6.クラウディウスの章 外伝 メッサリナ処刑
文字数(空白・改行含む):2222字
主役はいったい誰?ってなるので
本編では使わなかった短編、
「メッサリナ処刑」です。
クラウディウスの章 外伝 メッサリナ処刑
皇后重婚
ローマ郊外。
熱気がこもる視察地、皇帝の軍営に、汗だくの伝令が駆け込んできた。
砂埃を巻き上げたまま、震える声で言い放つ。
「皇后陛下が……シリウスと、婚礼を挙げました」
『は?』
視察の途中、葡萄酒を飲んでいた皇帝クラウディウスは、手を止めた。
軍営のざわめきが、ぴたりと止まる。
『う、う、嘘だよね? ま、まさか……あり得ないよ』
使者は、顔を伏せたまま何も言わない。
『……うん、それは誤報だ。
もし何かあってもローマにはナルキッススもいるし、
……ま、まずは視察を続けよう』
クラウディウス帝は、少し現実逃避するところがあった。
その報告は、誤報ではなかった。
現皇后ウァレリア・メッサリナと、ガイウス・シリウス――
結婚式
元老院議員や騎士階級の者たちが列席し、
祝辞と乾杯が飛び交い、市民たちは色めき立つ。
それは公然と執り行われた、万人が認める正規のものだった。
(まるで本当の結婚式みたい!)
その場で皇后だけが、無邪気にそう思った。
しかし、招待客たちの顔には、はっきりと“覚悟”の色があった。
皇帝の存命中に、皇后が別の男と結婚する。
それは事実上――
“次の皇帝はシリウスだ”
という、皇帝への公然たる反逆であった。
宮殿
ローマに戻った皇帝は、側近らの報告を受ける。
「陛下のご不在を狙われました。
貴族たちも多数参加。
ローマ中が “新しい皇帝が決まった” と受け取っております」
『と、とにかく皇后に会おう! 呼んできてくれる?』
しかしその願いは、もはや叶わぬものだった。
皇族の庭園
庭園にて軟禁状態の皇后メッサリナ。歳は23歳。
乱れた髪が頬に張りつき、肩は震えている。
彼女の前に立つのは、皇帝の側近筆頭ナルキッスス。
その目には、確かな決意が宿っていた。
「あなたは、決して越えてはならぬ一線を越えた。
おわかりでしょう」
「ごっこだったのよぉーッ! 遊びよ!
こんな扱い…こんな……私は皇后なのよ!」
「――そう、あなたは皇后でした」
鋭い言葉が、静かに突き刺さる。
「今は、違う」
「陛下に会わせて! 陛下と話を!
陛下なら、私を許してくださるわ!」
側近ナルキッススは目を閉じ、ゆっくり首を横に振った。
「……もしかしたら、そうかもしれません」
彼女の瞳が一瞬、光を取り戻す。
「じゃあ――!」
「しかし、あなたは罪人。
罪状は国家反逆。
陛下の御前に出ることは、許されません」
「くっ! こ、この奴隷あがりが!」
ウァレリア・メッサリナ。
現皇帝クラウディウスの正妻。
寵愛を利用し、気に入った者は高官へ引き上げ、
気に入らぬ者は、讒言と陰謀で追放し、財産を奪い、死に追いやってきた。
その彼女が、ついに一線を越えた。
皇帝不在のローマで、愛人と結婚式を挙げる――
「これ以上の……」
ナルキッススは歯を噛みしめ、声を震わせる。
「これ以上の国家反逆があるかーッ!」
(ひぃっ!)
普段は沈着な男の激昂に、メッサリナは言葉を失った。
彼は呼吸を整え、諭すように告げる。
「あなたの権力の源はなんですか?
……そう、陛下です。
その陛下を、あなたは排除しようとした」
「違う! 私は……ただ……!」
「さらにあなたは、陛下の許可なく、兵に命令した。
“自分を守れ”と」
「そ、それは、私を守るように言っただけ――!」
彼は問う。
「……何からですか」
一瞬、風すら止まったようだった。
すぐに絶望の重みが彼女に落ちる。
答えれば、全てを認めることになる。
答えなくても結果は同じ。
静かな声が引導を渡す。
「あなたは皇帝陛下の兵に、
“皇帝陛下から自分を守れ”と命じたのです」
メッサリナは崩れ落ちた。
「ごっこだったのよ……
冗談だったの……遊びだったの……
陛下に……会わせてぇ……」
庭園に、無骨な軍靴の音が響く。
かつて彼女に仕えた者たちも、誰一人 目を合わせなかった。
兵士の視線は、かつての尊敬から “罪人を見る目” へと変わる。
私は、私の命にかえてもあなたを処刑する
ローマのため、陛下のため…
これは、今ここで私が果たすべき「使命」だ
ナルキッススの覚悟が、皇后を超える瞬間である。
メッサリナに短剣が手渡される。
しかし、恐怖に震える彼女は、
自らに刃を向けることができない。
皇后メッサリナは、その日のうちに近衛兵によって処刑された。
(あなたの笑顔を、陛下がどれほど好んでいたか……)
顔に浮かんだわずかな影を、すぐに払いのけ、
彼は必要な指示を的確に出していく。
宮殿 夜
クラウディウス帝は、食卓につく。
葡萄をつまみ、ぽつりと呟いた。
『メッサリナ、まだかな』
給仕たちは、誰も皇帝の目を見なかった。
ワインのおかわりを、淡々と要求する皇帝。
空の杯を、皇帝はゆっくりと傾けた。
わずかな底光りが、どこか物足りなげに揺れる。
『あ、そうだ、あれは……誰が持ってきてくれたんだったかな、
とても高価なワインがあったね、あれを』
「か、かしこまりました」
『そうだな、あれがいい。楽しみだな…』
給仕は、手を震わせぬよう注意しながら皿を整える。
料理の香りが虚しく漂い、沈黙がゆっくり積もる――
カチ…カチと、静かに音を鳴らす食器だけが、彼の話し相手となった。
『それにしても、……なんだか今夜は、静かだね』
ろうそくの炎が、いるべき人のいない席に、ぼんやり揺れた。
――終。
空になったワインはメッサリナ、
高価なワインは小アグリッピナの隠喩です。
ナルキッススを持ち上げすぎてるのは、私の好みと言うことで。




