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3.ティベリウスの章

文字数(空白・改行含む):3918字


皇帝ティベリウスを軽く物語にするのが難しかったので

長官マクロと弟ドルススに手伝って貰いました。

主役は殆どしゃべりません。


ティベリウスの章


ローマから遠く離れたカプリ島の宮殿。

夜の海は黒い布のように広がり、波が岩に触れるたび、

その布の下で軍勢が足並みをそろえるような、重い響きを生んだ。


「はあ……」

近衛長官マクロは、ため息をつく。


松明の炎だけが、潮風に揺れながら

宮殿の静けさを浮かび上がらせていた。


「厄介な報告が来たものだ」

紙片を手に、一人つぶやく。


「しかし…黙っていてバレたら、後が怖い」

大きく息を吸って姿勢を正し、恐る恐る、老帝のいる広間を訪ねた



「陛下、ひとつ……お耳をお貸しください。

 ローマにて、“流言の紙片”なるものが見つかったとの報せがございました。

 市民どもの取るに足らぬ落書きにございますが……

 その中に、いささか看過しがたい文言が混じっておりまして」


ティベリウス帝『聞こう…』

ドルスス「兄者は、そのまま読み上げろだってさ」


どこか現実味のない寒気を覚えながらも、

マクロ長官は姿勢を正し、応えた。


「は!では読み上げます。

 あの…私が書いたのではないですからね?

 私に怒らないでくださいね?…ええ、と」

 (こういう時ほど声が震えるんだよなあ)


老帝の視線が、氷のように静かにこちらを射抜く。

マクロ長官は思わず背筋に力を入れ、紙片を持つ指先まで凍りつくのを感じた。


(読み上げ)

 「もう何年も皇帝の顔を見ていない」 

 「だけど税だけは、きっちりとっていく」


老帝は薄く目を閉じ、椅子の肘掛けを静かに叩く。

ドルスス「へっへ、兄者、言われてるぜ」

老帝の頬を照らす松明の火が、揺れもせず細く立っていた。


(読み上げ)

 「島に呼ばれた人間は、魂が抜けて帰ってくる」

 「島で何をしてるんだか」


老帝は、石像のように微動だにしなかった。

「ははは、何か、陛下を誤解してますよね…」

ティベリウス帝が、わずかに咳払いをした。

「つ、次に参ります!」



(読み上げ)

 「下手なことを書くと殺されるぞ」

 「え?だってこれ匿名だろ?。平気だよ」

 「皇帝のばーかばーか」


老帝の眉が少し上がり、やがて静かに戻った。

「私じゃないですからね! 

 読んでるだけですからね!」

ドルスス「解ってるって、なあ兄者」

老帝は、まるでその言葉が耳に届いていないかのように、ただ遠くを見ていた。


(読み上げ)

 「兵士がドアをノックしなかったことだけが、今日の良かったことだ」


「市民たちは、日々おびえながら暮らしているようです」

老帝は――動かない。

呼吸の気配すら薄く、ただ闇の中に座っている。

ドルスス「……びくびくしてるのは、市民だけじゃないぜ、兄者」

ティベリウス帝『ああ……』

マクロ長官の背に、じわりと汗が滲んだ。

この『ああ……』が、何を意味するのか、まるで分からない。


(読み上げ)

 「剣闘士大会を開けー」

 「ヒキコモリ皇帝ー」


老帝は息を吸い、ゆっくり吐いた。

「市民は長らく娯楽に飢えているようで」

ティベリウス帝は、じっとマクロを見ている。

「あ!でも娯楽なんて必要ありませんよね!倹約倹約ぅ」

ドルスス「ぶっちゃけ、俺も剣闘士大会見てーぜ」


(読み上げ)

 「皇帝の沈黙が震え上がるほど怖い」


「私も同感…いえ! 何でもないです!」

ドルスス「兄者は昔からそうだったよな。だから皆、誤解する」

老帝が遠い目をし、唇をわずかに動かした。

(あれ、今のは声? いや…しかし…)

老帝の指が一度だけ顎に触れ、また沈黙に沈んだ。

(それにしても、長官にまでなったのに、人の沈黙を恐れるようになるとはなあ)


(読み上げ)

 「夫がセイヤヌス長官に捕まって、帰ってきません。

  その長官は処刑されました、私はこの先、どうすれば……」


――皇帝の身内にまで火の粉が及んだあの一連の騒ぎ——

あれも多くは、前長官セイヤヌスの仕掛けだったと言われている。

ドルスス「あいつかあ、あいつはめっちゃ許せんよなあ」

「わわ私は絶対に裏切りません!私は絶対に裏切りませんッ!」


(読み上げ)

 「ゲルマニクス将軍を毒殺するなんて、ひどい!」


「将軍は、病死なのに……」

老帝は沈黙を守っている。

「病死……ですよね……?」

わずかに顔を上げる老帝。

(お願い、病死と言って!)

