第三話
ヴァルドレア魔術議会の本会議が開かれる日。
街の空気は、いつもより張り詰めていた。
議会塔の周囲には結界が張られ、正門には通常の三倍の警備が立つ。
それは会議というより、防衛だった。
円堂に集う評議員たちは皆、同じ疑念を胸に抱いている。
――黒霧は、どこから来たのか。
――そして、誰がそれを動かしているのか。
中央の円卓。
筆頭評議員ザハル=クラウンが、杖を軽く鳴らした。
「本日の議題は一つ。ヴァルドレア北方にて発生した黒霧事件、およびその背後にある勢力について」
視線が、自然と三人へ集まる。
外部の人間が、この場に立っていること自体が異例だった。
まず、ソフィが一歩進み出る。
「黒霧は自然現象ではありません。複数の術式が組み合わされた兵器です」
円堂が静まり返る。
「術式の基盤は千年前――魔王戦争期に使われたものと一致します」
その言葉に、何人かの評議員が顔を強張らせた。
ザハルが続ける。
「つまり、黒霧は過去の遺産だ。問題は、それを誰が再起動させたかにある」
ここで、レイが口を開いた。
「我々が遭遇した敵は、個人ではなかった。名を持たず、顔を知らず、ただ役割だけを引き継ぐ存在だ」
ざわめき。
アレックスが低く、だがはっきりと告げる。
「彼らは自分たちを、『影の家』と呼ぶ」
その名が円堂に落ちた瞬間、何人かの評議員が、思わず息を呑んだ。
同じく筆頭評議員ローズマリー・エステルが、静かに立ち上がる。
「……記録にあります。ネザード統一帝国末期、皇族・司祭・傭兵・亡命魔術師が血縁や国家を捨てて結成した影の組織」
彼女は言葉を区切り、続ける。
「国家でもない。教団でもない。血ですらない。目的のために名前を捨てた者たち」
沈黙が深まる。
ソフィが、核心に触れた。
「影の家が掲げている目的は一つです」
「千年前の戦争の再演」
アレックスがそれを継ぐ。
「黒霧は武器。失われた帝国は旗。そして、影の家は――軍だ」
重い言葉だった。
ザハルがゆっくりと問いかける。
「……では、ネザード帝国は滅んでいないと?」
ローズマリーが答える。
「少なくとも、血筋は生きている可能性があります。黒霧を動かす権限を持つ者がいる以上、それは偶然ではありません」
その瞬間。
円堂の一角から、抑えた声が漏れた。
「仮説にすぎない」
別の評議員が同意する。
「影の組織、帝国の血筋……外部の証言だけでは弱い」
空気が、政治の色を帯び始める。
その時だった。
扉が開き、
議会の書記官が封印箱を抱えて入ってくる。
「……対外代表ローズマリー・エステル宛て。今朝、匿名で届けられました」
ローズマリーの視線が一瞬、鋭くなる。
彼女は箱を受け取り、封印を解いた。
中にあったのは――
研究記録、資金の流れ、隠蔽された実験報告書。
ソフィは一目で理解した。
「これは……議会内部のもの」
ローズマリーは静かに告げる。
「ええ。黒霧に関わる派閥の記録です」
ざわめきが、今度は隠しきれないほど広がる。
「表向きは禁忌研究に反対しながら、裏で黒霧の再現と制御を試みていた。影の家と直接繋がっている証拠はありません。ですが――」
彼女は評議員たちを見渡す。
「結果として、彼らの軍に武器を与えた可能性は否定できない」
重苦しい沈黙。
ここで、ザハルが杖を鳴らした。
「議会は、自らの内部問題と、外部の戦争準備を同時に突きつけられたわけだ」
「逃げ場はない」
ローズマリーは三人を見て、静かに言った。
「だからこそ、彼らが必要なのです」
「影の家は政治を戦場に引きずり出す。なら、我々は戦場を直視しなければならない」
アレックスは、魔剣の重みを感じながら思った。
――黒霧は、もう事件ではない。
――これは、戦争の前触れだ。
こうして魔術議会は、
否応なく千年前の亡霊と向き合うことになる。
