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report.03-2_[戸惑い]と[殺到]

 もう、見るからに絶望的としか言えません。それこそ“火を見るより明らか”というヤツです。……なら何故、いま当プログラムの口元はゆっくりと吊り上がっていくのでしょう? これではまるで追い詰められてなおニヤニヤ笑っているみたいではないですか。



 そんな当プログラムに喝でも入れるみたいに、例の巨大眼球から伸びる赤スライムは襲いかかってきました。目の前の赤い洞窟みたいな回廊の天井や壁・床から鋭く太いトゲが撃ち出されてきたのです。

 間一髪で姿勢を低くして、一瞬前まで当プログラムの頭のあった位置にトゲが通り抜けます。そして伏せた勢いで舞い上がって宙に取り残されていた頭巾の端に穴が開きました。


[ッ⁉︎]


 思わず息を呑みつつ、当プログラムは足を右に蹴り出して反対方向へと飛び退いて。なおも飛んでくる無数のトゲは残像がまだ消えてもいないような空間へと一瞬遅れて突き刺さります。それを尻目に、当プログラムは必死に動きながらも内心困惑していたのでした。

 この空間はユーザー・カオルチャンの新品PC内部に広がる疑似的な電子空間です。つまりここでは普通、現実世界みたいな物理現象なんて起きないハズなのです。それこそこんなデータの切れ端が別の物体にあたったくらいで消失するだとか、そんな“本物の布が本物の銃弾に貫かれた”みたいなことなんて。

 以降なおも次々飛んでくる“銃弾”を躱すべく当プログラムは地面を蹴り、体を捻り、宙を掻きして、すんでのところで転げ回り続けます。



 しかし一方で、こんな必死になりながらも頭の中の並列して動く思考回路では別の思考がいっぱいになっていました。

 今の状況で感じるこの感情の正体は何だ? こんな土壇場でも、当プログラムは自分の中の感情について並列的に考え続けていたのです。

 “喜び”なんて楽観的なものではないですし、かといって“焦り”みたいな切羽詰まった気持ちでもありません。まして“絶望感”というような自暴自棄な感情でもない。目覚めたばかりの当プログラムにとって、データの蓄積である「知識」は簡単に扱えます。反面、その場になってみないと直接感じることのできない「感情」は全く未知の領域でした。要は初めて味わう強い感情に戸惑っていたワケですね。

 インターネットで掻き集めた「感情」の知識データというものは所詮「“誰かの”知識」の集まりでしかなくて、自分の感情を実感しつつ“咀嚼して飲み込む”のには今一度まとまった時間が必要です。でも、それがこんな状態になってはどうにもなりません。


 と不意に、ここでもう一つの考えが別角度から思考にかすめました。

 ……どうして、この眼球&赤スライムは洞窟ごと再び圧砕(あっさい)してこないんだろうか? こんな洞窟みたいに相手を取り囲めるくらいの大質量を操っているのですから、こんなトゲでチマチマと攻撃しなくても周りの壁で当プログラムを押し潰した方が圧倒的に早いハズ。何故わざわざこんな時間がかかる方法で攻撃して来るんだろう?



 そんな考えが思考に浮かんできて、当プログラムは自分が躱してきたトゲが突き刺さっているハズの背後をちらりと振り返りました。

 目の前にあったのは、壁と全く同じ赤色スライムでできた(いばら)。おそらく先ほど飛んできた物が成れの果てがこれなのでしょう。もしくは種子から芽が出るように生えたのかも知れません。何にせよ、その赤い荊は当プログラムの視界を目一杯埋め尽くすように生い茂っていたのでした。


[なっ————……]


 思いもよらない光景に言葉を詰まらせかけて、結局言葉が出てこずに喋るのを諦めたところで、後ろの数百本はあろうかという数の荊たちは一斉に当プログラムに向かって殺到してきます。

 先ほどよりもよっぽど万事休す、つまりは絶体絶命。

 ……かに思ったのですが。


[——っっっっ、遅い‼︎‼︎]


 当プログラムが叫んだのは赤い荊の群れに向けてではありません。そんなどこぞの武人みたいな格好の良いものではなくて、今のは自分の“手の中”に向けての愚痴というか小言というか……。当プログラムの手の中には、左右に真っ直ぐの突起が出っぱった十字弓クロスボウのような形状の銃器が握られていました。狙い澄ましたようなタイミング、今の一瞬で手元に転送されてきたのです。

 幾本もの荊がより集まった束たちがそんなことも気にせずに、当プログラムを捕らえるか打ちのめそうと襲い掛かります。しかし右手に握られた銃がそれに反応するように動きました。正確にいえば、反応して荊たちに向けてレーザービームのような物を照射していたのは間違いなく当プログラム自身だったのですが。



 手練れのガンマンような扱いで当プログラムが迫り来る脅威を撃ち落として行くのを、もう一人の当プログラムが冷静に見つめているみたいな感覚でした。まるで手元の銃と一緒に「この銃の使い方」のデータまでもが制御ビット(あたまのなか)に転送されてきたかのような。便利なものです。

 この拳銃? はウイルス対策ソフトウェアのプログラムだと、そういった大まかな情報までもがついでのように制御ビット(あたまのなか)に流れ込んできます。前後関係から考えて出どころは恐らくカオルチャン、(本当に今更ですが)やっと対策ソフトを起動させたということでしょう。……まぁ、とんでもなくギリギリとはいえ、悔しいかなナイスタイミングと言わざるを得ないのは事実です。


[今の荊で拘束でもするつもりだったんですか?]


 全ての荊の束を撃ち落とした後で当プログラムは赤いスライムの荊の出どころである銀の瞳に呼びかけてみます。まぁ、相手には口もないのでそもそも返事なんて期待していませんが。


[最初から壊す気でくることをオススメします]


 もっと乱暴な口調で言った方がサマになっただろうか、と内心思いつつもそう啖呵(たんか)を切ってみたのでした。

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