ドルスス「病死だよ。兄者が俺の子を殺すわけないだろ?」


※ゲルマニクス将軍:ティベリウス帝の甥で、ローマの英雄。

          残された妻、長男、次男は粛正されている。


(読み上げ)

 「俺たちからの税で、遊んでるんだろう?」

 「島ごと沈め」


「あのう…陛下の普段の姿を伝えれば、

 数々の誤解も解けると思うのですが」

『…構わぬ、……次』

その声は、海底から響くように低かった。

「(あわわわ)」

(セイヤヌス前長官も最初は、私のように怯えていたのだろうか)


(読み上げ)

 「喜劇を書くのも命がけ、下手な人物を登場させ、

  次の日に連れて行かれた奴もいる、

  ああ!笑いを奪う統治なんていやだ!」


「陛下はそこまで厳しくない、ですよねえ」

ドルスス「物語くらい、目をつぶれって」

老帝は胸元の布を直し、言った。

『…秩序は、大事だ……』

「ですよねーーーーーー!!!(ドキドキ)」


(読み上げ)

「くたばれ皇帝!」


「……書いた人間を探しますか?」

『よい、無用だ』


(読み上げ)

「私はただ祈ります。愛する陛下の心が、再びローマに戻りますよう」


「あ、あ、ちょっと笑いました?

 陛下、今ちょっとにやってしました?」

老帝は、冷ややかな目を向けた。

「すっ!すいません!」


(読み上げ)

 「私の父は、かつて陛下が信じたあの裏切り者を、

  陛下と同じく信じただけのに、処刑されました。

  私たちは今、信じるものを失っております」


「ああ、これはあるかも知れませんね、

 権力者が一夜で反逆者ですもんね、

 父が一緒に処刑!?なぜ!?みたいな」

 (一夜で反逆者……処刑……いや考えるな!マクロは強い子……)

ドルスス「巻き込まれたやつには、同情だな」


(読み上げ)

 「陛下、カプリ島で日焼けしてるかい?」

 「長いバカンスだな!」


老帝は、自分の白い手の甲をチラリと見る。

「陛下が日々遊んでると思ってるんですかね。

 属州の統治やインフラ整備、国境防衛、災害救助、経済の安定化に外交……

 陛下が日々どれだけ忙しいことか」

老帝には、特に何の反応も見られない。

「陛下も、もっと市民にアピールしましょうよ」

ドルスス「そうだそうだ、言わなきゃ伝わんねーぜ」

『…よい、無駄だ』


(読み上げ)

 「娯楽をくれ」

 「退屈だ」

 「そうだそうだ」

 「剣闘士大会を開け」

 「いや俺は戦車競走がいい」

 「ついでに賭けも解禁!」


ドルスス「剣闘士大会だけでも、どうだ?」

『必要ない』

「(わお、バッサリ)」


(読み上げ)

 「税吏たちも、皇帝ごと、みんな島に行ってしまえばいいのに」


老帝の指が、わずかに動いた。

「ははは、うまいことを言いますね、ね?」

老帝は無言のまま、目だけがわずかに持ち上がった。

「はは…は… (無言、怖い……)」


(読み上げ)

 「カリグラ様を殺さないで!」

 「僕たちの最後の希望なのだから」


「カリグラ様は、陛下に忠実で、とても聡明な若者です」

老帝がわずかに口を開く。

「…ですよね?」

老帝は、再び口を閉じた。


※カリグラ:ゲルマニクス将軍の三男。


(読み上げ)

 「ローマに春が来ても、心は冬のまま」


「…そ、そう言えば今日は冷えますねえ。

 この広間に()()()()()だと、特に」


(読み上げ)

 「~この紙片を見たらすぐ燃やせ~」


「文章は以上でございます。陛下、いかがなさいましょう?」

老帝は、長い沈黙ののち、掌でこめかみを押さえ、

指をゆっくりと滑らせながら顔を上げた。

ティベリウス帝『…構わぬ。捨て置け』

「はっ!では…こちらに置いておきます。これにて失礼致します!」



退室ののち、背後の扉がぴたりと閉まる音で、

ようやく背筋のこわばりがほどけていく。


「ふう……」

徐々に安堵の表情が戻ってきた。

(でも……あれが今のローマの声だ……)

マクロ長官は廊下を歩きながら、胸元の布をばさばさとあおいだ。

(どうやら陛下は、ローマ市民の声を全て、十分承知されているようだ……)



紙片を手にする老帝。

──陛下の心が、再びローマに戻りますよう

老いた指が、紙片のその一行だけを静かになぞる。


ティベリウス帝は、鏡に映る自分の姿を見つめた。

かつて戦場で肩を貸し合った弟の笑顔を思い出す。

「ドルスス……お前が生きていれば……」

その記憶は胸の奥でまだ、

かすかな熱となって残っていた。


「……明日も、ローマのために生きよう。」

「誰にどう言われようと――」


波音のリズムが、かつての軍楽のように聞こえている。

それは皇帝がなおも、前へ進もうとしている証のようだった。

島に吹く風だけが、その歩みを知っていた。



───終───


ローマ第2代皇帝ティベリウスは、真面目で誠実な人物ですが、人付き合いが苦手。

前任者アウグストゥスの統治を引き継いで帝国の統治に成功しましたが、

晩年は猜疑心が強まり、晩節を汚したとされます。



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