年前の戦争が、再び始まろうとする“舞台”だった。
黒霧が、形を取った。
人の輪郭。
剣。
盾。
だが、どれも輪郭が曖昧で、意志だけが先に立っている。
千年前の影軍。
死者ではない。
記録された“戦う行為”そのもの。
「来る!」
レイが前に出る。
白銀の剣が、最初の影兵を切り裂く。
だが――
霧は裂け、すぐに縫い合わされる。
「再構成が早い!」
ソフィが即座に判断する。
「単純な物理破壊じゃ止まらない!」
影兵たちが、一斉に動いた。
数は十を超える。
陣形を組み、側面から包囲する動き。
「……統制されてる」
アレックスは歯を食いしばる。
魔剣を振るい、影兵を薙ぐ。
黒霧は確かに削れる。
だが、代わりに胸の刻印が焼けるように疼いた。
「くっ……!」
「アレックス、無理しないで!」
ソフィの声が届く前に、影兵の一撃が、彼の肩を掠めた。
黒霧が、血に反応する。
再構成速度が、上がった。
「……まずい」
レイが叫ぶ。
「このままじゃ、アレックスを“燃料”にされる!」
その瞬間だった。
戦場の空気が、変わった。
黒霧でも、光でもない。
色を失った魔力が、床を這う。
ジルが、静かに前に出た。
「――ここから先は、影の家の舞台じゃない」
彼女は、赤い外套の前を外す。
その内側に刻まれていたのは、黒でも白でもない、灰色の魔術刻印。
ソフィが、目を見開く。
「……その術式」
「まさか……」
ジルは、短く告げる。
「隠してたわけじゃない」
「必要がなかっただけ」
彼女は、両手を広げる。
灰色の魔力が、静かに、しかし確実に広がった。
「灰の超越者――グレイ=バレイサス」
影兵たちの動きが、
わずかに乱れる。
黒霧が、再構成を躊躇する。
レイが息を呑む。
「……バランサー。伝説じゃなかったのか」
ジルは、影兵を見据えたまま言う。
「伝説で済むなら、世界はもう何度も壊れてる」
彼女は、低く詠唱する。
「灰式・均衡破砕」
次の瞬間。
影兵の輪郭が、“ぼやけた”。
切れないわけじゃない。
だが、存在の優先度が下がる。
ソフィが即座に理解する。
「……存在干渉。光でも闇でもない、“中和”の魔術!。今なら――」
レイが剣を構える。
「倒せる!」
アレックスも、魔剣を振るい直す。
今度は、影兵が“再生しない”。
灰の魔力が、黒霧の再構成を拒否していた。
影兵が、一体、また一体と崩れる。
黒霧装置コアが、低く唸った。
再演進行、阻害
均衡因子、未想定
ソフィが歯を食いしばる。
「装置が……“困惑”してる!」
ジルは、淡々と言う。
「当然よ。この世界は、光と闇だけで回ってるわけじゃない」
最後の影兵が消える。
一瞬の静寂。
だが――
黒霧装置コアは、さらに深く動き始めていた。
アレックスが、息を整えながら言う。
「……ジル。お前、何者だ」
彼女は、振り返らない。
「世界が傾いた時に、それを戻す役目の人間」
「味方でも、正義でもない」
灰色の魔力が、静かに収束する。
「ただの――均衡よ」
地下遺構は、震え続けている。
第一波は凌いだ。
だが黒霧装置は、すでに“次の段階”へ進もうとしていた。
戦争は、止められるかもしれない。
だが、簡単には終わらない。
黒霧影兵が消え去った後も、
地下遺構は不安定な沈黙に包まれていた。
遠くで、黒霧装置コアが低く脈打つ。
まるで、次の判断を計算しているかのように。
ソフィが、張り詰めた声で言う。
「……ジル」
「あなた、いつから灰の勢力に?」
ジルは、短く息を吐いた。
戦場の中央で、彼女は初めて武器を下ろした。
「正確には――“選ばれた”わけじゃない」
「拾われたの」
アレックスとレイが、黙って耳を傾ける。
ジルは、遠くを見るように言った。