議会塔の円堂には、まだ証拠の重みが残っていた。
黒霧。
影の家。
ネザード帝国の血筋。
そして――議会内部の裏切り。
それらは、もはや議論ではなく、現実だった。
筆頭評議員ザハル=クラウンは、ゆっくりと立ち上がる。
「……結論を出す」
老いた魔導士の声は低く、だが震えてはいなかった。
「ヴァルドレア魔術議会は、これまで黒霧を外部の禁忌として扱ってきた。だが今日をもって、それを改める」
彼は円堂を見渡す。
「黒霧は、すでに大陸規模の軍事問題だ」
沈黙。
反論は、もう出なかった。
ザハルは続ける。
「第一に。議会内部の黒霧研究派閥を、即時凍結とする」
「関係者は全員、評議会直属の監査結界下に置かれる」
何人かの評議員が目を伏せた。
それは処罰ではない。
裁きの前の拘束だった。
「第二に。ヴァルドレアは、表向きの中立を維持する」
ざわめき。
「しかし裏では――影の家に関する情報収集と、黒霧装置の破壊を最優先課題とする」
ローズマリー・エステルが静かに口を開く。
「その役目を、誰が担うのですか」
ザハルは、彼女を見る。
「議会の人間ではない者だ」
その視線が、自然と三人へ向いた。
アレックスは苦笑する。
「つまり……俺たちが、議会が動いていないことにする役か」
否定はなかった。
ソフィが静かに問う。
「それは、正式な依頼?」
「正式だ」
ザハルは頷く。
「ただし、表向きは独立行動だ。我々は、君たちの存在を否定する」
冷たい決断だった。
だが、現実的でもあった。
レイが低く言う。
「失敗した場合は?」
ザハルは即答した。
「議会は知らぬ存ぜぬを貫く」
一瞬、空気が凍る。
だがローズマリーが、そこで言葉を添えた。
「その代わり」
彼女は指を鳴らす。
「議会の影の帳簿を開きます。古代文献、封印魔術、禁忌指定の監視資料。あなたたちが必要とする情報は、可能な限り提供する」
それは、信頼ではない。
賭けだった。
ソフィはゆっくりと息を吐く。
「……理解しました」
アレックスは肩をすくめる。
「俺たちが動くことで、この都市が守られるなら悪くない」
レイは、静かに頷いた。
「影の家が再び戦争を起こすなら、止める者が必要だ」
ザハルは、最後に杖を鳴らした。
「これより、魔術議会は影の家を潜在敵性勢力と認定する。千年前の戦争は、終わったままにする。それが、我々の決断だ」
宣言は、拍手も喝采もなく、ただ静かに受け止められた。
会議が終わり、人が散り始める。
ローズマリーは、三人にだけ聞こえる声で言った。
「影の家は、あなたたちが動かされる側になると読んでいる」
「だから――先に動いてください」
アレックスは魔剣の柄を握り直す。
刃は、何も語らない。
だが確かに、目覚め続けていた。
こうして決まった。
ヴァルドレアは中立を保ったまま、
影で戦争に参加する。
そして三人は、政治にも記録にも残らない――最初の駒として動き出すことになる。
ヴァルドレアの地下、地図にも記されぬ古い回廊。
石壁は黒ずみ、天井から滴る水音だけが響いている。
だがそこは廃墟ではなかった。
円形の広間。
中央には、黒霧を薄く閉じ込めた水晶球が浮かび、周囲には人影が点在している。
――誰も顔を見せない。
フード。仮面。影。
声だけが、そこに在った。
「……議会は、決断したようだ」
その声は若くも老いても聞こえない。
性別すら判別できない。
別の声が応じる。
「中立を装い、裏で刃を研ぐ。ヴァルドレアらしい選択だ」
黒霧が、水晶の中でゆっくりと脈動する。
第三の声。
「例の三人が、駒として選ばれた」
「魔剣使い。大魔導士。
そして――光の教団を離れた騎士」
一瞬、空気が揺れた。
「やはりか」
「彼らが動くのは、想定内だ」
誰かが、軽く笑った。
「議会は、彼らを自由な駒と思っている。だが、我々にとっても同じだ」
水晶球の表面に、映像が浮かぶ。
