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report.02-4_[アパートの一室]と[電子の街]

 そうやって()()()()()()()先ほどからカオルチャンなどと呼ばれている、PC画面前の座席からこちらを覗き込むユーザーに切り出したのでした。



 こう尋ねた理由は簡単で、当プログラムは現在このPC内部では外部からのデータファイルの一つでしかないからです。取り込まれたプログラムがユーザーの認証もなしに勝手に動作することは出来ません。故に一時的な権限の委譲を申請したのです。

 ……“現在”? まるでこうなる前に“そうでなかった時期がある”ことを知っているようなコメントだ、と思わず嘆息(たんそく)しそうになったのは、まぁ余談でしょうか。さっき目覚めるまでの記憶なんて何も何処(どこ)にも無いのに。


「……行動権?」


 怪訝(けげん)な顔でカオルチャンが問いかけて来ました。まぁ、当プログラムはモニターに備え付けられたカメラの視界をこっそり借りているだけなので直接目線が合うことはありませんが。


[えぇそうです、メール添付されていたファイルが無断で動き出すことが無いのは当然ですよね? つまり当プログラムはユーザーの手で実行——


「そ、それは言われなくても分かってる! そうじゃなくて、何で今のアンタが自由に行動する必要が出てくんの?」


『うわモロに怪しいでしょコレ、やっぱウィルス……?』


 映像通信越しのケーコサン? の声に濃い疑いの色がにじむ中、その声を無視してカオルチャンがすかさずに言い返してきます。声色に若干の焦りを感じました。それはタイミング的にも分かります。当プログラムから見ても、急に自分からこんなことを(そそのか)すなんて怪しいとしか言いようがありませんから。まぁ、対するこちらは何も感じないまま言い返すのですが。


[このPC内に、先ほど言及されていたポルターガイストですか、それの原因が存在すると思われるからです。独断除去した方がいいと当プログラムは判断いたしました]


「え? い、いや、そりゃ原因はうちのPCだろうけどさぁ……アンタどうにか出来んの?」


[もちろん]


 当プログラムの返答を受けてカオルチャンはしばらく考え込むと、


「わかった、じゃあ頼んだ」


 割とあっさり許可を出したのでした。


『ちょ、カオルちゃん⁉︎ さすがに急に心変わりしすぎだって! ……もしかしてコイツ、ユーザーを洗脳する機能とか変なチカラ持ってたりする……?』


「そんなんじゃないですってケーコさん、さすがにそれは漫画の読みすぎでしょ」


『いやいや今の時点で既にだいぶ現実離れしてんでしょー⁉︎』


 画面に向かう二人はまた一悶着を起こし始めます。正直に言えば、当プログラム自身もケーコサンと同じくこのPCの所有者(ユーザー)であるカオルチャンがこうも簡単に許可を出したのか理解に苦しんでいました。下手にそんなことすればPCを内側から破壊されてもおかしくないのに。

 とはいえ今の当プログラムはそんなことを気にする立場ではありません。


『あ! ほらもう勝手に動作しt————————


 ケーコサンが大声で何かを叫ぶのを尻目に、当プログラムは所有者(ユーザー)の指示を実行すべくPCの深層へと潜っていったのでした。





 内部からはいかにも“組まれてからそれほど経っていない新品のPC”という感じがしました。


 ここにあるのはプログラムが踏みしめる便宜上の真っ白な地面と黒い空、そして天と地の間にある巨大な電子ネットワークの“街”です。

 動かないデータで出来た強固な建材と、そこを行き来するプログラムたちの雑踏。初めて見た光景のはずですが驚きも何もありません。縫うようにして無言のまま人間のように動くプログラムの間を、PC内の電子空間を歩いていきます。


 新品に感じた理由ですが、プログラムの配置自体もまだ“馴染んでいない”感じがしたからです。つまり使いやすさがあまり重視されていない感じというか、相性の良いプログラムが妙に離れて配置されている感じというか。本当に長く使われているPCであれば、使い込まれるほどにプログラムの実行回数に応じてファイル構成がある程度合理化されていきますが、それが不充分なように思ったのです。そもそも記録(ログ)のあるデータの日付けには最近のものしかありませんでしたし。

 その一方で、起動したばかりの当プログラムがなぜそのような情報を持っているのかとか、そんな風に勘を働かせられるのかについては自身でも謎でしかなかったのですが。


[……そんなに“サイズ”は大きくない、となると]


 自分の中のセンサーじみた何かが、微かな目標の気配を感じ取っていました。”微か“ということは問題のプログラムのデータサイズが大きくないということ、つまりそれほど複雑なプログラムではないということです。ただ一つ、引っかかることがあるとすれば。


[現実世界に物理的影響? 余計に訳がわかりませんが]


 そうボソリと呟いて、私は思考を巡らせるのでした。



 ポルターガイスト現象についてはここに潜る片手間に、インターネットから情報を収集しています。どうも向こうの世界では電流が複雑な電子基盤などに流れることで電磁誘導を引き起こして磁力が発生し、それが電子制御技術全盛の現実社会を揺るがしているとのことでした。……そんなことありえません。

 本来、電磁誘導というような現象はコイル状、つまりバネのような螺旋の形に電流が流れないと発生しません。まして電子基盤の回路なんて螺旋状には程遠いワケで……そこを電流が流れて磁力で動かないような非金属も動かす、ですか。現実世界の物理学者は何を考えているんでしょう? とはいえ、起動して間もない私が、つまりそんな事実も突き止められない人々に作られたはずの私がこの答えに難なくたどり着いたのは何故でしょうか……?



 そんな疑問を演算に混ぜながら、当プログラムは雑然としつつも閑静(かんせい)な電子製の街を遠目に睨んで。


[いましたね]


 誰に報告するでもなく、ビルの狭間(はざま)でうずくまる“それ”を見つけて呟いたのでした。

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