「昔、私はただの孤児だった」
「国境の町。光の教団と闇の信徒が、互いに“正義”を叫んで殺し合った場所」
「勝ったのは、どっちでもない」
彼女の声は、淡々としていた。
「町は燃えて、大人は死んで、子どもは――数を減らした」
ソフィの指が、わずかに震える。
「……灰の勢力が?」
ジルは頷く。
「戦いが終わった後に、来た」
「光も闇も、“勝った”つもりでいた」
「でも、世界は確実に一段、傾いていた」
彼女は、自分の胸元の灰色の刻印に触れる。
「その時、教えられたのが――グレイ=バレイサスの掟」
静かに、言葉を区切る。
グレイ=バレイサスの掟
一、
世界の均衡を最優先とする。
国、教義、感情よりも。
二、
光にも闇にも与しない。
必要なら、どちらの刃も折る。
三、
勝者を作らない。
勝利は、次の戦争を呼ぶ。
四、
名を残さない。
英雄は、均衡を壊す。
五、
世界が傾いた時のみ、姿を現す。
それ以外では、影に徹する。
レイが、低く言った。
「……つまり。救うために、救われることを拒む集団か」
ジルは、小さく笑った。
「そう。だから、嫌われる。光からは“冷酷”と呼ばれ、闇からは“邪魔者”と呼ばれる」
アレックスが、問いかける。
「それでも、続ける理由は?」
一瞬。
ジルの声が、ほんの少しだけ揺れた。
「続けなかった世界を、知ってるから」
沈黙。
地下遺構の奥で、黒霧装置が、さらに強く脈動する。
ソフィが、静かに言う。
「……じゃあ。私たちは、均衡を壊す存在?」
ジルは、はっきりと首を振った。
「いいえ。あなた達は――例外よ」
三人が、同時に彼女を見る。
「魔剣」
「大魔導士」
「光を捨てた騎士」
「どれも、本来なら“極”に属する存在」
「でも、今は違う」
彼女の視線が、アレックスに向く。
「あなたは、戦争を再演する“鍵”でもあり、終わらせる“鍵”でもある」
「だから私は――」
ジルは、真っ直ぐ言った。
「壊す側じゃなく、止める側に賭ける」
その瞬間。
黒霧装置コアが、明確な“応答”を示した。
均衡因子:確認
再演フェーズ:更新
床が、軋む。
ソフィが歯を食いしばる。
「……語ってる暇、なさそうね」
レイが剣を構える。
「第二段階が来る」
ジルは、再び暗器を握った。
「ええ」
「掟は一つだけ破っていい」
アレックスが聞く。
「どれだ」
ジルは、短く答えた。
「――今回は」
「勝者を作る」
灰の勢力が、初めて“賭け”に出る。
そして地下遺構は、
千年前の戦争を超えるかもしれない“決断の場”へと変わりつつあった。
地下遺構全体が、深く、鈍い音を立てた。
地鳴りではない。
それは思考が切り替わる音だった。
黒霧装置コアの外殻に刻まれた古代魔術陣が、ひとつ、またひとつと色を変える。
黒でも白でもない――濁った灰色。
ソフィが息を呑む。
「……まずい」
「これは単なる出力上昇じゃない」
床に刻まれた補助陣が、逆回転を始める。
黒霧が天井へ向かって“逃げる”ように収束し、代わりに、透明に近い歪みが空間を満たした。
レイが剣を構え直す。
「敵影が見えない」
「いや……いる」
ジルが低く言う。
「装置が、私たちを“敵”として再定義した」
その瞬間、遺構の中央に三つの光像が現れた。
ひとつは、黒霧に包まれた魔剣使い。
ひとつは、無数の魔法陣を背負う魔導士。
ひとつは、白銀の甲冑を纏った騎士。
――アレックス、ソフィ、レイ。
「……私たち?」
ソフィの声がかすれる。
装置の中枢から、無機質な“判断”が響いた。
均衡逸脱因子:三
極性偏重:確認
再演抑止アルゴリズム:起動
対象:極性保持者
アレックスの魔剣が、低く唸った。
「チッ……」
「つまり、こういうことか」
「光でも闇でも、“強すぎる存在”は均衡を壊す」