石造りの議会塔。
そして、去っていく三人の背。
「魔剣が目覚めつつある。あれは……血の反応だ」
「ネザードの刻印と、共鳴している」
低い声が言う。
「千年前と同じだ。戦争は、英雄ではなく遺産から始まる」
別の影が静かに告げる。
「議会内部の研究派閥は?」
「予定通り切り捨てる。彼らは盾として十分役目を果たした」
ためらいは、どこにもない。
「ローズマリー・エステルは?」
その名が出た瞬間、一瞬だけ沈黙が落ちた。
「……彼女は、まだ使える」
「議会の良心として動いているが、それこそが、彼女の限界だ」
「必要なら、選ばせればいい」
水晶球の黒霧が、濃くなる。
「光か、闇か」
「議会か、民か」
「――あるいは、生き残りか」
最後の声が、静かに締めくくった。
「影の家は、すでに軍を動かしている」
「次の黒霧は、議会の目の届かぬ場所で立ち上がる」
水晶が砕け、黒霧が散る。
その霧は、回廊の隙間から地上へと流れ出した。
まるで、決断を待っていたかのように。
そして誰かが、呟いた。
「駒は揃った」
「次は――盤を壊すだけだ」
闇の中、影たちは姿を消す。
ヴァルドレアの夜空に、黒い雲が、ゆっくりと集まり始めていた。
夜更けの議会塔。
高窓から差し込む月光が、円卓の一部だけを照らしていた。
ローズマリー・エステルは、一人で書簡に目を通している。
黒霧研究派閥の監査報告。
北方で起きた黒霧事件の被害推計。
そして――三人に開示した禁書庫目録。
積み上げられた紙束は、この都市が背負う重さそのものだった。
彼女はペンを置き、額に指を当てる。
静かすぎる夜だった。
その時。
燭台の炎が、ふっと揺れた。
風はない。
結界も破られていない。
それでも――背後に気配が生まれた。
「警戒心が強い。それでも一人になるのね」
声は、すぐ近くから聞こえた。
ローズマリーは振り返らない。
「この塔に無断で入れる者は限られている」
「……あなたは、そのどれでもない」
影が、柱の陰から滲むように現れた。
顔は見えない。
だが装束は、教団でも議会でも、どの国家のものでもない。
「ご名答」
「影の家だと名乗るつもり?」
「名乗るほどの個ではない」
影は、机の上に一通の封筒を置いた。
封蝋は割れていない。
だが、紋章は――
ネザード帝国。
ローズマリーの指が、僅かに止まる。
「千年前に滅びたはずの国の印章を、わざわざ使う理由は?」
「あなたが信じない人間だからだ」
影は静かに言う。
「信じない者ほど、証拠を見る」
ローズマリーは封を切らず、問い返す。
「用件は?」
影は、選択肢を並べるように言った。
「一つ目。あなたは、これまで通り議会の良心として振る舞う。黒霧を否定し、影の家を敵と定義し、あの三人を使い捨ての駒として送り出す。結果、ヴァルドレアは守られる。短期的には、だが」
ローズマリーは無言。
「二つ目。あなたは、我々に協力する。議会内部の動き、三人の行動、魔剣の反応、封印の進捗。その代わり――」
影の声が、わずかに低くなる。
「この都市は、戦場にならない」
沈黙が、重く落ちる。
「脅迫?」
ローズマリーは静かに問う。
「現実だ」
影は即答した。
「我々は、戦争を起こしたいのではない。再開したいだけだ。千年前に、途中で止められた戦争を」
ローズマリーの瞳が鋭くなる。
「多くの命が失われる」
「失われてきた」
影は淡々と返す。
「選ばれなかった都市。選ばれなかった国家。選ばれなかった人間。あなたは、選ばれる側に立てる」
影は、一歩だけ近づいた。
「あなた個人の選択で、ヴァルドレアは次を免れる。そして、あの三人は――」
言葉を切る。
「英雄になれる」
それが、最も残酷な餌だった。
ローズマリーは、深く息を吸う。
「……考える時間は?」
影は、ゆっくりと下がった。
