report.04-6_[予備動作]と[ノイズ音]
「ま、マズいって、来るよ⁉︎」
輪郭までもが歪んでボヤけた“影”は、リューナの眼前で姿勢を低くしていた。
全身が見えないので確証は無いが……雰囲気的にたぶん、イヤ確実にこれが“飛びかかろうとしている姿勢”というのが理解できる。私はそれに対して、PCモニターの前で叫ぶ以外にはただ固唾を飲んで見つめることしか出来ない。
サポート役である私の居場所はさっきと変わらず、依然として四方が防音壁でガッチガチな配信部屋の真ん中。ちなみにモニターへ釘付けになっていたので、部屋の明かりはまだ点けてなかったりする。室内ブルーライトびっかびかだ。
そんな画面の中で“影”は黒い稲妻みたいに宙を奔って、リューナへと躍りかかった。……もはや画面の描画速度が間に合っていない。黒い何かが明滅してるみたいにしか見えなかった。
[ぎキッ、シャぁあアっ‼︎]
[おっと‼︎]
けど、対するリューナは手中の銃器を振りかざすことで難なく“影”を弾き返す。あの耳障りでノイズみたいな鳴き声というか……威嚇? に対しても焦りみたいなものは特に無さそうだ。
[カオル、良い勘です! フンッ、当プログラムはこういうものを見慣れていませんから、っとぉ! 攻撃の予備動作みたいなものは知識がありません! ですのでッ、何か変な動きがまた有っ、ぅぐッ! また有ったら教えて下さい‼︎]
「だーもー無茶言ってくるなぁ、つか充分反応出来てんじゃん!」
リューナは例の銃器の銃身やら二つの十字型攻性防壁で身を守り続けている。リューナの金髪と、それにまとわりつくように宙で弧を描き続ける“影”の黒が、ダンスみたいに宙でくるくる回っては激しくぶつかり火花を散らした。まぁ、火花ってのは金髪に反射した光が散ってそう見えるってだけだけどね。何にせよ、私のアシストなんて挟み込む余地もないように見える。
一方のリューナは“影”を派手に吹っ飛ばして距離を空けてからやや呆れたように言葉を続けた。
[これは先ほどのカオルの警告があったからすぐ臨戦体勢に移れたんじゃないですか。だからこそ気づいたことは何でも教えて欲しいと言っているワケです。あの屈んだ瞬間が攻撃の予備動作だなんて当プログラムは知らなかったと言ったハズですが]
「言われてない! つか何で言葉とか要らん知識とかはネット経由? とかですぐに仕入れてくんのに、そういう肝心な知識は全然知らないワケ⁉︎」
けど、私の至極真っ当な叫びにすぐ反応が返ってくることはなかった。
また“影”がリューナに向かって猛攻撃を仕掛けたからだ。宙を飛び回ったり白い地面を駆け回ったりそこから急に跳ね回ったり、“影”の動きは想像以上に先が読めない。こんな動きをするものを相手にしていては口論を続ける余裕が無くなるのも当たり前だった。
当のリューナはとうとう銃器の引鉄を使うことにしたらしい、“影”に向けて光線の銃弾を何発か撃ち込んでいる。順当に考えればあれはセキュリティソフトのアンチウィルスプログラムの産物ということだろうか。こうやって視覚的に分かりやすいのは非常に助かった。
ただ、いくら飛び道具を使ってもあまりに俊敏すぎる相手には効果が薄いようで、もはや照準を合わせられているかも怪しいように見える。
[くっ……カオル、何か分かったことは無いですか⁉︎]
「分かったことっつったって、こんなムッチャクチャな動きする生き物なんて現実世界でもいないって! そうそうアドバイスなんて出来るワケが——
……ん?
急に訊かれて、半狂乱のまま返事している最中にふと疑問に行き当たった。
何で私は、この“影”が人間より動物に近い何かだと思った?
確かに相手人間の姿をしてないってのはあるだろう。でもその存在は幽霊とかに近いモノだとリューナは言う。ならコイツもこんな姿をしているだけの人間霊である可能性だってゼロじゃない。でも私にはそうだとは思えなかった。その理由は…………。
[フん、はぁッ、はぁッ……どうしましたカオル⁉︎]
「分かったワケじゃないけど、一つ試して欲しいことがあるかも」
私はリューナへと、つとめて冷静に指示を出す。
「リューナっていま棒みたいなものって持ってない? それかプラプラ揺れやすくて注意を引けそうなもの、あったらそれを“影”に向けて振ってみて欲しい!」
「む……棒状のものでしたらいま持ってる銃から生えてる防衛機構が二本、揺れるものでしたら全身に付けている十字架のアクセサリーがあります!」
「上出来‼︎ じゃあそのトゲみたいなのの先に出来るだけその十字架全部くっ付けられる? それで注意引いてみて! 私の勘が当たってるんなら効果あるハズ……‼︎」
指示を伝えた後でリューナの全身に星が瞬くみたいな光が一瞬見える。と、先ほどから全身で揺れていた銀色のアクセサリーが全て、銃器の左右に生える攻性防壁の先端でジャラジャラと音を立てた。全て一瞬のうちに転送させたらしい。わざわざバーチャルの世界というのは便利なモノだ。
今や銃器はその左右に、やたらキラキラしたリボンのついた棒を生やしているみたいな珍妙な物体と化している。リューナはそれを”影”の目の前で勢いよく振ってみせた。……と。
“影”は面白いくらいあからさまに反応した。ジャラジャラ揺れるアクセサリーの束にちょっかいでもかけるみたいに動作の軌道が二点へと集中する。……やっぱり。
「ビンゴぉ! リューナ、そいつの正体ネコだ、人間の霊じゃない‼︎ その“猫じゃらし”使って上手く取り押さえられる⁉︎」
[なるほど、だったら……!]
リューナはそういうと突然、銃の左側の攻性防壁の引っ掴んでさらに勢いよくジャラジャラと振り回す。いつの間にか両端にくっついていた十字架の束が握られていないほうに転送されて、よく神社の神主が振ってるイメージのお祓いのあの棒(調べてみたら御幣というらしい)みたいだ。そんなものをネコの前で振れば当然——
[ギキっ‼︎]
“影”はまたノイズを鳴らして十字架に反応してしまう。けど、いま“影”はネコの姿ではなくリューナの腰くらいはある大きさの別物なのだ。小回りも効かないだろうし、大きければ捕まえるほうも多少は無茶できる。ということは、一度でもそんな隙を見せてしまえば。
[ちゃんとッ! 捕まれェっ‼︎]
こうして“影”は、仕返しとばかりに全身を使って飛び掛かったリューナに組み伏せられ、ばたりと白い地面に倒れ伏せた。