ジルが歯を噛みしめる。
「千年前と同じ」
「この装置は、戦争を止めるために作られた――」
「でも方法が、最悪」
光像が動く。
最初に踏み出したのは、
“アレックスの影”。
魔剣のコピーが振るわれ、
実体を伴わない斬撃が、空間そのものを切り裂いた。
アレックスが受け止める。
衝撃はある。
だが、刃は触れていない。
「……魔力構造が、完全に同じだ」
「こいつら、俺たちの“最適解”を知ってやがる」
次に動いたのは、“ソフィの影”。
詠唱なし。
だが、即座に複合魔法陣が展開される。
「反射、無効化、位相ずらし……!」
ソフィが叫ぶ。
「私の“失敗しなかった場合”の魔法!」
最後に、“レイの影”。
剣は振るわれない。
ただ一歩、前に出る。
それだけで、空気が圧迫される。
レイの額に、冷たい汗が滲んだ。
「……これが。教団が恐れた、“完璧な光”か」
三体の影が、同時に構えを取る。
ジルが叫ぶ。
「注意して!」
「こいつらは敵じゃない!」
「均衡を回復する“装置の答え”よ!」
ソフィが理解する。
「だから、倒すだけじゃダメ」
「均衡を示さない限り、次の段階が来る!」
黒霧装置が、さらに演算を進める。
灰の介入:検知
想定外因子:一
補正対象:灰属性保持者
ジルの刻印が、焼けるように光った。
彼女は、苦しげに膝をつく。
「……来た」
「灰は、均衡を壊す可能性そのもの」
アレックスが前に出る。
「なら――」
「俺たちが示すしかない」
「光でも、闇でもない答えを」
魔剣が、黒でも白でもない輝きを帯び始める。
ソフィが頷く。
「三人で」
レイが剣を掲げる。
「否定でも、殲滅でもなく――選択を示す」
黒霧装置が、初めて“揺らいだ”。
再演アルゴリズム:未確定
観測継続
均衡対策モードは、
まだ終わらない。
だが――
装置は、彼らを“試験対象”へと格下げした。
黒霧が凝縮し、三体の“影”が完全な実体を得た瞬間だった。
空気が裂ける音。
最初に踏み込んだのはアレックス。
黒銀の魔剣が唸りを上げ、黒銀の刃が闇を喰らうように振り抜かれる。
影の魔剣が迎撃。
火花が散る――否、魔力が爆ぜる。
一合。
次の瞬間には三合、四合。
剣速が常識を越える。
地面が抉れ、衝撃波が地下遺構の柱を粉砕した。
アレックスは笑った。
「俺を写したつもりか?」
踏み込みを一段、深くする。
魔剣が血を要求する前に、意志で抑え込む。
影の剣を弾き、肩口へ――
斬断。
影の上半身が黒霧へと崩れた。
だが即座に再生する。
「厄介ね」
ソフィが前に出る。
詠唱は短い。
だが重い。
魔術式が三重に展開され、空間そのものが歪む。
「――連結式・極光崩壊」
光柱が落ちた。
影のソフィが防御結界を張るが、上から叩き潰すという選択肢を想定していない。
防御ごと、圧壊。
黒霧が悲鳴のような音を立てて霧散する。
最後の一体が、レイへ向かう。
影の騎士は無駄がない。
突き、斬り上げ、盾打ち――教範通りの連撃。
だがレイは、教範を知った上で裏切る。
初撃を受け止め、敢えて体勢を崩す。
影が踏み込んだ瞬間。
「――甘い」
盾を投げ捨て、距離ゼロ。
剣を逆手に持ち替え、鎧の隙間へ突き刺す。
白銀の剣が、影の中核を貫いた。
レイは剣を引き抜き、低く告げる。
「オリジナルを、模倣で超えられると思うな」
三体同時に、アレックスが叫ぶ。
「ソフィ!」
「行くわ!」
魔力全開。
黒霧影兵が再結集する前に、アレックスが魔剣を地面に突き立てる。
黒銀の紋様が広がり、魔剣解放・第一制限解除。
刃が闇を吸い込み、輝きを増す。
「まとめて消えろ!」
横薙ぎ一閃。
剣圧が嵐となって吹き荒れ、ソフィの魔法陣がその軌道を補正。
