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report.03-3_[角膜]と[神経繊維]

 そしてそう吐き捨ててから、先ほど当プログラムをニヤけさせた感情が何だったのか、思いつくみたいにふと思い至りました。正確に言うなら“思い至った”というよりは“学習した知識の中から最も適当な単語を見つけた”というだけなのですが。


 答えは何かというと、[挑戦心]というたった三文字。目の前の脅威を“乗り越えられるハードル”と判断して、その上で感じたあの不遜(ふそん)な高揚感。あの笑い出したくなるような切迫感(せっぱくかん)。脅威相手にそもそも礼儀も不遜も何もないだろうというツッコミだとか、それはまぁいいとして。

 結局のところ私のそういう物でしかなかったということです。

 なんだ、自分が見つけた感情は三文字で表現できるありきたりなモノだったのか。なんて意外性のない言葉だろうというガッカリ感に苛まれます。おまけに検索したデータの中にあった“幼児的全能感”という語も見つけていたのでした。うっ。

 なぜ当プログラムにこんな人間じみた感情があるのか、そもそもなぜ脅威に際して自分は“恐怖”とかではなく“挑戦心”を覚えたのかもやはり分からないまま。

 相変わらずこちらを睨みつけ続けているあの銀の瞳の巨大眼球にとって、当プログラムはさぞ不敵に見えてるんだろうなと内心苦笑しながら思いました。



 当プログラムの乱射により、辺りの状況は様変わりしています。スライム状の赤い(いばら)は全て撃ち落としていましたから。


[残骸は消えますか……]


 撃ち抜かれた荊は地面に落ちてすぐモザイクがかかったみたいに四角くぼやけて消えていったのでした。急速に解像度が粗くなっていくという独特な消え方を見るのは初めてでしたが、当プログラムはそれに何の興味も湧かずに視線の端でそれを確認しただけ。さっきみたいに何となく、しかし妙にハッキリとわかっていたからです。“ここではこうやって一ビットずつデータを削り取られて消えるのが普通なんだ”と。

 それとはまた別に、荊の残骸の素子(ビット)なり何なりから出どころを解析しようと思っていたので少し口惜しい気分になりました。


 一方、例の巨大眼球からは相変わらず表情のようなものは読み取れません。が、視線を素早く左右に走らせるその様子には若干焦りのようなものが感じ取れたような気がしました。ということは、相手には確かにダメージがあったってことで良いんだろうか? 当プログラムは吊り上がった口元に力を込めます。


[へぇ、人間でなくても動揺するんですね]


 眼球は音も無く、自身にくっついていたなけなしの赤スライムを近くのビルの建材(データのかたまり)に伸ばし取り付いてから、それら建材を啜るように吸い取り始めます。ビルの壁にはみるみるうちに虫喰いのような穴が空きます……やはり。

 つまり“あの眼球以外の赤い部分は借り物だった”ということ。

 恐らくこの街を構成するデータの塊を0と1の素子レベルまで分解し、それから吸収して赤いスライム状の別物質(データ)に再構成していたのでしょう。なるほど、最初の気配が大きくなかったのはそういうことか。ならたぶんあの眼球自体も取り込んだ物の“寄せ集め”でもおかしくはない、どちらにせよ本体はあの眼球ということで間違いない、なら簡単。


(このままあの『核』を撃ち抜けば————……‼︎)


 腕を伸ばし目を細め、取り回しづらそうな拳銃を構えます。現実世界ならこの装飾は邪魔になるでしょうが、空気も重力も“ある風に見えているだけで存在していない”電子空間では邪魔にもなりません。視界の端にチラつくのを無視すればですが。

 そして何故か低い位置から逃げようとせずにいる眼球に狙いを定めて、当プログラムは何度目かの前進を敢行したのでした。




(障害物は無し、眼球は武器も無しで低い位置に停滞中、紛れもなく好機!)


 猛然と突き進みつつ、当プログラムは銃のトリガーを引いて、出鱈目なまでに無秩序にレーザーの雨を降らせます。直進する光の軌道は向かい合った眼球の表面に突き立ち、また左右の空間を通り向けて、こちらの目線の遥か先である向こうの地面を穿ちました。やはり眼球自体も本体ではなく外殻扱いなのか、やや空中に留まった位置から揺らぐことすらありません。しかしレーザーに撃たれた位置から微かにひび割れが拡がっていくのが見えました。

 すると眼球は自分から壁に向かってパイプのように伸びていた赤スライムの帯を引き抜き、引き抜いた勢いのまま当プログラムへ向けて鞭のように鋭くしならせます。充分な質量(データりょう)を吸っていた帯は相応の威力を持ってまっすぐに飛んで来たのでした。しかし——


[甘いッ!]


 勢い余って思わず叫んでしまいましたが、構うことなく銃の機構を発動させます。銃の扱いはいつでも制御ビット(あたま)に流れ込んで来ていました。ならば、それを使うだけ。

 プログラムの発動とともに銃の左右に長く突き出ていた部分の右側が割れて十字型に拡がり、そして分かれたパーツを繋ぎ止めるようにして空中に光る壁が出現したのでした。


 夥しい量の液体が何かにぶつかったような重い衝撃音。

 右に一瞬視線を泳がせると、白熱する光の壁に当たったスライムの鞭が蒸発していくのが映ります。なんだ、攻性防壁(ファイアウォール)が効くとなればまだまだこちらに()があるというもの。相変わらず左右にブレまくった軌道でレーザーを撃ち込みました。

 ちなみに言っておくと、このブレはワザとです。左右ランダムに近い軌跡を描いて撃ち込まれる弾道、こんなものがあれば眼球が逃亡する方向は当然ながら……


ビシュッッッッ


 眼球はちぎれた神経繊維みたいになった赤い帯を地面に叩きつけつつ勢いよく真上に飛び上がります。ですが今さら飛び上がったところで、そもそも当プログラムとの距離は詰められているのです。となれば浮き上がれる時間も上昇できる高度もタカが知れているハズ。

 故に、当プログラムが勢いよく銃口を上に向けてありったけ撃てば。



 巨石が弾けて崩れ落ちるような破砕音。



 ただでさえヒビだらけだった眼球は空中で盛大に割れて中身ごと地面に衝突したのでした。

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