「夜明けまで。太陽が昇る頃、次の黒霧は動き出す」
「あなたの答え次第で、その場所が変わる」
影は、音もなく消えた。
燭台の炎が、元に戻る。
ローズマリーは一人、封筒を見つめる。
ネザード帝国の紋章。
彼女は、それを火にくべなかった。
だが――
開きもしなかった。
「……選択を、強いる者ほど、人の心を理解していない」
小さく呟く。
机の上には、三人の名が記された行動報告。
ローズマリーは、その紙をそっと裏返した。
夜明けまで、残された時間は少ない。
そしてこの選択は、彼女自身の物語を、戦争に引きずり出す。
夜明け前。
議会塔の最上階、禁書庫への扉が、静かに開いた。
結界は破られていない。
正規の手続きを踏んだ者だけが通れる――
それが、この塔に残された最後の誇りだった。
ローズマリーは一人、灯りを手に歩く。
書架に並ぶのは、千年前の戦争記録。
ネザード帝国。
黒霧。
そして、戦争を終わらせたはずの封印。
彼女は、ある巻を引き抜いた。
《終戦調停記録・補遺》
表に出ることのなかった文書だ。
頁をめくる。
そこに記されていたのは、魔王の討伐でも、帝国の完全滅亡でもなかった。
――停戦。
黒霧装置は、完全に破壊されていない。
ネザードの血筋は、根絶されていない。
ただ、戦争を続けられなくしただけ。
ローズマリーは、唇を噛む。
「……だから、再開できる」
封印は、終わりではなく蓋だった。
次の頁。
そこには、署名があった。
議会初代評議員。
光の教団代表。
そして――
《影の家》を名乗る存在。
彼女の呼吸が、わずかに乱れる。
「最初から……完全な勝利なんて、存在しなかった」
その時、足音。
扉の外。
「入っていい?」
聞き覚えのある声。
ローズマリーは、灯りを下げずに答えた。
「どうぞ」
扉が開き、ソフィが姿を見せる。
眠っていない目。
魔力の揺れが、まだ整っていない。
「議会の記録を、勝手に覗いていると怒られますよ」
「怒られる立場なら、もう通り過ぎた」
ローズマリーは微かに笑った。
「あなたに、見せたいものがある」
彼女は、補遺の頁を差し出す。
ソフィは黙って目を通し、
やがて言葉を失った。
「……停戦?」
「ええ」
「千年前の戦争は、終わったことにされただけ」
ソフィは、しばらく考え込む。
「影の家は、その事実を知っている。だから再演できる。だから、私を選ばせに来た」
ローズマリーは頷いた。
「でも、私は拒む」
彼女の声は、強かった。
「議会か、影の家か、二択を突きつけるのは――怠慢よ」
ソフィは、ゆっくりと息を吸う。
「第三の道って?」
ローズマリーは、書架を見上げる。
「停戦を、終戦に変える。再演できない形で、黒霧とネザードの遺産を終わらせる」
「そのためには――」
彼女は、三人の名前が書かれた羊皮紙を取り出す。
「議会の権威でも、教団の剣でも足りない。遺産そのものに触れられる者が必要」
ソフィの視線が、自然とアレックスの魔剣を思い浮かべる。
「……彼しかいない」
ローズマリーは否定しない。
「ただし、彼を駒にはしない」
「真実を知った上で、自分の意思で選ばせる」
その瞬間、遠くで鐘が鳴った。
夜明け。
影の家が指定した期限だ。
ローズマリーは外を見やり、静かに言う。
「次の黒霧は、止める。そして同時に――影の家にも、議会にも見せる。この大陸には、まだ別の答えを探す者がいると」
ソフィは、深く頷いた。
「彼らに伝えます」
ローズマリーは一瞬、迷い、そして言った。
「……全てを話して。恨まれてもいい。それでも、隠したまま戦争をさせるよりはましだから」
禁書庫の灯りが揺れる。
ここで、戦争の歯車は一つ、
別の方向へと回り始めた。
議会塔の小会議室。
正式な円堂ではない、記録官も侍従も置かれない部屋。
窓の外では、朝のヴァルドレアが動き始めていた。