「――照準、固定」
「了解だ!」
レイが剣を振るい、衝撃を一点へ収束させる。
三人の力が重なり――
黒霧影兵、完全消滅。
地下遺構が静まり返る。
黒霧装置コアが、異常音を発した。
起動ログ更新
管理個体:全損
均衡対策モード:失敗
次段階移行――強制
ジルが、短く笑う。
「……やっぱりね」
「理屈より、力で殴る方が早い」
アレックスは剣を肩に担ぎ、息を吐いた。
「オリジナルを甘く見るな、って話だ」
だが――
黒霧装置の中心部で、新たな起動光が灯る。
影の家へと送信される、次のログ。
地下遺構全体が震えた。
床に刻まれた古代刻印が、赤黒く発光する。
壁を走る霧が収束し、天井へと吸い上げられていく。
中央制御炉――
黒霧装置コアが形を変え始めた。
霧が装甲となり、骨組みとなり、
人型を超えた戦争用構造体へと再構築される。
六本の腕。
背部に展開する魔力集束環。
内部に脈打つ、疑似心臓。
ジルが舌打ちした。
「第三段階……都市一つ、消せるわね」
レイが剣を構える。
「撤退は?」
「ない」
アレックスが前に出る。
魔剣が、これまでになく強く脈動していた。
「ここで止める。それ以外、選択肢はない」
黒霧核が咆哮を上げる。
衝撃波。
床が砕け、柱が宙を舞う。
レイが即座に前へ。
「前衛、引き受ける!」
白銀の剣が連撃を弾き、六本の腕の注意を一身に集める。
だが一撃が重い。
盾代わりの結界が砕け、血が散る。
「くっ……!」
その背後――
ソフィの魔法陣が展開された。
「時間を稼いで! 主砲を潰す!」
詠唱と同時に、黒霧核の背部環が光を集め始める。
撃てば終わる。
街ごと、蒸発する。
アレックスが走った。
「撃たせるかよ!」
魔剣解放・第二制限解除。
黒銀の刃が、黒霧を喰らいながら輝く。
跳躍。
装置の胸部へ斬りかかる。
だが――硬い。
装甲が刃を受け止め、反撃の拳が叩きつけられる。
吹き飛ばされ、壁に叩きつけられるアレックス。
ソフィが叫ぶ。
「アレックス!」
アレックスは立ち上がる。
息は荒いが、目は死んでいない。
「……まだだ」
魔剣が、完全解放を要求してくる。
命を燃やせ、と。
アレックスは歯を食いしばり、拒絶した。
「全部はくれてやらない――今、使える分だけだ」
剣を地面に突き立てる。
魔力と生命力を意図的に制御し、
一点へと圧縮。
ジルが動いた。
「隙を作る!」
灰色の魔術式が展開され、黒霧核の動作が一瞬、鈍る。
「均衡干渉、最大出力!」
その瞬間を逃さない。
ソフィの詠唱が完了する。
「――極限式・崩壊指定!」
主砲ユニットへ、魔力が直撃。
爆発。
背部環が砕け、黒霧が暴走を始める。
「今だ!」
レイが叫ぶ。
アレックスが走る。
魔剣を両手で構え、全力で跳ぶ。
狙いは――疑似心臓。
「終わらせる!」
黒霧核が腕を振り下ろす。
だがレイが割り込む。
剣を犠牲にして、腕を止める。
「行け!!」
アレックスの刃が、核心へ突き刺さった。
魔剣が吼える。
黒霧を、刻印を、千年分の怨念を――
すべて喰らい尽くす。
眩い閃光。
爆音。
衝撃。
静寂。
霧が、霧として霧散していく。
黒霧装置は、核ごと崩れ落ち、ただの瓦礫になった。
アレックスは膝をつく。
魔剣は静かに沈黙した。
ソフィが駆け寄り、支える。
「……生きてる?」
「ギリギリな」
レイも剣の残骸を拾い、苦笑する。
「派手な終わり方だ」
ジルが、瓦礫を見下ろしながら言った。
「影の家は、この失敗を見逃さない」
「でも――」
「戦略兵器は失った。
これは、確実な一勝よ」
地下遺構の天井が崩れ始める。
撤退。
だが――
遠くで、次の火種が確かに動き出していた。
黒霧は消えた。
しかし、戦争は終わっていない。




