report.02-3_[満足感]と[違和感]
[空腹によるダメージが深刻です。今すぐ何らかのデータを与えて下さい]
そうだった、共存どーのこーのよりも先にそっちの対処が必要なんだった。というかこのデータファイルにしか見えないヤツが“空腹”とか“食べる”ってどういうことだ……? もしかして、どこぞの育成ゲームみたいなことしないとダメなんだろうか。
「何らかのデータって何だっての……ホント適当に見繕うからね⁉︎」
そういって私はゴミ箱のアイコンをクリックする。急に要求してきたのは向こうなんだし、何だろうと文句は言わないと思う。というか受け付けてたまるか。そんな感じに自分を納得させるとゴミ箱の中から先ほどのメールに添付されていて、今は消されるのを待つだけだった圧縮ファイルをデスクトップ上に引っ張り出した。
[……今は緊急です、形式は問いません]
どこか自分に言い聞かせるような調子でアバターは呟く。それからすぐ、デスクトップ上のアイコンに変化が起きた。
グリッチといったか、ファイルを表すアイコンに“ブレ”が突然走る。一瞬変色するように明滅して、刹那左右に震えるようにアイコンの位置自体に分身して、それから刻み海苔みたいな細い四角のヒビみたいなのが入って。……そして一秒と経たないうちに消えてしまった。つまり“食べた”のか。
[データ提供ありがとうございました。正直、あまり満足感はありませんが……]
「さっきからずっと何か一言多くない? ったく、“良い”性格してんなぁ……」
ぶっちゃけ、私はここまで自分が信じ込みやすいほうだと思ってはいなかったけど、それが自分でも驚くほどハッキリとさっきまでの疑いがたぶん間違いだったと考えている。その事実が当事者としてもなかなか奇妙に見えた。何がそんなに私の考えを変えたんだろうか?
『ホントにこれプログラムとかかぁー? やっぱ裏から誰か操作してんじゃないの? ……こほん、それでさっき言ってた“保護”っていうのもどういうことですか?』
一方のケーコさんは当然疑ったままだ。たぶん[声]相手への苛立ちで(私にではないと思いたい)荒くなった息がマイクに当たる音が声に混じる。まぁ無理もないけど、と思いつつも私は自分なりの論拠を述べてみる。
「さっき私は確かに“誰かに傍受されてるかも”って、確かに言ったんですけど……でも、さっきから喋る声にタイムラグが一切ないんです。他の細かいところでも、色々と矛盾点っていうんですか、よく見たらそういうのメチャクチャ見つかるんですよ」
説明しながら考えていた。私は何でこんなに考え方を正反対に翻しているんだろう。タイミングから考えてもアバターのあの抑揚のない[声]が原因だったのはまず間違いない。あの平坦な[声]の中に言外の“怯え”のようなものを感じ取ったとかそういうことだろうか。
「ただ……信じられないのはそうなんですけど、コイツが本当にAIというか“生きてる”って考えたら話の筋が通るように思——
ガタガタガタ、ゴト、ガタリ
不意に唐突に、かなり大きい物音が唐突に響いた。確実に気のせいとかではない、まるで戸棚を見えない誰かに強く揺すられたような。……つまりとうとう、私のところにもアレが来た。
アレとは何か? 簡単、ポルターガイスト現象のことだ。
いま社会問題と化してるって話でネットニュースでは引っ張りだこの話題。現代では有線・無線を問わない通信が目に見えない形で宙を駆け巡っているのは世の常識だ。それが良くないんだろう、電波やら電磁波やらが電化製品やら精密機械の回路に絡みついて、それから内部から電磁誘導とかいう電流・磁力を生み出して機械の誤作動を引き起こす。そんな話はネットニュースとかでもよく聞いていた。
何も別に明かりが突然ついたりとか、今のような物音だけではない。時に急激に発生したバカでかい磁力とかで精密機器の内部破壊やらとんでもない事故を引き起こすことだってある。例えば自動車の誤作動を引き起こしたりとか、というだけでも充分怖い。今や地震とかよりも被害者の人数が多い“災害”、そういう話だった。
『今の物音……大丈夫ですか? 身の回りに気をつけて下さいね?』
「いやぁ意外かもですけど私、これ初めてなんですよねー。正直気になってたからラッキーかも」
『ちょっと何言ってんの、じゃない、何言ってるんですか。怪我でもされたら困るのは我々運営側もなんです、ご自分でも気をつけて下さいね』
「はぁい」
私の軽口にケーコさんはちょっと気色ばむ。それこそ地震に見舞われた時と同じで、いくら日本ではよくあることとはいえ確かに軽口なんて叩いている場面ではない。素直に私は反省することにした、が。
[怪我とはどういうことでしょう? そちらはそんな事態にいま見舞われているんですか?]
「ん、現実側のことは感知できない? 何てことないポルターガイストだよ、大したことない」
『……ホント何がきっかけでこんな対応変わったのかねぇ……さっきと一八〇度言ってること違うじゃん』
呆れ顔でケーコさんはぶー垂れた。ごめん、そこに関しては自分でもいまいち消化できていないのだ。今は見逃して。
しかし一方のアバターはボソッと言う。——そういえばさっきから“アバター”だの“[声]”だの、コイツを固有名詞で呼んでいない。向こうの言葉をそのまま信用するなら、そもそも名前すら持っていないということなんだろうか。
[“これ”の影響が既に現実側に……? ……そんなハズありません]
そして唐突に出てきたコメントの内容はどう考えても不穏だった。そして。
[すみません、今だけ当プログラムに“行動権”を付与していただけませんか?]
アバターはそんなことを言い出した。