商人の呼び声、馬車の音、平和そのものの雑踏。
その中心で、四人だけが向かい合っていた。
ローズマリー・エステルは立ったまま、
机の上に一冊の古文書を置く。
「最初に言っておくわ」
静かな声だった。
「これは、議会の公式見解ではない。あなたたちに話すこと自体、越権行為よ」
アレックスは肩をすくめる。
「今さらだな」
ソフィは文書に視線を落とし、そこに刻まれた年代を見て息を詰めた。
「……千年前の魔王戦争」
レイが、低く問う。
「終戦記録ではなく?」
ローズマリーは、首を横に振った。
「いいえ。停戦記録よ」
一瞬、空気が止まる。
「千年前の戦争は、ネザード帝国の滅亡と共に終わった――そう教えられてきた」
彼女は淡々と続ける。
「でも真実は違う。帝国は完全には滅びていない。黒霧装置も、破壊されていない」
ソフィの指が、無意識に握られる。
「封印しただけ……?」
「ええ。これ以上戦えなくすることで、戦争を終わらせたことにした」
ローズマリーは、文書を開く。
そこには、三つの署名が並んでいた。
魔術議会。
光の教団。
そして――影の家。
レイの表情が硬くなる。
「……敵と、協定を?」
「敵ではなく、止められなかった相手よ」
ローズマリーは言い切った。
「黒霧は兵器。ネザード帝国は旗。影の家は軍」
「三つを同時に完全破壊する術は、当時の誰にもなかった」
アレックスが、静かに口を開く。
「だから、蓋をした」
「そう。黒霧を封じ、帝国を滅びたことにし、影の家を存在しないものとして扱った」
ソフィは目を伏せる。
「それじゃ……」
「再開できる」
ローズマリーは遮らず、続けた。
「封印とは、終わりじゃない。条件が揃えば、必ず開く。影の家は、その条件を整えている」
沈黙。
アレックスの魔剣が、かすかに低い振動を発した。
まるで、その話題に反応するかのように。
「……俺の剣は?」
ローズマリーは、視線を逸らさなかった。
「千年前の遺産の一つ。黒霧と同じ時代に作られ、同じ戦争を終わらせるために使われた」
レイが、苦く言う。
「終わらせるため、か」
「ええ」
「破壊ではなく、戦争そのものを続けられなくするために」
ソフィが、静かに問う。
「じゃあ、影の家は……正しいと言えるんですか?」
ローズマリーは、はっきりと首を振った。
「いいえ。彼らは、過去を理由に未来を焼く。それは、どんな大義でも許されない」
アレックスは椅子にもたれ、息を吐く。
「で、俺たちは何だ? 停戦の副作用か?」
ローズマリーは、一歩近づいた。
「いいえ。あなたたちは――停戦を終戦に変えられる可能性よ」
彼女の声は、微かに震えていた。
「議会は、あなたたちを駒として使おうとする。影の家は、あなたたちを再演の鍵として使おうとする。でも私は――」
一瞬、言葉を選び、続ける。
「あなたたち自身が選んだ形で、この戦争を本当に終わらせてほしい」
沈黙が落ちる。
レイが、ゆっくりと立ち上がった。
「……教団は、この真実を知っているのか?」
「上層部の一部は」
「だから、あなたを追っている」
レイは、短く息を吐いた。
ソフィは、目を閉じてから開く。
「隠されていた理由は、理解できる」
「でも……」
アレックスが、魔剣の柄に手を置いた。
「俺は、選ばされるのが嫌いだ」
ローズマリーは、静かに頷いた。
「だから、隠さなかった。これが、私の選んだ第三の道」
窓の外で、朝の鐘が鳴る。
平和な音だった。
だがその裏で、千年前の戦争は、確かに息をしている。
アレックスは立ち上がり、言った。
「……終戦にする方法を、探そう。停戦じゃなくな」
ソフィとレイが、黙って頷いた。
ローズマリーは、深く頭を下げた。
それは評議員としてではなく、一人の人間としての礼だった。
戦争は、まだ始まっていない。
だが――
終わらせるための物語は、ここから始まる。




