report.03-5_[意味付け]と[名付け]
と、ここで私はずっと引っかかっていたことを問いただすことにした。
「でさぁ、アンタがPCに潜る前に言ってた“そんなハズない”って結局何だったの?」
[……“現実世界側にポルターガイストなんて影響が出るハズがない”と言ったことでしょうか。私はどこも曲解できるような言語表現はしていません、あのとき言ったそのままの意味です]
「“そのままの意味です”じゃなくてさぁ! どこがどういう理屈で現実世界に影響が出るハズがないのか意味わかんないんだって‼︎」
『っっ……カオルちゃん、声の音量が』
「ご、ごめんなさい」
私は慌ててケーコさんに謝る。どうも自分には声の音量をコントロールする機能が備わってないらしいってことは薄々感じていた。というか親とか友達とかに死ぬほど言われてきたし。……とはいえ、PC備え付けの音量調整機能を突き破るほどの声量だったなんて全く意識してこなかったのだ。もちろんいま使っている機械との相性の問題とかもあるとは思うが、それにしてもダメージを与えすぎではないか?
「そ、それで結局どういう意味だったのか“人間の”私たちには分かんないんだ。そっちの目線からこれがどういうことなのか説明してくれない?」
気を取り直して私はまた質問する。対するアバターちゃん(仮)の返答は。
[本当にそのままの意味です。PC内部の電気的な問題が現実世界に、しかも物理的な影響を及ぼすハズがないでしょう? そちらの科学力は一体どうなっているのですか]
こんな感じで呆れすら混じったものだった。
「でも実際に問題は起きてるじゃん。だったらいま目の前で起きたポルターガイストの原因は何だってのさ」
そうだ。どれだけこのAIにとって信じられなかろうと問題は実際に起きている。それにこれだけならまだしも、世間を見ればこの問題から出てしまった怪我人や死亡者だって実際にいるのに。いくら何でも話の筋が通らない。
[私が言っているのは、話の前提が間違っているということです。電波や電磁誘導でこんな問題が起きることはありません。原因はもっと別のところにありますし、実際にこのPC内にもその原因は確認できました]
「じゃあそれは何? もったいぶらないで説明して」
苛立ちでさっきみたいに声を荒げないように注意しつつ、私は改めて質問を続けた。ちなみにこの時点で相当フラストレーションが溜まってはいたが。AIというのはこっちがちゃんと説明を組み立てないとちゃんとした返答ができないのか、それともコイツの性格の問題なのか。
対するアバターちゃん(仮)は事もなげに言う。
[原因は心霊的なモノだと予想されます]
「…………は?」
私は素でそんな反応を返した。
いやいや。いやいやいやいや。
どんな返答が来るのかと思えば、よりにもよって。
『何が言いたいの? 霊感商法みたいなヤツ?』
ケーコさんもあからさまに疑っている声色で尋ねる。
[そもそも売り付ける物が私にはありませんが]
「あのさ、急にそんなこと言いだしたら誰だって困惑すんでしょ。何、“心霊的なモノ”って。ここにきてオカルトかよ」
[ですが事実です]
これだけ疑念で突き返してもアバターちゃん(仮)は引き下がらない。
[お二人とも疑念に思っているようですが、それで言えば私の存在そのものだって元々は信じられない、もっと言えば信用ならないものだったのではありませんか? 私のような、あなた方の世界のチャットアプリよりも数段高精度の受け答えをするAIなんてフィクションの存在でしょう? でも現在、あなた方は私を信用してくれていたのではないのですか]
……うっ。
確かにそれはそうだ。ケーコさんは多分まだ疑ってるとは思うけど、少なくとも私は一度コイツを信用すると(迷いながらではあったハズだが)決めた。信用が置けないのなら今からでもコイツを削除すればいい。実際出来るのかどうかは分からないけど。
『アンタさ、勝手に話進めんのやめてくん——
「待ってケーコさん」
『カオルちゃん……?』
いい加減に業を煮やしたらしいケーコさんを私は咄嗟に止める。
「この際、原因は何でもいいよ。ポルターガイストの原因になる何か、私のPCから追い払ってくれたのは間違い無いんだよね?」
[ええ、既に無力化——いえ、汚染されていたデータは削除・復元されています]
アバターちゃん(仮)は淡々と言った。
『無力化? 問題は解決したんじゃないの? その言い方だと“無害だけどまだPC内部にまだ残ってる”って意味に聞こえるけど。さっき言ってたことと食い違ってない?』
「さすがにそれは疑いすぎだと思いますケーコさん……私は信用したい、です」
『カオルちゃん⁉︎ やっぱさっきからおかしいって! いくら何でもそんな簡単に信——
「でも今、コイツは何も悪さなんてしてない。今からPCの使用状況確認してもいいけど、異常動作も発熱も何も起きてません。それどころかポルターガイストもおさまってます。今のところはコイツの言った通り解決してくれたって判断できます。どっちにしろ、信用するしないに関わらず今さらどうも出来ませんよ」
そんなふうに思いつく限り、私は理屈を並べてケーコさんに初めて口ごたえした。何でこんなにも必死に説得してるのかは自分でもよく分からない、けどそうするに足るだけの何かがアバターちゃん(仮)にはある気がする。
「それに! ちゃんと対処しようとしたら最悪このPC丸ごと破壊しなきゃいけなくなるし、そうなれば結局アバターは作り直しで今回のことが全部バレてケーコさんも会社も私も損することになります。私はそうするべきじゃないと思います」
『…………』
ケーコさんはとうとう口をつぐんだ。
続いて私は提案してみる。
「……じゃあ、お互いの呼び名を決めよう。ね、アバターちゃん。さっきからコイツとかアンタとかばっかりでさ、一回も名前で呼んでないでしょ?」
[私に起動されるより前の記憶はありません。したがって名前も不明です]
そりゃそうか、考えてみれば当然。私だって目が覚めるときに寝ている間に見ていた夢だとかの記憶を全部忘れる体質だった。たぶんそういう感じだろう、と自分の中でそう無理やり判断する。
「なら呼び名を決めよう、ずっと“アバターちゃん”だけじゃ味気ないしね。……えっと……じゃあ、流暢なナビアプリっぽいから『リューナ』なんてどう?」
こうしてその場の思いつきに近い発想で、彼女の名前は決まった。