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report.02-5_[都市区画]と[眼球]

 林立するデータの塊(ビルのむれ)の隙間にいた”それ“はドーム状のフォルムの赤い物体でした。……赤くて、そして遠目でも分かるくらいには巨大な。データとデータに挟まれながら膨れ上がったそれは風船のようにも粘性のある液体のようにも見えます。

 ……ちなみに明らかに、先ほど感知していたよりもずっと大きいです。あれ?



[なるほどあれは……邪魔ですね]


 でもそんな疑問は置いておいて、私は冷静っぽくまた呟いたのでした。あんなものがそれなりの面積を占めているのならプログラムによる”物流”もだいぶ滞りそうだ、というのが当プログラムの所見です。となると、いずれ無視できないほどの障害になることは目に見えています。現実世界どうのは分かりませんが、とにかくPC内でいま起きている異常の核であることには間違いありません。

 そして当プログラムは、何も思わずにすぐ脇を通り抜けていく走行車(プログラム)の一つに手を伸ばしていました。

 その動作について自分で疑問に思う間も無く、目の前が突然スローモーションになるみたいに鮮明に映った一瞬。実際に世界が遅くなったわけでもなく変わらず時間が過ぎているという事実と“それとはまた別に自分ではスローになったかのように見えている”という事実が当プログラムの中に奇妙な時間感覚を作り出します。

 思わず眩暈(めまい)がしそうになりながら、そのプログラムの端のほうに指を掛けて……次の瞬間、当プログラムは猛スピードで引っ張られる形でPC内の『街』を疾走していました。



 区画の隙間を縫い取るように、右、左、直進と瞬く間に揺さぶられて、服の端ははためき靴裏が宙を蹴り飛ばします。

 ……まぁ、この文体ではスピード感を感じないかも知れませんが、そんなことすら置いていくように、凄まじいスピードで白い例の物体へと近づいていきます。しかし一方で、何となくこれが”当プログラムにとっての自然体なのだ“と実感しているのでした。

 なぜ自分がこんな手段を取ったのかはよく分かりませんが、何となくこうするのが正しい気がしたのです。[まるで]、あるいは[まさに]、”ここで自分の足で移動するのは適切ではない“と本能で判断したようなというか。もしかするとプログラムとして書き出された私の遺伝子(ソースコード)にあらかじめそう規定されていたのかも知れません。[知れません]ということはつまり”自分自身ではよく分からない“ということでもあるのですが。遺伝子なんてそんなものでしょう?




 そんなことをぼんやり考えていた刹那で、気づけば当プログラムは目的地へと辿り着いていたのでした。このままでは来たときと同じく瞬く間に目的地を離れていきます。


[おっと!]


 素っ頓狂な声を上げてプログラムを掴んでいた右手を離すと、プログラムは不愛想な挨拶でも返すみたいに瞬いて、それから本来の目的地に向かうようにそそくさといなくなりました。つまり、突然掴みかかる格好になった当プログラムをここまで送り届けてくれたということなのでしょうか? よくは分かりませんが、お礼も何も求めずに立ち去られても多分これで良いのだと自らを納得させたのでした。


 ——そんなことよりも本題です。


 取り敢えず今すぐ対処しなければならないのは、眼前で目線のかなり上までを塞いでいる赤く(つや)やかで巨大な”それ“。

 見た目はまさに先ほど言っていた通り、真っ赤な巨大風船がビルとビルに挟まれた路地で膨れ上がって、そのまま道を詰まらせているような恰好です。それこそ棒に引っかかったシャボン玉のように(いびつ)に丸くて、表面はどこか無機物みたいな質感でそこに存在しているのでした。しかし球体と壁面の境目のあたりでは植物やカビの胞子のようなどこか有機的な”根“が、身じろぎもしないデータの建材たちに容赦なく食い込んでいます。縫い目のように複雑に絡みついたその様子は全体的に不気味な“何か”を(かも)し出していました。

 こんな電子空間にいるのに、何故ところどころ生き物じみたフォルムなのでしょう? そんな疑問が思考の端をかすめて、そして。



ぎょろり



 突如、赤い球体のてっぺんあたりから真っ直ぐ(タテ)に走る切れ目。

 それがぱっくりと割れると、その下にある巨大な白いツルッとした中身が覗きます。そして明らかに眼球とわかる薄い銀色の瞳がぐるりと向けられてこちらを見下ろし、それから明らかに眼球の可動域を大きく超えて足元にいる私の眼前まで降りてきて、それからまじまじと私を見つめるのでした。

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